翌日、アパートから出てきた矢橋先輩は何事もなかったかのように普通だった。
昨日見たような青白い顔をしているわけでもなく、目が赤黒く光るわけでもない。
「おはよう、千羽くん」
声も先輩のもので安心する。ただ、目の下にクマが出来ているのかうっすらと影がある。
「昨日はごめんねー、映画見た後からなんか記憶飛んでるんだけど。迷惑かけてない?」
ドアに鍵をかけながら、先輩は明るく、だけど申し訳なさそうに笑う。
昨日あったことは、俺にもよくわからない出来事だったから、説明しようにも困ってしまう。とにかく、今は無事で良かったと安堵するしかない。
「先輩は、どうしてそんな憑かれやすい体質になっちゃったんですか?」
なにか原因があってそうなっているなら、それを改めれば解決できそうな気がするのだが。
「え? あー、かわいそうって思っちゃうんだよね」
「かわいそう?」
「そう。テレビやSNSに流れてくる殺人事件とか自殺者とかの話見ると、どうして殺されなくちゃならなかったんだとか、なんで死ぬ道しかなかったんだとか。最終的にはみんなかわいそうだなって悲しんじゃう。俺がどうにか出来ることじゃないんだけどさ、でも、他にそうならない未来はなかったのかなって色々考えちゃう癖があるんだよね」
小さくため息を吐き出して、先輩は情けなく笑う。
「自分のことでもないし、別にそんな深く考えなきゃいいんだけどさ、なんか、考え出すとキリがなくて」
ふと、学校へ向かう坂道の途中で先輩は足を止めた。そして、じっと一点を見ている。不思議に思って、俺も先輩の視線の先を辿った。すると、反対側の道路脇、ガードレールの下に何かが横たわっているのが見えた。
ふわふわした焦茶色の毛。全部は見えないけれど、獣か猫か。サイズ的にはまだ小さい。もしかしたら、車に撥ねられて死んでしまったのかもしれない。
先輩に視線を戻すと、眉を顰めて泣きそうに歯を食いしばっている。きっと、頭の中でいろんなことを考えて悲痛な表情を浮かべているのかもしれない。
「……飛び出しちゃったんですかね」
小さいしきっと子どもだ。道路が危険なことを知らずに飛び出してしまったのかもしれない。
「なんで飛び出したりするんだよ。車が来たら音や気配で分かるだろ。じっとその場にいろよ。動くことが一番危ないんだ。なんでそれがわからないかなぁ」
ため息を交えながら、先輩は泣き出した。
「気持ちはわかるよ。まさかこうなるなんてって。思うよな。でも、死んだら終わりだ。明日も会えると思ってこの道を通っても、俺はお前には会えないんだ。もう、二度と……」
ジッと向こう側を見つめたまま、先輩は亡骸に訴えるように話している。
まさか、死んだ子猫と話しているのだろうか?
不穏な先輩の後ろ姿に、俺は後退りする。
「行こう。これ以上ここにいたら、俺あいつ連れてくことになる」
「え、あ、はい」
頬の涙を手の甲で拭うと、先輩が前を向いて歩き出すから、俺は後ろからついていく。
向こう側が気になったけど、なんとなく振り返ったらあの子猫の霊が付いてくるような気がして、怖くて振り返れなかった。
校門を抜けて校舎内に入ると、先輩はそのまま自分の教室に向かっていった。先輩の周りには、誰も近づかない。なんだか、人を寄り付かせないオーラでも出ているんじゃないかと思うほどに。
昨日見たような青白い顔をしているわけでもなく、目が赤黒く光るわけでもない。
「おはよう、千羽くん」
声も先輩のもので安心する。ただ、目の下にクマが出来ているのかうっすらと影がある。
「昨日はごめんねー、映画見た後からなんか記憶飛んでるんだけど。迷惑かけてない?」
ドアに鍵をかけながら、先輩は明るく、だけど申し訳なさそうに笑う。
昨日あったことは、俺にもよくわからない出来事だったから、説明しようにも困ってしまう。とにかく、今は無事で良かったと安堵するしかない。
「先輩は、どうしてそんな憑かれやすい体質になっちゃったんですか?」
なにか原因があってそうなっているなら、それを改めれば解決できそうな気がするのだが。
「え? あー、かわいそうって思っちゃうんだよね」
「かわいそう?」
「そう。テレビやSNSに流れてくる殺人事件とか自殺者とかの話見ると、どうして殺されなくちゃならなかったんだとか、なんで死ぬ道しかなかったんだとか。最終的にはみんなかわいそうだなって悲しんじゃう。俺がどうにか出来ることじゃないんだけどさ、でも、他にそうならない未来はなかったのかなって色々考えちゃう癖があるんだよね」
小さくため息を吐き出して、先輩は情けなく笑う。
「自分のことでもないし、別にそんな深く考えなきゃいいんだけどさ、なんか、考え出すとキリがなくて」
ふと、学校へ向かう坂道の途中で先輩は足を止めた。そして、じっと一点を見ている。不思議に思って、俺も先輩の視線の先を辿った。すると、反対側の道路脇、ガードレールの下に何かが横たわっているのが見えた。
ふわふわした焦茶色の毛。全部は見えないけれど、獣か猫か。サイズ的にはまだ小さい。もしかしたら、車に撥ねられて死んでしまったのかもしれない。
先輩に視線を戻すと、眉を顰めて泣きそうに歯を食いしばっている。きっと、頭の中でいろんなことを考えて悲痛な表情を浮かべているのかもしれない。
「……飛び出しちゃったんですかね」
小さいしきっと子どもだ。道路が危険なことを知らずに飛び出してしまったのかもしれない。
「なんで飛び出したりするんだよ。車が来たら音や気配で分かるだろ。じっとその場にいろよ。動くことが一番危ないんだ。なんでそれがわからないかなぁ」
ため息を交えながら、先輩は泣き出した。
「気持ちはわかるよ。まさかこうなるなんてって。思うよな。でも、死んだら終わりだ。明日も会えると思ってこの道を通っても、俺はお前には会えないんだ。もう、二度と……」
ジッと向こう側を見つめたまま、先輩は亡骸に訴えるように話している。
まさか、死んだ子猫と話しているのだろうか?
不穏な先輩の後ろ姿に、俺は後退りする。
「行こう。これ以上ここにいたら、俺あいつ連れてくことになる」
「え、あ、はい」
頬の涙を手の甲で拭うと、先輩が前を向いて歩き出すから、俺は後ろからついていく。
向こう側が気になったけど、なんとなく振り返ったらあの子猫の霊が付いてくるような気がして、怖くて振り返れなかった。
校門を抜けて校舎内に入ると、先輩はそのまま自分の教室に向かっていった。先輩の周りには、誰も近づかない。なんだか、人を寄り付かせないオーラでも出ているんじゃないかと思うほどに。



