姿は矢橋先輩ではあるけれど、前に憑かれた時のように俺の体は粟立っている。
でも、恐怖心はあるけど、この前の霊のような威圧感はまだない。
『そうです。あたしはアオイ。お願いです。レンくんに会いたい……勝手に死んだりしてごめんって、謝りたい。一人にしてごめんって……』
ぼろぼろと泣き出したアオイ。ぺたりと足をつき座り込んで泣いている姿は、先輩の姿だけど幼い女の子のように見える。
どうしたら、この子をあの霊の所へ連れて行けるんだろう。泣きじゃくる姿に、どうしようもなく二人を早く会わせてあげたいと気持ちが焦る。
でも、この子が会いたがっているレンというあの霊が、もう亡くなっている事を知らない。まずはそれを知ってもらわないと話が進まない。
矢橋先輩は、その事実を彼女に伝えたのだろうか?
伝えられるわけがないか。ここへ来てすぐ、呆然と立ち尽くしたまま動かなくなってしまったんだ。そもそも俺が伝えるって約束して来たんだし、上手く二人を引き合わせないと。
「アオイさん。まず、話を聞いてほしい」
ゆっくり、焦らないように俺は言葉を告げる。
「君は、空き瓶に水を汲むためにここへやってきて、川に流されて亡くなった。それは、合ってる?」
彼女が自分の置かれている状況を理解できているかの確認をする。すぐに、涙を拭いながら、小さく頷いてくれた。
「君の会いたい人は、ここに一緒に遊びにきていた幼なじみのレンくん、だよね?」
この質問にも、小さく頷く。
本題はここから。俺は、乾いた喉に唾を飲み込む。
「俺は、向こうの廃屋で、もしかしたら君の言うレンくんに会っているかもしれないんだ」
俺の言葉に、ハッとするように顔を上げたアオイ。
「でも、彼はすごく悲しんでいるような気がする」
『ならどうして、レンくんはいつまでもここへ来てくれないの? あたしだって悲しいのに』
俺に訴えかけるアオイは悔しそうに先輩の顔を歪めている。
ああ、やっぱりか。彼女も彼のことを待っていたんだ。お互いがお互いをずっと待ち続けていたんだ。
未練がある場所からは、霊は動けないのだろうか。ずっとそこに留まり続けて、後悔と悲しみを抱えたまま。それでも、この子はレンくんがやってきてくれると信じて今日の日まで待っていたんだろうか。
考え出すと胸が苦しくなる。先輩はこんな思いをもうずっと味わって生きてきていたのかな。他人事だったとしても、もう死んでしまっている人のことだとしても、目の当たりにしたら放っとけない。
良かった、俺にもまだ慈悲の心があるのかもしれない。
「ごめん、今から俺は君が聞きたくない事を言うかもしれない。でも、それが真実だし現実なんだ。だから……伝えるね」
知らないままここでいつまでも待ち続けるのは幸せじゃないだろうから。真実を知って絶望してこの場所への執着が増すのかもしれない。そんなこと、何も分からない。でも、ここまできたら引き下がれない、伝えるしかない。
「レンくんは、君と同じ霊として、あの廃屋で君のことをずっと待っているんだよ」
言葉足らずだろうか。子供とはいえ、説明するのは難しい。簡単に。でもそんな単純なことじゃないから、明確に。そして、一番重要なこと。頼む、伝われ。
目の前で、先輩の瞳から一度止まった涙がまた溢れ出す。ぼろぼろと音を立てて流れ落ちてはまた溢れ出す。理解してくれたと思いたい。そして、この悲しみが憎しみや恨みに変わらないように、二人がちゃんと笑って会えるように、俺は導いてあげたい。
「俺は、君と彼を会わせてあげたいと思っている。でも、どうやったらいいのか分からない。彼に約束したんだ。君に会わせてあげると」
実体があるなら、今すぐ引っ張ってきて会わせてあげられる。抵抗されようが、無理矢理でも二人を押しつれて。でも、実体のない二人なら、どうしたらいい?
先輩は一人しかいないし、たぶんすでに先輩にとって霊に体を貸す行為は危険なはずだ。憑かれると疲れるって、ギャグみたいなことを初めに言っていたし、あれは本当なんだと思うから。
「ごめん。俺は伝えるしかできない」
先輩のことを守ることも、霊との約束も果たせない。無力すぎてほんと情けない。
『これを』
悔しさに俯いていた俺に、立ち上がったアオイが空き瓶にヤマユリの花を入れて差し出してくる。
『これと一緒に、レンくんずっと大好きだよって、あたしの思いを伝えてください』
ふわりと優しい風が吹く。花を差し出す矢橋先輩に重なって、すらりとした髪の長い女の子が俺に笑いかけてくれるのが視えた気がした。
『よろしくお願いします』
そう言って微笑むと、巻き上がった風で山桜が一斉に花びらを舞い上げて散らすと飛んでいった。風がやんでハラハラと落ちる花びらの中に、矢橋先輩はゆっくりと倒れ込んだ。
渡された空き瓶の花。俺はそれをしっかり抱えて、ぐったりと寝そべっている先輩に近づいた。
「先輩! 矢橋先輩! 大丈夫ですか?」
そっと頬に触れるとあたたかい。安心して力が抜ける。
このまま体力が夜まで持つだろうかと空を見上げた。裸の木の間から、青い空が見える。空が高い。遠く、点のようなトンビが円を描いて飛んでいるのが見えた。
でも、恐怖心はあるけど、この前の霊のような威圧感はまだない。
『そうです。あたしはアオイ。お願いです。レンくんに会いたい……勝手に死んだりしてごめんって、謝りたい。一人にしてごめんって……』
ぼろぼろと泣き出したアオイ。ぺたりと足をつき座り込んで泣いている姿は、先輩の姿だけど幼い女の子のように見える。
どうしたら、この子をあの霊の所へ連れて行けるんだろう。泣きじゃくる姿に、どうしようもなく二人を早く会わせてあげたいと気持ちが焦る。
でも、この子が会いたがっているレンというあの霊が、もう亡くなっている事を知らない。まずはそれを知ってもらわないと話が進まない。
矢橋先輩は、その事実を彼女に伝えたのだろうか?
伝えられるわけがないか。ここへ来てすぐ、呆然と立ち尽くしたまま動かなくなってしまったんだ。そもそも俺が伝えるって約束して来たんだし、上手く二人を引き合わせないと。
「アオイさん。まず、話を聞いてほしい」
ゆっくり、焦らないように俺は言葉を告げる。
「君は、空き瓶に水を汲むためにここへやってきて、川に流されて亡くなった。それは、合ってる?」
彼女が自分の置かれている状況を理解できているかの確認をする。すぐに、涙を拭いながら、小さく頷いてくれた。
「君の会いたい人は、ここに一緒に遊びにきていた幼なじみのレンくん、だよね?」
この質問にも、小さく頷く。
本題はここから。俺は、乾いた喉に唾を飲み込む。
「俺は、向こうの廃屋で、もしかしたら君の言うレンくんに会っているかもしれないんだ」
俺の言葉に、ハッとするように顔を上げたアオイ。
「でも、彼はすごく悲しんでいるような気がする」
『ならどうして、レンくんはいつまでもここへ来てくれないの? あたしだって悲しいのに』
俺に訴えかけるアオイは悔しそうに先輩の顔を歪めている。
ああ、やっぱりか。彼女も彼のことを待っていたんだ。お互いがお互いをずっと待ち続けていたんだ。
未練がある場所からは、霊は動けないのだろうか。ずっとそこに留まり続けて、後悔と悲しみを抱えたまま。それでも、この子はレンくんがやってきてくれると信じて今日の日まで待っていたんだろうか。
考え出すと胸が苦しくなる。先輩はこんな思いをもうずっと味わって生きてきていたのかな。他人事だったとしても、もう死んでしまっている人のことだとしても、目の当たりにしたら放っとけない。
良かった、俺にもまだ慈悲の心があるのかもしれない。
「ごめん、今から俺は君が聞きたくない事を言うかもしれない。でも、それが真実だし現実なんだ。だから……伝えるね」
知らないままここでいつまでも待ち続けるのは幸せじゃないだろうから。真実を知って絶望してこの場所への執着が増すのかもしれない。そんなこと、何も分からない。でも、ここまできたら引き下がれない、伝えるしかない。
「レンくんは、君と同じ霊として、あの廃屋で君のことをずっと待っているんだよ」
言葉足らずだろうか。子供とはいえ、説明するのは難しい。簡単に。でもそんな単純なことじゃないから、明確に。そして、一番重要なこと。頼む、伝われ。
目の前で、先輩の瞳から一度止まった涙がまた溢れ出す。ぼろぼろと音を立てて流れ落ちてはまた溢れ出す。理解してくれたと思いたい。そして、この悲しみが憎しみや恨みに変わらないように、二人がちゃんと笑って会えるように、俺は導いてあげたい。
「俺は、君と彼を会わせてあげたいと思っている。でも、どうやったらいいのか分からない。彼に約束したんだ。君に会わせてあげると」
実体があるなら、今すぐ引っ張ってきて会わせてあげられる。抵抗されようが、無理矢理でも二人を押しつれて。でも、実体のない二人なら、どうしたらいい?
先輩は一人しかいないし、たぶんすでに先輩にとって霊に体を貸す行為は危険なはずだ。憑かれると疲れるって、ギャグみたいなことを初めに言っていたし、あれは本当なんだと思うから。
「ごめん。俺は伝えるしかできない」
先輩のことを守ることも、霊との約束も果たせない。無力すぎてほんと情けない。
『これを』
悔しさに俯いていた俺に、立ち上がったアオイが空き瓶にヤマユリの花を入れて差し出してくる。
『これと一緒に、レンくんずっと大好きだよって、あたしの思いを伝えてください』
ふわりと優しい風が吹く。花を差し出す矢橋先輩に重なって、すらりとした髪の長い女の子が俺に笑いかけてくれるのが視えた気がした。
『よろしくお願いします』
そう言って微笑むと、巻き上がった風で山桜が一斉に花びらを舞い上げて散らすと飛んでいった。風がやんでハラハラと落ちる花びらの中に、矢橋先輩はゆっくりと倒れ込んだ。
渡された空き瓶の花。俺はそれをしっかり抱えて、ぐったりと寝そべっている先輩に近づいた。
「先輩! 矢橋先輩! 大丈夫ですか?」
そっと頬に触れるとあたたかい。安心して力が抜ける。
このまま体力が夜まで持つだろうかと空を見上げた。裸の木の間から、青い空が見える。空が高い。遠く、点のようなトンビが円を描いて飛んでいるのが見えた。



