4月の終わりなのに、もうすでに気温は上がっている。朝晩はまだ冷えるけれど、日中は上着を着ていると暑いくらいだ。
ひんやりと感じていた空気感が今はない。アオイはどこかへ行ってしまったのだろうか。それとも、なにも感じないだけで、まだすぐそばにいるのだろうか。分からないから、勝手に怖くなっている。
とにかく、先輩に早く目を覚まして欲しくて、俺はもう一度名前を呼ぶ。
「矢橋先輩」
瞼がかすかに動いた気がして、ハッとする。先輩の顔を見ていると、眉間に皺がより、険しい表情に変わる。
「……なんの、匂いだ?」
うっすらと目を開けて、すぐに鼻に手を当てて怪訝そうにしている。
そして、ゆっくり起き上がると、こちらに視線を止めた。かと思うと俺の手元をジッと見てくる。
俺の手元にあるのは、さっきアオイから預かったヤマユリの入った空き瓶。
先輩の顔を見て、ようやく俺にも花の匂いが香ってきた。
「……それって」
「俺、今ちゃんと伝えました。そしたら、これを渡して欲しいって頼まれて」
よく見えるようにヤマユリを差し出すと、先輩は眉間の皺が深くなる。でも、すぐに俺に目を合わせて微笑んだ。
「ちゃんと伝えてくれたんだ。ありがとう、千羽くん」
安心したように脱力する先輩の姿に、俺もアオイはもういなくなったんだとホッとする。
「君も話を聞いてくれてほんとありがとう」
「…………え?」
今の今まで合っていた先輩の視線はもう俺とは合っていない。それなのに、今俺にしてくれたみたいに、先輩は誰もいない空間に微笑みかけている。しかも、その目線は俺のすぐ真横。
は!? もしかして、まだアオイいる!?
矢橋先輩の不可解な行動に気がついた途端に、一気に全身が粟立ち辺りが真っ暗になる気さえするほどに怖くなる。
「君みたいな霊は初めてだよ。きっと彼に対する真っ直ぐで純粋な想いがそうさせているのかな……え? ああ、うん、そっかぁ、まぁ、確かに。うん、うん、あははは」
いや、待って。矢橋先輩? 俺じゃない誰と話してるの? ここには俺しかいませんが? ってか、たぶんっていうよりも絶対にアオイとだよね? え、なんでそんな楽しそうに話してんの? 相手幽霊だけど? 違うの? 怖くないの? 俺一人だけ? こんな怖がってんの。
それもだけどさ、俺に向けてくれた笑顔を霊にまで向けるなんて、なんか……なんか、切ないんですけど。
「あ、千羽くん、ごめん。つい話し込んじゃった」
あははと頭をかきながら、黙ったままでいた俺に気がつくと矢橋先輩。
いや、霊と話し込むとかないから!
ため息を吐きだす俺に先輩が不思議に首を傾げた。
「どうした? なんかふてくされてない?」
「別に。そんなことないですー」
自分でも分かっている。これはヤキモチというやつだ。
先輩が自分以外の人(霊だけど)とキャピキャピと話している姿を見るのが辛い。
楽しそうな先輩の横顔がめちゃくちゃ尊い! でも、その倍、その笑顔はなんで俺じゃなくそっちに向けてなんだと、モヤモヤしてしまっている。
「アオイちゃんがね、向こうの彼はすぐ怒るって。でも、それはアオイちゃんのことを心配してくれているからだって分かってるって話してくれているんだよ。ほんと、男ってそうだよね。俺もだけどさ、自分でやってやるぜって勝手に盛り上がって、相手の反応が微妙だとものすごい落ち込んで。気持ちは自分が一番だって自信があるくせに、信用しきれない弱さっていうか、そういうのあるよね」
また、一呼吸おいて一人であはははと矢橋先輩は笑う。
あくまで俺の想像での構図で、俺にはなにも聞こえないけど、もしかしたら、アオイが同調して「そうそう!」とかなんとか言いながら二人で笑い合っているのかもしれない。ってか、アオイちゃんって呼び方! なにそれ。
木もれ日の降り注ぐ山中で、一人笑う先輩と怪訝な顔で見守る俺。二人しかいない空間は誰かが見ていたら不気味に見えるはずだ。
ひんやりと感じていた空気感が今はない。アオイはどこかへ行ってしまったのだろうか。それとも、なにも感じないだけで、まだすぐそばにいるのだろうか。分からないから、勝手に怖くなっている。
とにかく、先輩に早く目を覚まして欲しくて、俺はもう一度名前を呼ぶ。
「矢橋先輩」
瞼がかすかに動いた気がして、ハッとする。先輩の顔を見ていると、眉間に皺がより、険しい表情に変わる。
「……なんの、匂いだ?」
うっすらと目を開けて、すぐに鼻に手を当てて怪訝そうにしている。
そして、ゆっくり起き上がると、こちらに視線を止めた。かと思うと俺の手元をジッと見てくる。
俺の手元にあるのは、さっきアオイから預かったヤマユリの入った空き瓶。
先輩の顔を見て、ようやく俺にも花の匂いが香ってきた。
「……それって」
「俺、今ちゃんと伝えました。そしたら、これを渡して欲しいって頼まれて」
よく見えるようにヤマユリを差し出すと、先輩は眉間の皺が深くなる。でも、すぐに俺に目を合わせて微笑んだ。
「ちゃんと伝えてくれたんだ。ありがとう、千羽くん」
安心したように脱力する先輩の姿に、俺もアオイはもういなくなったんだとホッとする。
「君も話を聞いてくれてほんとありがとう」
「…………え?」
今の今まで合っていた先輩の視線はもう俺とは合っていない。それなのに、今俺にしてくれたみたいに、先輩は誰もいない空間に微笑みかけている。しかも、その目線は俺のすぐ真横。
は!? もしかして、まだアオイいる!?
矢橋先輩の不可解な行動に気がついた途端に、一気に全身が粟立ち辺りが真っ暗になる気さえするほどに怖くなる。
「君みたいな霊は初めてだよ。きっと彼に対する真っ直ぐで純粋な想いがそうさせているのかな……え? ああ、うん、そっかぁ、まぁ、確かに。うん、うん、あははは」
いや、待って。矢橋先輩? 俺じゃない誰と話してるの? ここには俺しかいませんが? ってか、たぶんっていうよりも絶対にアオイとだよね? え、なんでそんな楽しそうに話してんの? 相手幽霊だけど? 違うの? 怖くないの? 俺一人だけ? こんな怖がってんの。
それもだけどさ、俺に向けてくれた笑顔を霊にまで向けるなんて、なんか……なんか、切ないんですけど。
「あ、千羽くん、ごめん。つい話し込んじゃった」
あははと頭をかきながら、黙ったままでいた俺に気がつくと矢橋先輩。
いや、霊と話し込むとかないから!
ため息を吐きだす俺に先輩が不思議に首を傾げた。
「どうした? なんかふてくされてない?」
「別に。そんなことないですー」
自分でも分かっている。これはヤキモチというやつだ。
先輩が自分以外の人(霊だけど)とキャピキャピと話している姿を見るのが辛い。
楽しそうな先輩の横顔がめちゃくちゃ尊い! でも、その倍、その笑顔はなんで俺じゃなくそっちに向けてなんだと、モヤモヤしてしまっている。
「アオイちゃんがね、向こうの彼はすぐ怒るって。でも、それはアオイちゃんのことを心配してくれているからだって分かってるって話してくれているんだよ。ほんと、男ってそうだよね。俺もだけどさ、自分でやってやるぜって勝手に盛り上がって、相手の反応が微妙だとものすごい落ち込んで。気持ちは自分が一番だって自信があるくせに、信用しきれない弱さっていうか、そういうのあるよね」
また、一呼吸おいて一人であはははと矢橋先輩は笑う。
あくまで俺の想像での構図で、俺にはなにも聞こえないけど、もしかしたら、アオイが同調して「そうそう!」とかなんとか言いながら二人で笑い合っているのかもしれない。ってか、アオイちゃんって呼び方! なにそれ。
木もれ日の降り注ぐ山中で、一人笑う先輩と怪訝な顔で見守る俺。二人しかいない空間は誰かが見ていたら不気味に見えるはずだ。



