先ほどの雨でぬかるんだ道を歩く。お気に入りのスニーカーの靴底は泥に塗れてしまった。足を取られながらも、時々雑草の上を歩いて泥を拭う。
見えてきた空き瓶に供えられたヤマユリが見えた。
「彼女には、俺に憑いて千羽くんと話すように伝えてみる。彼女が悪さをすることはないだろうけど、絶対とは言えない。危険だと思ったらすぐに俺をおいて逃げるんだぞ。いいな」
「え、いや、逃げたりしないです」
先輩のことを置いて行くなんて、一番やっちゃいけない。
「万が一ってことがあるだろ。それに、千羽くんのことを危険な目に遭わせたくないんだよ」
眉を顰めて、先輩が視線を下げる。俺のことを思って言ってくれているのが嬉しい。でも、それは俺だって同じだ。
「いざとなったら、俺には秘密兵器がありますから!」
「……秘密兵器?」
なんだそれ? と首を傾げる先輩に、俺はニッと笑う。リュックは飾りで持ってきたわけじゃない。
時刻はお昼を過ぎている。
「陽が沈む前までに終わらせて、帰ったらまた一緒に夕飯食べましょう!」
暗くなったら怖いし、明るいうちに事を済ませたいのが本音だ。
意を決して、俺と矢橋先輩は畦道を下って行く。
まだ葉をつけていない裸の木が多くて、足元は枯れ葉に所々水たまり。足を滑らせないように気をつけながら、前に進んだ。
陽の光が照らしてくれるから、空気の軽さを感じて深呼吸をした。山の新しい芽と土の香り。懐かしさを感じる。
小さい頃、ばあちゃんに連れられて田んぼに行って虫や草花を取って遊んでいたのを思い出す。
大きくなるにつれて、学校や友達との付き合いでばあちゃんの手伝いもほとんどしなくなった。田んぼの匂いなんて、いつぶりに感じるんだろうか。
だいぶ遠くに車の走る音が聞こえる。それ以外は聞いたことのない鳥の鳴き声。草木が風で揺れるたびに枝の折れる音。舞あがる枯れ葉の踊る音。そして、川に水が流れる音。
「ここだ」
先輩が立ち止まり、川の方を向いて手を合わせた。
澄んだ空気と爽やかな風。穏やかな日差しが心地いいほどで、幽霊の気配なんて微塵も感じない。でも、目の前の先輩は静かにしゃがみ込むと、そのまま動かなくなった。
サワサワとまだ葉のない枝が揺れている。廃屋の奥の杉林とは違って、川に降り注ぐ日差しが水面をキラキラと照らしている。
先輩の様子は変わらない。俺は、じっと待つしかない。
何かあった時のための秘密兵器はリュックの中とズボンのポケットにある。黒渕先生お手製の祓い紙(と名付けることにした)だ。だから、大丈夫。
そっとポケットに手を触れた瞬間、先輩がようやく立ち上がった。
なにも言わない先輩の後ろ姿。大丈夫とは思いつつも、振り向いた瞬間にまた別人に変わって襲ってきたらと思うと、考えただけで心臓が速くなってくる。
「……矢橋先輩?」
声をかけてもまだ反応がない。
「大丈夫、ですか?」
話しかけていないと、無言のままでいるのが耐えられなくなる。
一歩近づいて、そっと手を伸ばし肩に触れようとした瞬間、先輩が振り向いた。
『あたしをレンくんのところへ連れて行ってください!』
大きな声で叫び、腰から頭を下げる矢橋先輩。でも、声の感じと話し方が違う。これは、もしかして。
「……アオイ、さん?」
名前を呼ぶと憑いてくるかもしれない。先輩の言葉が過ったけれど、もう目の前にいるのは彼女本人で間違いないと思ったからつぶやいた。
見えてきた空き瓶に供えられたヤマユリが見えた。
「彼女には、俺に憑いて千羽くんと話すように伝えてみる。彼女が悪さをすることはないだろうけど、絶対とは言えない。危険だと思ったらすぐに俺をおいて逃げるんだぞ。いいな」
「え、いや、逃げたりしないです」
先輩のことを置いて行くなんて、一番やっちゃいけない。
「万が一ってことがあるだろ。それに、千羽くんのことを危険な目に遭わせたくないんだよ」
眉を顰めて、先輩が視線を下げる。俺のことを思って言ってくれているのが嬉しい。でも、それは俺だって同じだ。
「いざとなったら、俺には秘密兵器がありますから!」
「……秘密兵器?」
なんだそれ? と首を傾げる先輩に、俺はニッと笑う。リュックは飾りで持ってきたわけじゃない。
時刻はお昼を過ぎている。
「陽が沈む前までに終わらせて、帰ったらまた一緒に夕飯食べましょう!」
暗くなったら怖いし、明るいうちに事を済ませたいのが本音だ。
意を決して、俺と矢橋先輩は畦道を下って行く。
まだ葉をつけていない裸の木が多くて、足元は枯れ葉に所々水たまり。足を滑らせないように気をつけながら、前に進んだ。
陽の光が照らしてくれるから、空気の軽さを感じて深呼吸をした。山の新しい芽と土の香り。懐かしさを感じる。
小さい頃、ばあちゃんに連れられて田んぼに行って虫や草花を取って遊んでいたのを思い出す。
大きくなるにつれて、学校や友達との付き合いでばあちゃんの手伝いもほとんどしなくなった。田んぼの匂いなんて、いつぶりに感じるんだろうか。
だいぶ遠くに車の走る音が聞こえる。それ以外は聞いたことのない鳥の鳴き声。草木が風で揺れるたびに枝の折れる音。舞あがる枯れ葉の踊る音。そして、川に水が流れる音。
「ここだ」
先輩が立ち止まり、川の方を向いて手を合わせた。
澄んだ空気と爽やかな風。穏やかな日差しが心地いいほどで、幽霊の気配なんて微塵も感じない。でも、目の前の先輩は静かにしゃがみ込むと、そのまま動かなくなった。
サワサワとまだ葉のない枝が揺れている。廃屋の奥の杉林とは違って、川に降り注ぐ日差しが水面をキラキラと照らしている。
先輩の様子は変わらない。俺は、じっと待つしかない。
何かあった時のための秘密兵器はリュックの中とズボンのポケットにある。黒渕先生お手製の祓い紙(と名付けることにした)だ。だから、大丈夫。
そっとポケットに手を触れた瞬間、先輩がようやく立ち上がった。
なにも言わない先輩の後ろ姿。大丈夫とは思いつつも、振り向いた瞬間にまた別人に変わって襲ってきたらと思うと、考えただけで心臓が速くなってくる。
「……矢橋先輩?」
声をかけてもまだ反応がない。
「大丈夫、ですか?」
話しかけていないと、無言のままでいるのが耐えられなくなる。
一歩近づいて、そっと手を伸ばし肩に触れようとした瞬間、先輩が振り向いた。
『あたしをレンくんのところへ連れて行ってください!』
大きな声で叫び、腰から頭を下げる矢橋先輩。でも、声の感じと話し方が違う。これは、もしかして。
「……アオイ、さん?」
名前を呼ぶと憑いてくるかもしれない。先輩の言葉が過ったけれど、もう目の前にいるのは彼女本人で間違いないと思ったからつぶやいた。



