今日は卒業パーティーだ。
本来ならレオン様にエスコートされ、正式に婚約が発表される予定だった。
レオン様はフェルリン王国の第一王子。
その隣には、ミリアン・ハンバリー様が立っている。
ミリアン様は、私に向かって奇妙な笑みを浮かべた。
……嫌な予感がする。
そして、レオン様は私の前で足を止めた。
「フィリーネ・カスティール。お前とは婚約破棄させてもらう」
突然の言葉に、周囲がざわめく。
「理由をお聞きしても?」
「お前はミリアンをいじめていたらしいな。そんなやつと婚約するわけがない。よって、私の婚約者はミリアン・ハンバリー嬢にする」
いじめ、ね……。
そんな覚えはまったくないのだけれど。
「……そうですか。婚約破棄、承ります」
はぁ。乙女ゲームの世界だから、こうなる可能性は考えていたけれど――
いざ現実になると、やっぱり少しだけ悲しい。
そのとき。
「フィリーネ・カスティール嬢」
突然、背後から声がかかった。
振り返ると、そこにいたのは――
「スクリュー様……?」
クロリース王国の第一王子、スクリュー・クロリース様だった。
「フィリーネ・カスティール嬢。俺と婚約してくれますか?」
「……えっ?」
思わず間の抜けた声が出てしまう。
こんな展開、乙女ゲームにはなかったはずなのに。
「いいですね? レオン王子」
「構わん。好きにしてくれ」
あっさりと許可が下りる。
スクリュー様が、私と婚約……?
一斉に周囲の視線が突き刺さる。
――って、ちょっと待って。
……!?
お父様がものすごい形相でこちらを見ている。
(絶対に断るな。断ったらわかっているな)
口は動いていないのに、そんな圧が伝わってくる。
最悪だ。
婚約破棄されたあとは、のんびりスローライフを送るつもりだったのに――。
「わかりました。その婚約、お受けいたします」
「そうか……よかった」
こうして、卒業パーティーは幕を閉じた。
屋敷に戻ると、すぐにお父様に呼び止められる。
「おい、フィリーネ。ミリアン様をいじめたのか?」
「いじめてなどいません。それに、ミリアン様とはほとんど接点もありませんでしたし」
思わず、大きなため息がこぼれる。
「ため息をつくな。それより、スクリュー様とはうまくやれよ」
「そのつもりです」
スクリュー様――たしか、水の魔法を使える方だったはず。
クロリース王国は“水の街”として有名で、多くの人が訪れる観光地でもある。
王族が水の魔法を使える国は安泰だ、とも言われている。
ちなみに私も、少しだけ水・火・風の魔法が使える。
それが理由で、かつてレオン様の婚約者に選ばれたのだけれど……今となっては関係のない話だ。
それにスクリュー様は、女性からの人気も高い。
一目見ただけで恋に落ちる人も多い、なんて噂もあるくらいだ。
はぁ……。
今度こそ――幸せになりたい。
〜side スクリュー・クロリース〜
約一年前――
「レオン様ぁ〜、今日もかっこいいです♡」
「ミリアンはかわいいよ」
……レオン王子とミリアン嬢?
たしか、レオン王子はフィリーネ嬢と婚約していたはずだ。
それなのに、あんなふうに人前でべたべたと……気に食わない。
――バタンッ!
突然、背後で何かが倒れる音がした。
振り返ると、そこにはフィリーネ嬢が倒れていた。
(おい……何やってるんだ、あの婚約者は)
婚約者がいる前で、あんな態度を取るなんて。
「フィリーネ嬢、大丈夫ですか?」
顔色は悪く、目の下には隈ができている。
無理をしているのは明らかだった。
……本当は、もっと早く手を差し伸べたかった。
けれど――その立場にはいなかった。
そして、卒業パーティーの日。
「フィリーネ・カスティール。お前とは婚約破棄させてもらう」
……は?
こんな場所で婚約破棄だと?
少しはフィリーネ嬢の立場も考えろ。
――いや、待て。
フィリーネ嬢には、もう婚約者がいない。
今なら――
「フィリーネ・カスティール嬢。俺と婚約してくれませんか」
フィリーネ嬢は驚いた顔をしていた。
それも当然だろう。
突然婚約を破棄され、その直後に別の婚約を申し込まれたのだから。
「わかりました。その婚約、お受けいたします」
……よかった。
こうしてパーティーは終わり、屋敷へ戻った。
戻るなり、俺はクロリース王国にいる父上へ報告することにした。
「ソル。これを父上に送ってくれ」
ソルは、幼い頃から仕えてくれている、家族のような存在だ。
「かしこまりました。――風よ、この手紙をエリオット・クロリース様へ」
手紙は鳥の形へと姿を変え、空へと飛び立っていく。
エリオット・クロリース――
クロリース王国の国王であり、俺の父だ。
「それにしても、あの場で婚約を申し込まなくてもよかったのでは?」
「それじゃあ、フィリーネ嬢が誰かに取られる可能性がある」
「そこまで想っているのなら、もっと早く声をかければよかったのに」
……かけたかった。
だが、レオン王子がいた。
だから、踏み出せなかった。
フィリーネ嬢は、ずっとレオン王子のために努力していた。
その姿を、俺はずっと見ていたんだ。
――だからこそ。
今度は、俺の隣で笑ってほしい。
こんなにも誰かを想ったのは、初めてだった。
必ず――幸せにしてみせる。
ある日の午後。
クロリース王国へ向かう準備が進む中、私は庭園を歩いていた。
「フィリーネ嬢」
後ろから声がかかる。
「スクリュー様」
振り返ると、いつもと変わらない穏やかな表情のスクリュー様が立っていた。
「無理はしていないか?」
無理……?
どうしてそんなことを聞くのだろう。
「大丈夫ですよ」
「嘘だ。顔色が悪いし、少し隈も見える」
――どうして、この人はこんなにも気づくのだろう。
レオン様は、こんなふうに気にかけてくれたことなんてなかった。
「……」
最近よく眠れていないのは事実で、言葉が出てこない。
そのとき――
ぽん、と。
スクリュー様の手が、そっと私の頭を撫でた。
「頼むから、無理はしないでくれ」
「……っ」
その手は、驚くほど温かくて。
ただそれだけなのに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「これからは俺がいる。頼ってくれ」
まっすぐに告げられた言葉が、心に深く刺さる。
どうしてだろう。
こんなにも安心できるのに――同時に、胸がうるさい。
ドクン、ドクン、と。
「フィリーネ嬢?」
「え、あ……すみません」
慌てて視線を逸らす。
顔に熱が集まっているのが、自分でもわかる。
(なに、これ……)
レオン様には感じたことのない、この感情。
(もしかして……)
浮かんだ考えに、思わず息を呑む。
(私……スクリュー様に、惚れている……?)
そう思った瞬間、胸がさらに大きく鳴った。
――もしそうなのだとしたら。
この気持ちは、大切にしなければいけない気がする。
そして、次の日。
ミリアン・ハンバリー様が、突然私の屋敷を訪ねてきた。
「ごきげんよう、フィリーネ様」
「ミリアン様……どうなさったのですか?」
また、嫌な予感がする。
「スクリュー様と婚約破棄してほしいのです」
「……は?」
あまりに唐突な言葉に、思考が止まる。
「私がスクリュー様と婚約しますわ」
何を言っているのだろう、この人は。
「ミリアン様は、レオン様と婚約なさるのでは?」
「レオン様は、フィリーネ様にお返ししますわ」
……お返し?
人を物のように。
「私は、スクリュー様と婚約破棄をするつもりはありません」
きっぱりと、そう言い切った。
「ミリアン・ハンバリー嬢。さっきのは、どういう意味だ?」
振り返ると、いつの間にかスクリュー様が立っていた。
「そのままの意味ですわ。私のほうが、スクリュー様にふさわしいと思いますの」
「……俺はフィリーネ嬢と婚約破棄はしない」
いつもと変わらないように見えるけれど、声は低く、はっきりとした怒りが滲んでいる。
スクリュー様は、さらに言葉を続けた。
「俺が誰と婚約しようと、お前には関係ない。次に同じことをすれば――相応の罰を与える。二度とするな」
その言葉に、ミリアン様の顔はみるみる青ざめていく。
やがて何も言えなくなり、そのまま屋敷を後にした。
静けさが戻る。
「フィリーネ嬢、大丈夫か?」
「はい……大丈夫です。ありがとうございます」
スクリュー様は、そっと私の頭を撫でた。
ドクン、ドクン、と心臓がうるさい。
好きだと自覚してしまった今、どう接すればいいのかわからない。
――好き。
たったその一言なのに、口にするのがこんなにも難しいなんて。
「……スクリュー様は、どうして私を婚約者に選んでくださったのですか?」
勇気を振り絞って、そう問いかける。
スクリュー様は、少しも迷うことなく答えた。
「フィリーネ嬢のことが、ずっと好きだったからだ」
「……え?」
思わず、声が漏れる。
「だから今、すごく幸せなんだ。フィリーネが婚約してくれて」
――ずるい。
私だけが想っているわけじゃなかったなんて。
胸がいっぱいになって、言葉があふれそうになる。
「……私も、スクリュー様のことが好きです」
小さな声だったけれど、確かに伝えた。
「……ありがとう。嬉しいよ、フィリーネ」
優しく名前を呼ばれて、そっと抱き寄せられる。
そのまま、互いのぬくもりを確かめるように抱きしめ合い――
気がつけば、時間がゆっくりと過ぎていった。
数日後――
私たちは、クロリース王国へ向けて出発した。
馬車の窓から見える景色は、少しずつ変わっていく。
緑豊かな街並みから、水路が張り巡らされた美しい国へ。
「もうすぐ着く」
スクリュー様の言葉に、自然と背筋が伸びる。
やがて到着したクロリース王国は、まさに“水の街”と呼ばれるにふさわしい場所だった。
透き通る水路が街を巡り、光を反射してきらきらと輝いている。
そして――王城へ。
重厚な扉が開かれ、案内された先には、一人の男性が立っていた。
「よく来たな、スクリュー」
「父上」
その人こそ、クロリース王国の国王――エリオット・クロリース陛下。
鋭い視線が、私へと向けられる。
「そなたが、フィリーネ・カスティール嬢か」
「は、はい。お初にお目にかかります」
緊張で声が少し震える。
けれど、その瞬間――
「そう固くなるな」
ふっと表情を緩め、穏やかに微笑んだ。
「スクリューが自ら選んだ相手だ。歓迎しよう」
「……っ、ありがとうございます」
ほっと胸をなで下ろす。
その後も、王妃様や家族の方々と顔合わせをし、温かく迎え入れていただいた。
スクリュー様がどれだけ大切にされているのか、そして――
その隣に立つことの意味を、改めて実感する。
そして、季節が巡り――
私たちの結婚式の日が訪れた。
王城の大聖堂。
たくさんの人々に見守られながら、私はゆっくりと歩く。
視線の先には、スクリュー様。
あの日と同じように、優しく微笑んでいる。
隣に立つと、そっと手を取られた。
「綺麗だ、フィリーネ」
「……ありがとうございます」
胸がいっぱいになる。
神官の言葉が響く中、私たちは誓いを交わした。
どんな時も、共に歩んでいくと。
そして――
そっと、距離が縮まる。
触れるだけの優しい口づけ。
その瞬間、祝福の拍手が大聖堂に広がった。
「これからも、ずっと一緒だ」
「はい」
もう、不安はない。
あの日、婚約を破棄されたことも――
すべてが、この幸せへと繋がっていたのだから。
スクリュー様の隣で、私は笑う。
これから先もずっと。
愛する人と共に――。
本来ならレオン様にエスコートされ、正式に婚約が発表される予定だった。
レオン様はフェルリン王国の第一王子。
その隣には、ミリアン・ハンバリー様が立っている。
ミリアン様は、私に向かって奇妙な笑みを浮かべた。
……嫌な予感がする。
そして、レオン様は私の前で足を止めた。
「フィリーネ・カスティール。お前とは婚約破棄させてもらう」
突然の言葉に、周囲がざわめく。
「理由をお聞きしても?」
「お前はミリアンをいじめていたらしいな。そんなやつと婚約するわけがない。よって、私の婚約者はミリアン・ハンバリー嬢にする」
いじめ、ね……。
そんな覚えはまったくないのだけれど。
「……そうですか。婚約破棄、承ります」
はぁ。乙女ゲームの世界だから、こうなる可能性は考えていたけれど――
いざ現実になると、やっぱり少しだけ悲しい。
そのとき。
「フィリーネ・カスティール嬢」
突然、背後から声がかかった。
振り返ると、そこにいたのは――
「スクリュー様……?」
クロリース王国の第一王子、スクリュー・クロリース様だった。
「フィリーネ・カスティール嬢。俺と婚約してくれますか?」
「……えっ?」
思わず間の抜けた声が出てしまう。
こんな展開、乙女ゲームにはなかったはずなのに。
「いいですね? レオン王子」
「構わん。好きにしてくれ」
あっさりと許可が下りる。
スクリュー様が、私と婚約……?
一斉に周囲の視線が突き刺さる。
――って、ちょっと待って。
……!?
お父様がものすごい形相でこちらを見ている。
(絶対に断るな。断ったらわかっているな)
口は動いていないのに、そんな圧が伝わってくる。
最悪だ。
婚約破棄されたあとは、のんびりスローライフを送るつもりだったのに――。
「わかりました。その婚約、お受けいたします」
「そうか……よかった」
こうして、卒業パーティーは幕を閉じた。
屋敷に戻ると、すぐにお父様に呼び止められる。
「おい、フィリーネ。ミリアン様をいじめたのか?」
「いじめてなどいません。それに、ミリアン様とはほとんど接点もありませんでしたし」
思わず、大きなため息がこぼれる。
「ため息をつくな。それより、スクリュー様とはうまくやれよ」
「そのつもりです」
スクリュー様――たしか、水の魔法を使える方だったはず。
クロリース王国は“水の街”として有名で、多くの人が訪れる観光地でもある。
王族が水の魔法を使える国は安泰だ、とも言われている。
ちなみに私も、少しだけ水・火・風の魔法が使える。
それが理由で、かつてレオン様の婚約者に選ばれたのだけれど……今となっては関係のない話だ。
それにスクリュー様は、女性からの人気も高い。
一目見ただけで恋に落ちる人も多い、なんて噂もあるくらいだ。
はぁ……。
今度こそ――幸せになりたい。
〜side スクリュー・クロリース〜
約一年前――
「レオン様ぁ〜、今日もかっこいいです♡」
「ミリアンはかわいいよ」
……レオン王子とミリアン嬢?
たしか、レオン王子はフィリーネ嬢と婚約していたはずだ。
それなのに、あんなふうに人前でべたべたと……気に食わない。
――バタンッ!
突然、背後で何かが倒れる音がした。
振り返ると、そこにはフィリーネ嬢が倒れていた。
(おい……何やってるんだ、あの婚約者は)
婚約者がいる前で、あんな態度を取るなんて。
「フィリーネ嬢、大丈夫ですか?」
顔色は悪く、目の下には隈ができている。
無理をしているのは明らかだった。
……本当は、もっと早く手を差し伸べたかった。
けれど――その立場にはいなかった。
そして、卒業パーティーの日。
「フィリーネ・カスティール。お前とは婚約破棄させてもらう」
……は?
こんな場所で婚約破棄だと?
少しはフィリーネ嬢の立場も考えろ。
――いや、待て。
フィリーネ嬢には、もう婚約者がいない。
今なら――
「フィリーネ・カスティール嬢。俺と婚約してくれませんか」
フィリーネ嬢は驚いた顔をしていた。
それも当然だろう。
突然婚約を破棄され、その直後に別の婚約を申し込まれたのだから。
「わかりました。その婚約、お受けいたします」
……よかった。
こうしてパーティーは終わり、屋敷へ戻った。
戻るなり、俺はクロリース王国にいる父上へ報告することにした。
「ソル。これを父上に送ってくれ」
ソルは、幼い頃から仕えてくれている、家族のような存在だ。
「かしこまりました。――風よ、この手紙をエリオット・クロリース様へ」
手紙は鳥の形へと姿を変え、空へと飛び立っていく。
エリオット・クロリース――
クロリース王国の国王であり、俺の父だ。
「それにしても、あの場で婚約を申し込まなくてもよかったのでは?」
「それじゃあ、フィリーネ嬢が誰かに取られる可能性がある」
「そこまで想っているのなら、もっと早く声をかければよかったのに」
……かけたかった。
だが、レオン王子がいた。
だから、踏み出せなかった。
フィリーネ嬢は、ずっとレオン王子のために努力していた。
その姿を、俺はずっと見ていたんだ。
――だからこそ。
今度は、俺の隣で笑ってほしい。
こんなにも誰かを想ったのは、初めてだった。
必ず――幸せにしてみせる。
ある日の午後。
クロリース王国へ向かう準備が進む中、私は庭園を歩いていた。
「フィリーネ嬢」
後ろから声がかかる。
「スクリュー様」
振り返ると、いつもと変わらない穏やかな表情のスクリュー様が立っていた。
「無理はしていないか?」
無理……?
どうしてそんなことを聞くのだろう。
「大丈夫ですよ」
「嘘だ。顔色が悪いし、少し隈も見える」
――どうして、この人はこんなにも気づくのだろう。
レオン様は、こんなふうに気にかけてくれたことなんてなかった。
「……」
最近よく眠れていないのは事実で、言葉が出てこない。
そのとき――
ぽん、と。
スクリュー様の手が、そっと私の頭を撫でた。
「頼むから、無理はしないでくれ」
「……っ」
その手は、驚くほど温かくて。
ただそれだけなのに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「これからは俺がいる。頼ってくれ」
まっすぐに告げられた言葉が、心に深く刺さる。
どうしてだろう。
こんなにも安心できるのに――同時に、胸がうるさい。
ドクン、ドクン、と。
「フィリーネ嬢?」
「え、あ……すみません」
慌てて視線を逸らす。
顔に熱が集まっているのが、自分でもわかる。
(なに、これ……)
レオン様には感じたことのない、この感情。
(もしかして……)
浮かんだ考えに、思わず息を呑む。
(私……スクリュー様に、惚れている……?)
そう思った瞬間、胸がさらに大きく鳴った。
――もしそうなのだとしたら。
この気持ちは、大切にしなければいけない気がする。
そして、次の日。
ミリアン・ハンバリー様が、突然私の屋敷を訪ねてきた。
「ごきげんよう、フィリーネ様」
「ミリアン様……どうなさったのですか?」
また、嫌な予感がする。
「スクリュー様と婚約破棄してほしいのです」
「……は?」
あまりに唐突な言葉に、思考が止まる。
「私がスクリュー様と婚約しますわ」
何を言っているのだろう、この人は。
「ミリアン様は、レオン様と婚約なさるのでは?」
「レオン様は、フィリーネ様にお返ししますわ」
……お返し?
人を物のように。
「私は、スクリュー様と婚約破棄をするつもりはありません」
きっぱりと、そう言い切った。
「ミリアン・ハンバリー嬢。さっきのは、どういう意味だ?」
振り返ると、いつの間にかスクリュー様が立っていた。
「そのままの意味ですわ。私のほうが、スクリュー様にふさわしいと思いますの」
「……俺はフィリーネ嬢と婚約破棄はしない」
いつもと変わらないように見えるけれど、声は低く、はっきりとした怒りが滲んでいる。
スクリュー様は、さらに言葉を続けた。
「俺が誰と婚約しようと、お前には関係ない。次に同じことをすれば――相応の罰を与える。二度とするな」
その言葉に、ミリアン様の顔はみるみる青ざめていく。
やがて何も言えなくなり、そのまま屋敷を後にした。
静けさが戻る。
「フィリーネ嬢、大丈夫か?」
「はい……大丈夫です。ありがとうございます」
スクリュー様は、そっと私の頭を撫でた。
ドクン、ドクン、と心臓がうるさい。
好きだと自覚してしまった今、どう接すればいいのかわからない。
――好き。
たったその一言なのに、口にするのがこんなにも難しいなんて。
「……スクリュー様は、どうして私を婚約者に選んでくださったのですか?」
勇気を振り絞って、そう問いかける。
スクリュー様は、少しも迷うことなく答えた。
「フィリーネ嬢のことが、ずっと好きだったからだ」
「……え?」
思わず、声が漏れる。
「だから今、すごく幸せなんだ。フィリーネが婚約してくれて」
――ずるい。
私だけが想っているわけじゃなかったなんて。
胸がいっぱいになって、言葉があふれそうになる。
「……私も、スクリュー様のことが好きです」
小さな声だったけれど、確かに伝えた。
「……ありがとう。嬉しいよ、フィリーネ」
優しく名前を呼ばれて、そっと抱き寄せられる。
そのまま、互いのぬくもりを確かめるように抱きしめ合い――
気がつけば、時間がゆっくりと過ぎていった。
数日後――
私たちは、クロリース王国へ向けて出発した。
馬車の窓から見える景色は、少しずつ変わっていく。
緑豊かな街並みから、水路が張り巡らされた美しい国へ。
「もうすぐ着く」
スクリュー様の言葉に、自然と背筋が伸びる。
やがて到着したクロリース王国は、まさに“水の街”と呼ばれるにふさわしい場所だった。
透き通る水路が街を巡り、光を反射してきらきらと輝いている。
そして――王城へ。
重厚な扉が開かれ、案内された先には、一人の男性が立っていた。
「よく来たな、スクリュー」
「父上」
その人こそ、クロリース王国の国王――エリオット・クロリース陛下。
鋭い視線が、私へと向けられる。
「そなたが、フィリーネ・カスティール嬢か」
「は、はい。お初にお目にかかります」
緊張で声が少し震える。
けれど、その瞬間――
「そう固くなるな」
ふっと表情を緩め、穏やかに微笑んだ。
「スクリューが自ら選んだ相手だ。歓迎しよう」
「……っ、ありがとうございます」
ほっと胸をなで下ろす。
その後も、王妃様や家族の方々と顔合わせをし、温かく迎え入れていただいた。
スクリュー様がどれだけ大切にされているのか、そして――
その隣に立つことの意味を、改めて実感する。
そして、季節が巡り――
私たちの結婚式の日が訪れた。
王城の大聖堂。
たくさんの人々に見守られながら、私はゆっくりと歩く。
視線の先には、スクリュー様。
あの日と同じように、優しく微笑んでいる。
隣に立つと、そっと手を取られた。
「綺麗だ、フィリーネ」
「……ありがとうございます」
胸がいっぱいになる。
神官の言葉が響く中、私たちは誓いを交わした。
どんな時も、共に歩んでいくと。
そして――
そっと、距離が縮まる。
触れるだけの優しい口づけ。
その瞬間、祝福の拍手が大聖堂に広がった。
「これからも、ずっと一緒だ」
「はい」
もう、不安はない。
あの日、婚約を破棄されたことも――
すべてが、この幸せへと繋がっていたのだから。
スクリュー様の隣で、私は笑う。
これから先もずっと。
愛する人と共に――。

