ラブ・ミッション・デッドライン〜祠を壊した俺たちが、男同士で愛を誓うまで〜

「なんで、お前まで残ってんだよ。帰れよ」
「そんなこと言って〜本当は嬉しい癖に〜」
「はあ? 頭湧いてんのか」
陽向(ひなた)の母さんに言われたんだよ〜あの子は、夜更かしするから見張って〜」
「似てないし、そんな言い方しないだろ」
「バレたか〜にしし」

 男子校に通う二年生の火野坂(ひのさか)陽向(ひなた)は、幼なじみの湧水(わきみず)涼太(りょうた)と学校に泊まっていた。
 世間はお盆休みだが、陽向のサッカー部の合宿があった。幼なじみの涼太は、所属はしていないが手伝いをしていた。
 外からは、蝉の鳴く声がこだましている。シャワーを浴びたばかりだが、もう既に汗が背中を伝っている。

「……っ、おい。熱いっつってんだろ。離せっ」
「暑いのは夏のせいだろ。ほら、ちゃんと拭かないと風邪引くぞ〜脳筋っ」
「……ちっ」

 陽向の髪は夏の湿気を含み、重たく垂れ下がっている。茶髪に染めた毛先は傷んでおり、放置された生え際の黒が目立っていた。
 どれだけ彼が、サッカーに明け暮れているのかを物語っていた。つり目気味の鋭い瞳は、親友の顔を忌々しそうに睨んでいる。

 中学の時に涼太の手に開けられた左耳のピアスを揺らしながら、瞳の奥は熱く潤んでいた。
 対する涼太は、そんな視線を柳に風と受け流している。爽やかなスポーツ刈りで、陽向を揶揄うのが趣味である。

 学年首位の知性を感じさせる切れ長の瞳で、左目の下にはホクロがある。
 その両耳には、かつて二日で別れた彼女に言われたまま開けたピアスが光っている。

 陽向にとっては、面白くない過去の異物が飾られていた。涼太は幼なじみのつむじを見つめ、少し屈んだ。
 乱暴に、けれど慈しむようにタオルで包み込んだ。その様子を見つめ、舌打ちをしつつも耳が真っ赤に染まっていく。

 ――こっちは必死だってのに、人の気も知らないで。

 握りしめた拳が微かに震えていることに、このハイスペック幼なじみは気づきもしない。

「ふわああ〜それにしても、眠いな」
「まあ、夜の十一時だしな」
「お前、スマホ見過ぎじゃないか」
「現代っ子だからな」
「何言ってんだ」

 陽向は欠伸をし、背伸びをした。その様子を見て、涼太は軽く微笑んで返した。
 涼太はスマホを見過ぎだと、陽向に指摘された。適当に返したが、涼太には大事なミッションがあった。

 時刻は、八月十三日の11時27分。約三十分後には、陽向の十七回目の誕生日なのだ。
 そのため手に持っているカバンには、プレゼントが入っている。陽向の好きな朱色のスパイクである。

 足のサイズは把握しているため、ぴったりである。現在使用しているのは、少し傷が目立っている。
 サッカーを本気で楽しみ、努力している姿を間近で見てきた。涼太にとっては、サッカーをしている陽向が眩しいぐらいに輝いているのだ。

 静まり返った校舎内を、涼太は余裕綽々な様子で歩いている。頭の中は、陽向に渡すプレゼントのことでいっぱいだった。
 陽向は悪態をつきながらも、涼太の服を無意識に掴んでいた。頬は紅潮しており、体が小刻みに震えている。

 ーーなんで、こいつはそんなに余裕なんだよ! 俺は昔から、ホラーが大の苦手なんだよっ!

「で? 何処に向かってんだ」
「普通、先に聞かないか」
「てめーが、勝手に連れてきたんだろうがっ」
「陽向が、喜ぶとこ」

 校舎を出ると、陽向は少しだけ声を震わせて質問する。涼太は一瞬目を開き、呆れた様に声をかける。
 陽向は両手を動かし、癇癪(かんしゃく)を起こした子供のように怒っている。その様子を見て、涼太は爽やかな笑みを浮かべる。

 陽向はその笑顔を見つめ、頬を赤らめた。目を逸らし、服を掴む手は微かに震えている。

 ――こいつは、俺の気持ちなんて分かっていないよな。

 少し悲しくなったが、陽向は涼太のその笑顔に弱いのだ。昔から、簡単に絆されてきた。

「おい、お盆の夜にうろつくんじゃない。この時期は霊道が開く。特に裏庭の祠の近くには近寄るなよ……」
「はあ……霊道っすか。まあ、こいつはビビリっすけど」
「怖くねーよ!」

 二人が目的地に向かっていると、見回りの先生に見つかった。そこで怒られるかと、身構えていた。
 しかし完全に心配した様子で、忠告してきた。涼太は合理主義のため、鼻で笑っていた。

 陽向を揶揄い、肩を組んだ。陽向は体を震わせ、顔を真っ赤にしていた。
 怖いよりも、肩から伝わる温もりのほうが重要だった。体全体が熱くなり、耳まで真っ赤に染まっていた。

「ここだな」
「祠? なんでだよっ!」
「昔はよく、ここで遊んだよな」
「確かにな〜って! 関係ないだろっ!」
「あっ! おいっ!」
「……うわっ!」

 涼太は裏庭の木で出来た祠の前に、陽向を連れてきた。どうしてここなのか、不思議そうにしていた。
 涼太は、自分でも少しだけ悩んでいた。思い出はあるが、特に深い理由はない。

 少しだけ首を捻り考えたが、結論は出ない。勉強とは違い、感情に理由をつけられない。
 そのため、適当に誤魔化す事にした。陽向はツッコみを入れ、その拍子にぬかるみに足を取られてしまう。

 涼太が庇おうと腕を伸ばしたが、間に合わなかった。祠の上に乗っかってしまい、支えを失った柱が、バキッと乾いた悲鳴を上げた。
 陽向の視界がスローモーションになり、涼太の伸ばした手が届かなかった。

 何十年もそこにあったはずの均衡が崩れ、屋根が真っ二つに割れる。静まり返った夜の校舎に、木材が裂けるバカッという音が残酷なほど大きく反響した。

「あっ……」
「やばっ! 何してんだよ!」
「はあ? なんで! 俺の責任になってんだよっ!」
「そうは言ってないだろっ!」

 陽向は小さな悲鳴を上げ、無残に壊れた祠を前に顔を青白くした。そこに追い打ちをかけるように、涼太は人のせいにした。
 陽向は起き上がり、涼太の胸ぐらを掴んだ。お互いが感情的になり、責任の押し付けあいを始める。

 祠から、禍々しいピンク色が混じった霧が立ち込めた。やがて二人を包み込み、陽向が先に気を失った。
 涼太は薄れゆく意識の中、力強く抱きしめた。陽向が怪我しないか、それだけが気がかりだった。

「うっ……」
「陽向! 怪我はっ!」