帰るために先生の車の場所まで戻った俺たちは、車の周りにガラス片が粉々に割れて散らばっているのを見つけた。ボンネットには、へこんだ跡があることに気が付く。
もしかしたら、アオイの持っていた空き瓶の破片じゃないかと考える。背筋がゾォっと冷える気がした。
とにかく、一刻も早くこの場所から出て行かないとと焦燥感にかられて、話をしている余裕などないと思った。
誰も何も喋らず、ただ無言でガラス片を踏まないように気をつけながら進んだ。途中、大きめな破片は車のそばから遠ざける。そうしてなんとか車に乗り込むと、黒渕先生は慎重にエンジンをかけて車を動かした。
まだ空は真っ暗になる手前で、ガラス片に反射した夕陽が真っ赤な血のように見える気がして、恐ろしかった。フロントガラスが無事だったのが、唯一の救いだ。きっと、と言うよりも、絶対、黒渕先生が不可思議な文字が書かれた祓い紙を一面にサンシェードのようにして置いておいたおかげだと思う。
ようやく学生寮のアパートに無事帰って来られた。長い長い1日だった。日を跨いでいたから、正確には2日だけど。
玄関ドアの前に段ボールが置かれている。置き配だ。宛名を見ると、母から。そう言えば、何かを送るとメッセージが来ていたのを思い出す。
「え、千羽くん、なにそれ。まさか開けたらまた霊が出てくるとかないよね?」
恐怖心を抱えたままダンマリを決め込んで黒渕先生の車に乗ってきたから、今が矢橋先輩の第一声だった。警戒するように矢橋先輩が俺から2歩後ろに下がる。
今さら霊が怖いとか、どういうこと?
いや、でもそれは良い傾向かもしれない。あまり考えなしに心霊スポットに行ったりするから、今回みたいな大事になったんだ。
あれは、元を辿れば矢橋先輩が悪いと思う。
うん。そして、それについて行った俺も悪い。で、黒渕先生が繋がりがあったから助かった部分は大いにある。
「やめてくださいよ。もう考えるのはやめましょう」
ドアの鍵を開けて、俺は段ボールを抱えた。
「これはうちの母から送られてきた荷物です」
霊なんか入っていてたまるか。とは思いつつも、先輩の言うことにドキリと恐怖心が湧き上がるのは事実。元々怖がりだったのに、ますますビビリになってしまっている自分にため息をついた。
「先輩、今日はうちに泊まります?」
あの部屋自体がなんだか陰湿で、塩は盛ってあるし、へんな掛け軸はあるし、電気じゃなくてロウソクだし。最初からおかしかったんだ。だから、俺からしたらごく自然に誘ったつもりだったのだけど。
「え!?」
大袈裟に驚いた矢橋先輩の顔を見れば、赤く色付いている。
「え?」
俺も、つい首を傾げてしまう。
そんな変なことは言っていないと思うのだけど。
「い、いいの? 千羽くん、俺のこと怖くないの? 一緒にいるなんて、まして一緒に寝るなんて、そんなの嫌じゃないの?」
恥じらうように声を小さくして矢橋先輩が聞いてくるから、俺は目を見開いた。
「いや、一緒に寝るとか言ってませんから! そんなの恐れ多いし! って、いやいや、だから俺は、先輩のこと怖いとか嫌だとか思ったこと、一度もないですから! ってか、その逆ですからねっ」
否定しながら、言葉の意味を頭の中で考えながら、また否定をする。
「夕飯、また一緒に食べようって、今度は俺がごちそうするって約束したじゃないですか」
──終わったら、今度は俺がご飯ごちそうします!
もう何度も言っているのに、矢橋先輩に俺はなかなか心を開いてもらえてないんだなと悲しくなる。でも、仕方ない。
矢橋先輩は俺の憧れの人で、高嶺の花。手が届くはずがなかったんだ。奇跡だ。
だから、今は、こうしてみんなが知らない矢橋先輩の姿を見れることが、最高に嬉しい。
段ボールを抱えたまま、玄関ドアに寄りかかって中に入るように先輩に「どうぞ」と声をかけると、真っ直ぐにこちらを向き、立ち尽くしていた矢橋先輩の顔が歪んで、目に大粒の涙を溜め込み始める。
「……っ、せっ、千羽くーん」
泣き始めたと思ったら、段ボールごと俺を抱きしめてくるから驚く。
ふわりと矢橋先輩の香りに胸が高鳴る。
「や、矢橋、先輩……」
「ありがとう、ありがとう! 俺、友達居たことなくて千羽くんのこともいつも心のどこかで、いつか俺なんて忘れるんだろうからって諦めてた。でも、今回のことで、本当に助けあえたし、助けてもらえたし、俺なんて別に霊に連れ去られても誰も困らないだろうって思っていたけど、黒渕先生みたいに心配してくれる大人もいるって知った。だから、もうこれからは、俺は俺のことがかわいそうだとは思わないようにする!」
グスッと鼻を啜り、矢橋先輩は俺から離れると段ボールを持ってくれた。俺の指に矢橋先輩の手が触れて、ドキドキする。
この気持ちは、きっと特別なものだ。
昂るままに、伝えても良いだろうか。
でも、俺のこんな気持ちを伝えられても困らせるだけだろうか。
「矢橋先輩、俺っ……」
玄関のドアが閉まる音で、言いかけた言葉をグッと飲み込んだ。
早まるな、俺。今の状況だけでも奇跡なんだから、多くを望んじゃダメだ。冷静に頭と気持ちを落ち着かせると、玄関ドアを見た。
怪異は俺の部屋には入ってこない、はず。
すっかり黒渕先生の祓い紙を信用してしまった俺は、ポケットに入れてきた手持ち分の祓い紙を玄関や窓、入り口の至る所に貼った。
もうこれで安心だ。
誰にも矢橋先輩と俺の邪魔はさせない。
もしかしたら、アオイの持っていた空き瓶の破片じゃないかと考える。背筋がゾォっと冷える気がした。
とにかく、一刻も早くこの場所から出て行かないとと焦燥感にかられて、話をしている余裕などないと思った。
誰も何も喋らず、ただ無言でガラス片を踏まないように気をつけながら進んだ。途中、大きめな破片は車のそばから遠ざける。そうしてなんとか車に乗り込むと、黒渕先生は慎重にエンジンをかけて車を動かした。
まだ空は真っ暗になる手前で、ガラス片に反射した夕陽が真っ赤な血のように見える気がして、恐ろしかった。フロントガラスが無事だったのが、唯一の救いだ。きっと、と言うよりも、絶対、黒渕先生が不可思議な文字が書かれた祓い紙を一面にサンシェードのようにして置いておいたおかげだと思う。
ようやく学生寮のアパートに無事帰って来られた。長い長い1日だった。日を跨いでいたから、正確には2日だけど。
玄関ドアの前に段ボールが置かれている。置き配だ。宛名を見ると、母から。そう言えば、何かを送るとメッセージが来ていたのを思い出す。
「え、千羽くん、なにそれ。まさか開けたらまた霊が出てくるとかないよね?」
恐怖心を抱えたままダンマリを決め込んで黒渕先生の車に乗ってきたから、今が矢橋先輩の第一声だった。警戒するように矢橋先輩が俺から2歩後ろに下がる。
今さら霊が怖いとか、どういうこと?
いや、でもそれは良い傾向かもしれない。あまり考えなしに心霊スポットに行ったりするから、今回みたいな大事になったんだ。
あれは、元を辿れば矢橋先輩が悪いと思う。
うん。そして、それについて行った俺も悪い。で、黒渕先生が繋がりがあったから助かった部分は大いにある。
「やめてくださいよ。もう考えるのはやめましょう」
ドアの鍵を開けて、俺は段ボールを抱えた。
「これはうちの母から送られてきた荷物です」
霊なんか入っていてたまるか。とは思いつつも、先輩の言うことにドキリと恐怖心が湧き上がるのは事実。元々怖がりだったのに、ますますビビリになってしまっている自分にため息をついた。
「先輩、今日はうちに泊まります?」
あの部屋自体がなんだか陰湿で、塩は盛ってあるし、へんな掛け軸はあるし、電気じゃなくてロウソクだし。最初からおかしかったんだ。だから、俺からしたらごく自然に誘ったつもりだったのだけど。
「え!?」
大袈裟に驚いた矢橋先輩の顔を見れば、赤く色付いている。
「え?」
俺も、つい首を傾げてしまう。
そんな変なことは言っていないと思うのだけど。
「い、いいの? 千羽くん、俺のこと怖くないの? 一緒にいるなんて、まして一緒に寝るなんて、そんなの嫌じゃないの?」
恥じらうように声を小さくして矢橋先輩が聞いてくるから、俺は目を見開いた。
「いや、一緒に寝るとか言ってませんから! そんなの恐れ多いし! って、いやいや、だから俺は、先輩のこと怖いとか嫌だとか思ったこと、一度もないですから! ってか、その逆ですからねっ」
否定しながら、言葉の意味を頭の中で考えながら、また否定をする。
「夕飯、また一緒に食べようって、今度は俺がごちそうするって約束したじゃないですか」
──終わったら、今度は俺がご飯ごちそうします!
もう何度も言っているのに、矢橋先輩に俺はなかなか心を開いてもらえてないんだなと悲しくなる。でも、仕方ない。
矢橋先輩は俺の憧れの人で、高嶺の花。手が届くはずがなかったんだ。奇跡だ。
だから、今は、こうしてみんなが知らない矢橋先輩の姿を見れることが、最高に嬉しい。
段ボールを抱えたまま、玄関ドアに寄りかかって中に入るように先輩に「どうぞ」と声をかけると、真っ直ぐにこちらを向き、立ち尽くしていた矢橋先輩の顔が歪んで、目に大粒の涙を溜め込み始める。
「……っ、せっ、千羽くーん」
泣き始めたと思ったら、段ボールごと俺を抱きしめてくるから驚く。
ふわりと矢橋先輩の香りに胸が高鳴る。
「や、矢橋、先輩……」
「ありがとう、ありがとう! 俺、友達居たことなくて千羽くんのこともいつも心のどこかで、いつか俺なんて忘れるんだろうからって諦めてた。でも、今回のことで、本当に助けあえたし、助けてもらえたし、俺なんて別に霊に連れ去られても誰も困らないだろうって思っていたけど、黒渕先生みたいに心配してくれる大人もいるって知った。だから、もうこれからは、俺は俺のことがかわいそうだとは思わないようにする!」
グスッと鼻を啜り、矢橋先輩は俺から離れると段ボールを持ってくれた。俺の指に矢橋先輩の手が触れて、ドキドキする。
この気持ちは、きっと特別なものだ。
昂るままに、伝えても良いだろうか。
でも、俺のこんな気持ちを伝えられても困らせるだけだろうか。
「矢橋先輩、俺っ……」
玄関のドアが閉まる音で、言いかけた言葉をグッと飲み込んだ。
早まるな、俺。今の状況だけでも奇跡なんだから、多くを望んじゃダメだ。冷静に頭と気持ちを落ち着かせると、玄関ドアを見た。
怪異は俺の部屋には入ってこない、はず。
すっかり黒渕先生の祓い紙を信用してしまった俺は、ポケットに入れてきた手持ち分の祓い紙を玄関や窓、入り口の至る所に貼った。
もうこれで安心だ。
誰にも矢橋先輩と俺の邪魔はさせない。



