図書室に入ると、閲覧室の机に黒渕先生がいた。その隣には矢橋先輩も座っている。
「千羽くん、君はもう帰ったほうがいい」
俺の顔を見るなり、矢橋先輩が目も合わせずに突き放してくる。
胸にズキリと刺さる言葉。だけど、先輩は俺のためにそう言って突き放そうとしてくれているんだって、分かっている。
前は間に受けて、落ち込んで先輩から離れてしまったけど、今度は絶対に離れない。ここで「じゃあ帰ります」なんて言って帰ったら、そのあとずーっと矢橋先輩のことばっかり考えることになるんだ。
心配するくらいなら、すぐそばにピッタリ張り付いていたほうがいい。矢橋先輩からしたら、ウザいかもだけど。
「……一緒に、居させてください」
嫌われたくはない。でも、そばにいたい。
真っ直ぐに矢橋先輩の顔を見て、決意は固いというように俺はキュッと手を握りしめた。
逸れていた矢橋先輩の視線が、ゆっくり戻ってくる。困ったように下がった眉をしたと思ったら、思い切り睨んできた。バドの試合で相手を威嚇するような鋭い睨み。思わず後退りしてしまって、怖くなる。けど、すぐに緩んだ表情は柔らかく微笑む。
「そういうとこだよ。千羽くんのいいところ」
矢橋先輩がゆっくり近づいて来て、俺の前に立ち止まると頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「えっ、あ、そんな、頭下げないでくださいよ!」
あわてて先輩に近付いて手を伸ばしたら、矢橋先輩の髪に触れてしまった。
さらりと流れるような直毛。色素の濃い黒色は艶やかで固そうに見えるのに、触れると柔らかくてくすぐったい。
「千羽くんのこと、危なくないように俺も守るから」
顔を上げて視線を合わせると、矢橋先輩がニコリと微笑む。俺の顔は、一気に熱を上げる。
触れてしまった手は固まったように動かせなくて、先輩の言葉が俺の胸をストレートに突き抜けてくる。
先輩が、俺のことを守ってくれる……?
なにそれ。最高じゃん。
優しさに泣きそうになっていると、町田先生がこちらを凝視していることに気がついてハッとした。俺、今矢橋先輩しか見えてなかった。ここには黒渕先生も町田先生もいたんだった。急に恥ずかしくなって照れていると、町田先生の口元が動いている。
と、う、と、い?
声には出ていないけど、そう何度も連呼している気がする。けど、それについてはあえてなにも聞かないでおこう。
「協力し合うのは素晴らしいことだと思います。ただ、一番守って欲しいのは僕のことなので、それだけはよろしくお願いします」
「……え?」
座ってパソコンを開いていた黒渕先生が、ゆっくり立ち上がってこちらを見ている。その顔は蒼白。なにかに怯えているような、怖がっているような、そんな雰囲気だ。
黒渕先生は怖い話が苦手だ。分かっているけど、まとっているオーラが今は本当に恐怖に慄いているように見える。
「千羽くんにも詳しく話すね。黒渕先生はとりあえず座っていてください」
矢橋先輩は黒渕先生をまた椅子に座らせると、俺も座るようにと椅子を示し、自身も座った。
「町田先生も聞きますか?」
「え、うん。けど、あたしの存在は気にしないで続けて」
手を顔の前で振り、町田先生は図書室の端に下がっていく。黒渕先生といい、町田先生といい、この学校は不思議な先生が多くないか? と疑問を持つけど、矢橋先輩はなにも突っ込むことなくいるから、俺も迂闊には聞けない。
「俺がアオイちゃんから聞いた話から、過去の事件や事故について黒渕先生に調べてもらったんだ。そしたら、先生は俺の情報よりも先にその事故の詳細を検索して、そして、その事故に心当たりがあったようで」
そういえば、さっき俺が事故のことを話した時も『心当たりがある』と言っていた。
「千羽くんから、事故に遭った子たちの名前を聞いたときは驚いたよ」
まだ震える声で、黒渕先生は頭を抱える。
「あの二人は、僕の大切な友達だった」
「……え」
消えそうな声で先生が言った言葉。大人の黒渕先生が、あの子たちの友達?
「アオイちゃんは、15年前の事故で亡くなったんだ。そして、彼も同じく15年前から行方不明になっている。黒渕先生は15年前、彼らと同じ小学生だった。そして、友達だったらしい」
そんな偶然あるだろうか。
「先生は、霊は視えなくてもなにかは感じることが出来る人らしくて、俺との一件があってからより気配を感じやすくなったらしい。不可解な行動をする俺が、昔の友達みたいに突然いなくなったりしないか不安だって、心配してくれていたんですよね」
矢橋先輩が黒渕先生に呆れるように、でも優しく聞くと、黒渕先生が頷いた。
「そうだよ。僕は、あの日友達を二人も同時に失ったんだ」
ため息を吐き出して、黒渕先生は眉を下げて笑うと、話し出す。
「二人とは、学年は一つ下でしたけど、とても気が合ってかわいがってもらっていました。僕にとってはお兄ちゃんお姉ちゃんで、彼らの行動はとてもキラキラしていて、カッコいいなと思ってついて回っていました。でも、君たちが倒れていたあの場所のことは全然知らなかった」
先生の言葉から、レンとアオイにとって、あの場所は本当に二人だけの秘密基地だったんだなと、感じる。
「葵ちゃんが見つかったのは、あの場所からは何キロも離れた川の下流だった。当時、どうしてこんな場所まで来たんだろうとみんなが不思議がった。それに、一緒にいたはずの蓮くんはどこを探しても見つからない。捜索は難航して、数年後に打ち切り。蓮くんは結局行方不明のまま」
話しながら、黒渕先生は落ち込んでいく。
矢橋先輩が見つけた霊は、その事件のレンで間違いないはずだ。アオイがそれを証明している。誰も、レンがあの廃屋の秘密基地にいることを知らなかったってことか。気がついてあげられなかったってことか。どうして。そんなの、悲しいしかないじゃないか。
「一度だけ、二人の後をつけてあの場所の近くまで行ったことがあった。でも、来たことのない場所だったし、どんどん山に向かっていくし、僕は怖くなって途中で引き返したんだ。まさか、そこで事故が起きていたなんて、そんなこと思いもしないから……もっと早く、頭が回っていれば」
また、黒渕先生は頭を抱えて俯いた。悔しそうに声が震えている。
「そうだとしても、黒渕先生じゃあの場所には行けなかったでしょ。だから、俺に近づいたんですよね?」
ふぅっと息を吐き出し、矢橋先輩が黒渕先生の隣に立った。
「俺が、霊が見える体質だって知って、怖いくせに自己流祓い紙とか作って怖くないって自己暗示かけて、いつかその行方不明の友達に辿り着けたらって、思ってたんじゃないんですか?」
全部お見通しだと言わんばかりに、矢橋先輩は黒渕先生の顔を覗き込むようにして笑顔を向けている。
俯いていた先生は、ピクリと肩を震わせてから、そっと顔を上げた。
全て解っていたのかと、言葉にしなくても伝わって来そうな黒渕先生の表情。矢橋先輩が黒渕先生のことを引き離そうとしつつも優しく受け入れているのは、ここに辿り着くためだったのかなと、俺には道筋が見える気がした。
「もう、辿り着いてますよ。だけど、俺じゃ彼とは話が通じない。千羽くんにもかなり頑張ってもらいました。でも、解決したくても無理そうです。黒渕先生、一緒に来てくれませんか? そして、彼と話をしてほしい。怖いかもしれないけど」
真っ直ぐに黒渕先生を見つめる矢橋先輩。
このまま放っておくことはできない。また、矢橋先輩に憑いて何かしようなんてことになったら、俺だって黙っちゃいられない。でも、霊と争うとか、無謀なことだってこの前のことではっきり分かった。
残念だけど、俺は霊から矢橋先輩のことは守れない。力なんて無意味だ。話し合って解決しか手段がないのに、それも無理。どうしようもない。霊と関係のある、顔見知りの黒渕先生なら、少しは話が通じるかもしれない。
誰だって、思い出話には弱い。霊だったとしても、懐かしさに気持ちが緩むかもしれないし、心の中が少しでも優しくなれたらと願いたい。
「……君たちを、これ以上僕の友達のせいで苦しめるわけにはいかない。覚悟を決めるよ」
立ち上がって、震える手を隠すように黒渕先生はギュッと両手を包んで握りしめた。そして、ペン立てに入っていたハサミを手に取り、振り返って町田先生の方へ向かった。
え、なに。ハサミどうした?
相変わらず長い前髪のせいで黒渕先生の表情は分からない。だけど、空気感だけは深妙に感じる。
いや、ハサミ持ち出して何する気だ? まさか黒渕先生がなにかに憑かれていたりしないよな?
不安になって見守っていると、町田先生も身構える。
「これでバッサリやっちゃってください!」
ずいっと、町田先生にハサミの柄の方を差し出す黒渕先生。一瞬凍っていた空気が、ほどけるようにゆるむ。
「オッケー! まかせなさいっ」
胸をたたいて、町田先生が意気揚々と仰け反った。重苦しかった雰囲気が途端に軽くなる。
「千羽くん、君はもう帰ったほうがいい」
俺の顔を見るなり、矢橋先輩が目も合わせずに突き放してくる。
胸にズキリと刺さる言葉。だけど、先輩は俺のためにそう言って突き放そうとしてくれているんだって、分かっている。
前は間に受けて、落ち込んで先輩から離れてしまったけど、今度は絶対に離れない。ここで「じゃあ帰ります」なんて言って帰ったら、そのあとずーっと矢橋先輩のことばっかり考えることになるんだ。
心配するくらいなら、すぐそばにピッタリ張り付いていたほうがいい。矢橋先輩からしたら、ウザいかもだけど。
「……一緒に、居させてください」
嫌われたくはない。でも、そばにいたい。
真っ直ぐに矢橋先輩の顔を見て、決意は固いというように俺はキュッと手を握りしめた。
逸れていた矢橋先輩の視線が、ゆっくり戻ってくる。困ったように下がった眉をしたと思ったら、思い切り睨んできた。バドの試合で相手を威嚇するような鋭い睨み。思わず後退りしてしまって、怖くなる。けど、すぐに緩んだ表情は柔らかく微笑む。
「そういうとこだよ。千羽くんのいいところ」
矢橋先輩がゆっくり近づいて来て、俺の前に立ち止まると頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「えっ、あ、そんな、頭下げないでくださいよ!」
あわてて先輩に近付いて手を伸ばしたら、矢橋先輩の髪に触れてしまった。
さらりと流れるような直毛。色素の濃い黒色は艶やかで固そうに見えるのに、触れると柔らかくてくすぐったい。
「千羽くんのこと、危なくないように俺も守るから」
顔を上げて視線を合わせると、矢橋先輩がニコリと微笑む。俺の顔は、一気に熱を上げる。
触れてしまった手は固まったように動かせなくて、先輩の言葉が俺の胸をストレートに突き抜けてくる。
先輩が、俺のことを守ってくれる……?
なにそれ。最高じゃん。
優しさに泣きそうになっていると、町田先生がこちらを凝視していることに気がついてハッとした。俺、今矢橋先輩しか見えてなかった。ここには黒渕先生も町田先生もいたんだった。急に恥ずかしくなって照れていると、町田先生の口元が動いている。
と、う、と、い?
声には出ていないけど、そう何度も連呼している気がする。けど、それについてはあえてなにも聞かないでおこう。
「協力し合うのは素晴らしいことだと思います。ただ、一番守って欲しいのは僕のことなので、それだけはよろしくお願いします」
「……え?」
座ってパソコンを開いていた黒渕先生が、ゆっくり立ち上がってこちらを見ている。その顔は蒼白。なにかに怯えているような、怖がっているような、そんな雰囲気だ。
黒渕先生は怖い話が苦手だ。分かっているけど、まとっているオーラが今は本当に恐怖に慄いているように見える。
「千羽くんにも詳しく話すね。黒渕先生はとりあえず座っていてください」
矢橋先輩は黒渕先生をまた椅子に座らせると、俺も座るようにと椅子を示し、自身も座った。
「町田先生も聞きますか?」
「え、うん。けど、あたしの存在は気にしないで続けて」
手を顔の前で振り、町田先生は図書室の端に下がっていく。黒渕先生といい、町田先生といい、この学校は不思議な先生が多くないか? と疑問を持つけど、矢橋先輩はなにも突っ込むことなくいるから、俺も迂闊には聞けない。
「俺がアオイちゃんから聞いた話から、過去の事件や事故について黒渕先生に調べてもらったんだ。そしたら、先生は俺の情報よりも先にその事故の詳細を検索して、そして、その事故に心当たりがあったようで」
そういえば、さっき俺が事故のことを話した時も『心当たりがある』と言っていた。
「千羽くんから、事故に遭った子たちの名前を聞いたときは驚いたよ」
まだ震える声で、黒渕先生は頭を抱える。
「あの二人は、僕の大切な友達だった」
「……え」
消えそうな声で先生が言った言葉。大人の黒渕先生が、あの子たちの友達?
「アオイちゃんは、15年前の事故で亡くなったんだ。そして、彼も同じく15年前から行方不明になっている。黒渕先生は15年前、彼らと同じ小学生だった。そして、友達だったらしい」
そんな偶然あるだろうか。
「先生は、霊は視えなくてもなにかは感じることが出来る人らしくて、俺との一件があってからより気配を感じやすくなったらしい。不可解な行動をする俺が、昔の友達みたいに突然いなくなったりしないか不安だって、心配してくれていたんですよね」
矢橋先輩が黒渕先生に呆れるように、でも優しく聞くと、黒渕先生が頷いた。
「そうだよ。僕は、あの日友達を二人も同時に失ったんだ」
ため息を吐き出して、黒渕先生は眉を下げて笑うと、話し出す。
「二人とは、学年は一つ下でしたけど、とても気が合ってかわいがってもらっていました。僕にとってはお兄ちゃんお姉ちゃんで、彼らの行動はとてもキラキラしていて、カッコいいなと思ってついて回っていました。でも、君たちが倒れていたあの場所のことは全然知らなかった」
先生の言葉から、レンとアオイにとって、あの場所は本当に二人だけの秘密基地だったんだなと、感じる。
「葵ちゃんが見つかったのは、あの場所からは何キロも離れた川の下流だった。当時、どうしてこんな場所まで来たんだろうとみんなが不思議がった。それに、一緒にいたはずの蓮くんはどこを探しても見つからない。捜索は難航して、数年後に打ち切り。蓮くんは結局行方不明のまま」
話しながら、黒渕先生は落ち込んでいく。
矢橋先輩が見つけた霊は、その事件のレンで間違いないはずだ。アオイがそれを証明している。誰も、レンがあの廃屋の秘密基地にいることを知らなかったってことか。気がついてあげられなかったってことか。どうして。そんなの、悲しいしかないじゃないか。
「一度だけ、二人の後をつけてあの場所の近くまで行ったことがあった。でも、来たことのない場所だったし、どんどん山に向かっていくし、僕は怖くなって途中で引き返したんだ。まさか、そこで事故が起きていたなんて、そんなこと思いもしないから……もっと早く、頭が回っていれば」
また、黒渕先生は頭を抱えて俯いた。悔しそうに声が震えている。
「そうだとしても、黒渕先生じゃあの場所には行けなかったでしょ。だから、俺に近づいたんですよね?」
ふぅっと息を吐き出し、矢橋先輩が黒渕先生の隣に立った。
「俺が、霊が見える体質だって知って、怖いくせに自己流祓い紙とか作って怖くないって自己暗示かけて、いつかその行方不明の友達に辿り着けたらって、思ってたんじゃないんですか?」
全部お見通しだと言わんばかりに、矢橋先輩は黒渕先生の顔を覗き込むようにして笑顔を向けている。
俯いていた先生は、ピクリと肩を震わせてから、そっと顔を上げた。
全て解っていたのかと、言葉にしなくても伝わって来そうな黒渕先生の表情。矢橋先輩が黒渕先生のことを引き離そうとしつつも優しく受け入れているのは、ここに辿り着くためだったのかなと、俺には道筋が見える気がした。
「もう、辿り着いてますよ。だけど、俺じゃ彼とは話が通じない。千羽くんにもかなり頑張ってもらいました。でも、解決したくても無理そうです。黒渕先生、一緒に来てくれませんか? そして、彼と話をしてほしい。怖いかもしれないけど」
真っ直ぐに黒渕先生を見つめる矢橋先輩。
このまま放っておくことはできない。また、矢橋先輩に憑いて何かしようなんてことになったら、俺だって黙っちゃいられない。でも、霊と争うとか、無謀なことだってこの前のことではっきり分かった。
残念だけど、俺は霊から矢橋先輩のことは守れない。力なんて無意味だ。話し合って解決しか手段がないのに、それも無理。どうしようもない。霊と関係のある、顔見知りの黒渕先生なら、少しは話が通じるかもしれない。
誰だって、思い出話には弱い。霊だったとしても、懐かしさに気持ちが緩むかもしれないし、心の中が少しでも優しくなれたらと願いたい。
「……君たちを、これ以上僕の友達のせいで苦しめるわけにはいかない。覚悟を決めるよ」
立ち上がって、震える手を隠すように黒渕先生はギュッと両手を包んで握りしめた。そして、ペン立てに入っていたハサミを手に取り、振り返って町田先生の方へ向かった。
え、なに。ハサミどうした?
相変わらず長い前髪のせいで黒渕先生の表情は分からない。だけど、空気感だけは深妙に感じる。
いや、ハサミ持ち出して何する気だ? まさか黒渕先生がなにかに憑かれていたりしないよな?
不安になって見守っていると、町田先生も身構える。
「これでバッサリやっちゃってください!」
ずいっと、町田先生にハサミの柄の方を差し出す黒渕先生。一瞬凍っていた空気が、ほどけるようにゆるむ。
「オッケー! まかせなさいっ」
胸をたたいて、町田先生が意気揚々と仰け反った。重苦しかった雰囲気が途端に軽くなる。



