ラブ・ミッション・デッドライン〜祠を壊した俺たちが、男同士で愛を誓うまで〜

 離れるなんて、選択肢は存在しない。そんな事ができるのなら、同じ高校に進学などしていない。
 大きなため息をつき、トイレの中にこだました。しばらくは、啜り泣く声が響いていた。

「はあ……もう……最悪だ……俺だって、初めてなんだよ」

 一方その頃、涼太は保健室のベッドに寝転がっていた。うつ伏せになり、枕に顔を埋めていた。
 顔を真っ赤にして、片腕を目の上に置いていた。陽向の体温や香りを、一人で思い出していた。

 涼太は過去に数人の彼女がいたが、自分から付き合ったことはない。来るもの拒まず去るもの追わずなため、いつも速攻で別れていた。
 最短で二時間、最長でも三日であった。ピアスを開けたのも、ただのノリで意味なんてなかった。

 手を繋いだのも、守りたいと思うのも全てたった一人だけだった。陽向が笑えば嬉しいし、怒ったら悲しい気持ちになる。
 この感情の意味を涼太は、分からずにいた。そのため彼女を作っていたが、陽向を傷つけるだけだった。

「……あいつの腕が柔らかくて、ヤバかった……俺の理性、持ってくれてよかった」

 陽向を抱きしめた時のことを思い出し、心臓の鼓動が速くなった。陽向は涼太が慣れていると思っているが、そのような経験は皆無である。
 下腹部が熱くなり、それがより一層引き返せない渇望を思い出させる。兄弟だと思っていたが、違う熱が上昇しているのを感じた。

 全身が沸騰するような感覚を覚え、呼吸が荒くなってきた。自分の中の何かが、音を立てて壊れた。

「戻ったぞっ! 涼太! どうした! 何かあったのか! 腹でも痛いのかっ!」
「……大丈夫だから、放っておいてくれ」
「何言ってんだっ! ここは病院もないしっ! 何かあってからじゃ遅いんだぞっ! ……あっ、そういう」
「……分かったら、ほっとけ」

 陽向は元気いっぱいに、景気良くドアを開けて入ってきた。涼太は咄嗟に背中を向けて、全身を丸めた。
 その様子を見て、陽向は本気で心配していた。涼太の元に駆け寄り、お腹を見ようとした。

 涼太は自身の下腹部を見られたくないため、そっけない態度をとった。陽向はその様子を見て、ますます放っておけなくなった。
 ベッドに乗り、涼太の様子を見つめる。頬を紅潮させ、呼吸が荒かった。

 ――こいつ、どう見ても……大丈夫じゃないだろ。やせ我慢しやがって。

 陽向は涼太の態度に腹を立て、強引に顔を見ようとした。しかしそこで、涼太の下腹部が大きくなっていることに気がついた。
 陽向は一瞬時が止まったかのように、目を何度も開けたり閉じたりしていた。

 ロボットかのように動き、近くの椅子に静かに座った。顔を真っ赤にし、静かに深呼吸していた。

 ――……えっ、あいつ、なんで? さっきのハグのせいじゃないよな?

 涼太も深呼吸を繰り返し、時が過ぎるのを待った。窓の外を見ると、いつの間にか暗くなっていた。

「おい、また……ミッションかよ」
「えっと……【お化け屋敷と化した校舎で、手繋ぎ脱出。ゴールは、屋上】か」
「……いろんな意味で無理だ」
「お前、ビビリだもんな。昔から、お化けとかオカルトとか」
「俺はビビリじゃない! ただ足が竦むだけだっ!」
「それを人は、ビビリと言う」
「だってよ! 実態があれば、拳で語り合えるだろ! だけどな、実態がないなら何もできないだろ」
「ほんと、相変わらず……脳筋」
「……うっせ」

 ミッションの紙が、どこからともなく現れた。涼太は特に難しいお題ではないため、適当に流そうとしていた。
 陽向は眉間に皺を寄せ、涼太の顔を見つめた。そんな彼を見つめ、涼太は揶揄い始めた。

 陽向は大きな声を出し、偉そうに踏ん反り返っていた。涼太はその様子を見つめ、ドン引きしているようだ。
 陽向は気にせずに、拳を握りしめた。何もない空中に、何度もシャドーボクシングをした。

 涼太はその様子を見て、引きながらも笑っている。陽向は唇を尖らせて、悪態をついていた。
 その間、二人は一度も顔を見合わせていない。先ほどの出来事が、尾を引いているようだ。

「うわっ! なんだ、あれ」
「大丈夫だ。ポスターだ」
「くそっ……何なんだよ」
「俺がいるから、安心しろ」
「……っつ! まあ、いらん心配だがな……お前が怖いかもしれないから、一緒にいてやる」
「あーはいはい」

 涼太は震える陽向の手を引き、廊下へと繰り出した。涼太の手は、ピアノでも弾けそうなほど長い。
 節の目立つ指先で、手のひらは大きい。陽向の頭を、まるごと包み込めてしまうほどである。

 無機質で綺麗な男の手だ。陽向は昔から、この大きくて暖かい手が大好きだった。
 対して陽向は、涼太に比べれば一回り小さい。しかし指の一本一本が、がっしりと太い。

 日々の練習でついたマメがあり、力強い少年の手だ。涼太の手に収まると、その小ささがより強調される。
 目が悪い陽向には、何が起きているのか理解できなかった。普段の学校ならば、気にしないことにも慎重になっていた。

 彼の手は汗ばんでおり、涼太も釣られて緊張してしまう。視界の端に、何やら蠢く白い影が見えた。
 ポスターが剥がれただけで、陽向は体を震わせていた。涙目になり、涼太の腕にしがみついた。

 その状態で、二人は階段を昇っていた。特に異常はないようで、ホッと胸を撫で下ろした。
 陽向は怖さのあまり、深く考えていない。しかし涼太は、腕から伝わる温もりに下腹部に熱が篭ってきた。

 顔を真っ赤にし、口元を手で覆っている。剥がれたポスターには、【この二人、推せる】という血文字が書かれてあった。
 しかし二人には、違う感情が渦巻いていた。そのためか、そのことには気がつかなかった。

「ご丁寧に【順序】が書かれてるな」
「……怖がっていいものなのか、難しいな」
「まあ、大したことはないだろ」
「お前って、どうしてそんなに……呑気なんだよ」
「俺頭いいし〜余裕っ」
「カンケーないだろ」

 そのまま階段で上がると、美術室が目の前にあった。通常とは異なる教室の配置だが、二人は気にしないことにした。
 しかも扉には、【順序】と無機質なフォントで紙が貼られていた。二人は呆れたように、ふざけ始める。

 手を繋ぐという指示だったため、律儀に繋いでいた。怖いことは起きないと二人は、安心し切っていた。
 陽向は悪態をつきつつも、表情はいつも通りだった。涼太はその表情を見て、ホッと胸を撫で下ろした。

「ワタシの名は、観測する影」