矢橋先輩は、憑かれやすい。

 学生寮であるアパートまでは、走ればものの五分程度で着いてしまう。近くて便利な立地に惹かれて即決したけれど、曰く付きだったと知って絶望する。
 それでも、俺は矢橋先輩と近づけることが嬉しいし、先輩が困っているならば助けになりたいと思った。
 だって、先輩はかっこいいから。日々になんの刺激もなかった俺に、流星の如く現れて一瞬で心を掴んでいった。バドで活躍する姿は、思い出すだけで気持ちが高揚して、俺も頑張ろうって気持ちにさせてもらえたんだ。
 アパートの先輩の部屋の前まで来ると、迷わずドアベルを押した。
 数秒待ってみるけれど、扉が開く様子はない。中からも先輩の動く気配はない気がする。
 もしかして、まだ帰ってきていない?
 いや、だって昇降口の靴箱には外靴じゃなく、上靴があったから、学校は出ているはずだ。家に帰らずに、一体どこへ……
 そこまで考えて、俺は昨日の心霊スポットの廃屋を思い出す。

「まさか、またあそこに行ったんじゃ……?」

 考えたくないと首を振りながらも、もうそれしかないと頭の中では決定している。
 昨日の先輩は明らかにおかしかった。帰ってきてからはそのまま眠ってしまったし、今朝もおかしなところはなく普通の矢橋先輩だったから違和感はもたなかった。でも、きっと昨日のことで先輩は何かに取り憑かれたままなのかもしれない。
 さっき、先生も言っていた。

『今の彼にはこれを持っていてもらわないと、ちょっと危険な気がするんだよね。今朝会った時からなにか気配を感じてしまって。』

 俺には気配なんてまったくわからない。だけど、視えていなくても感じるだけでもう正解だ。
 たぶん、じゃなく、絶対、先輩はまだ昨日のなにかに取り憑かれている!
 急いで、俺は手にわけのわからない文字の書かれた紙を手にしたまま走り出す。
 何もなければそれでいい。でも、何かあったときは、どうする?
 走るスピードが緩んでしまう。
 あいにく今日は雲ひとつない晴天だ。まだ日も傾き始める前で、明るい。
 怖くない。大丈夫。怖くない。絶対に俺が、矢橋先輩を助ける!
 そう決意して急いだ。