「なんか悪いことしてる気分になるな」
「まぁ、向こうからしたら知らない人につけられてるとか、怖いでしょうね。女の人だし」
街の中だとまだ距離が近くても隠れる場所があったけど、山に向かうにつれて見通しが良くなり、距離をあけなければならなくなる。見失わないように気をつけて、ついていく。けど、結局思い違いだったみたいで、女の人は一軒の家に入って行ってしまった。
「当てが外れたな」
「そうですね」
そんな簡単にはいかないか。と、がっかりしてしまう。
「とりあえず、花のある場所で待ちましょうか」
それが一番そこへくる人物と会える確率が高いだろうから。
ぽつぽつと、廃屋手前の田んぼ道を歩いている途中で雨が頬に当たり始めた。見上げると、目や瞼にも降りつけてくる。
薄かった雲が厚みを増して、次々と暗雲を引き寄せる。次第に、打ち付ける雨は地面を白くするほど叩き始めた。
ビニール傘を先輩に渡し、俺は折りたたみ傘を開く。屋根なんてない広い田んぼの真ん中。見通しの良かったあたりの景色は靄がかかり数メートル先が霞んでしか見えない。
「こんな雨になるとか聞いてないけど」
「え!?」
ポツリと呟いた俺に、雨音で聞き取れなかったのか、矢橋先輩が振り返って聞き返してくる。
「こんな降るなんて思わなかったですよね!」
大きな声で言うと、げんなりとした顔をして、先輩は頷いた。
天気が悪いのにわざわざ花を供えになんてくるのだろうか。もうこれは一旦帰った方がいいのかもしれない。
ため息を吐き出したその時、前に立っていた矢橋先輩が突然、ビニール傘を手放した。草の上で半円を描いて回るビニール傘。そして、あっという間に先輩はびしょ濡れになる。
「え、何してるんですか! 矢橋先輩!」
俺の声は雨音にかき消される。
ゆっくり歩き出した先輩。その姿に、俺の腕はぞくりと粟立つ。
まだお昼にもならない時間帯。だけど、薄暗く昼夜が分からない景色に、先輩は少しずつ馴染んでいき、数歩先で足を止めた。
雨に霞んで視界が悪い。傘から流れ落ちる雨の滝の間から、先輩が何かに向かって手を合わせているのが見えた。
もしかして。
そう思って、俺は先輩に近づく。転がったビニール傘を手に取り、びしょ濡れのまましゃがみ込み手を合わせている先輩の頭上に傘を差した。
「千羽くん……」
なにかが憑いているのかと不安だった先輩の声は、いつもの先輩の声だった。
「君のした約束は、そう簡単には叶えられそうにないかもしれない」
「……え?」
振り返った先輩の目は真っ赤に涙ぐんでいた。いったいなにがあったのか。俺にはなにも分からなくて、ひたすらにまた供えられた花に向かって手を合わせる先輩の後ろで、傘を差したまま俺も静かにうつむいているしかなかった。
街に向かって戻る途中で、雨は嘘のように晴れて顔を出した太陽の光に反射して、大きな虹が空に現れた。
心がスッキリしないのは、先輩の言葉の意味がまだ分からないでいるからだ。
「とにかく、帰って着替えましょう。濡れたままだと風邪ひいちゃいます!」
無言のままだった先輩に、俺はずっと声をかけ続けてきた。俺まで無言になってしまったら、また先輩がなにかに連れて行かれるんじゃないかと不安でたまらなかったし、解決する術がなにも見当たらなくて絶望するしかなかったから。
「寒くないですか? 風がなくて良かったですよね。日差しがさすとあったかい」
言葉で前に足を進めているような気さえしてくる。
先輩は、帰って落ち着いたら、さっき何があったのか教えてくれるだろうか。
また、一人で解決しようなんて思わないで欲しい。俺は頼りになんてならないと思うけど、それでも、戦友だって認めてくれたから、少しは頼って欲しい。
「まぁ、向こうからしたら知らない人につけられてるとか、怖いでしょうね。女の人だし」
街の中だとまだ距離が近くても隠れる場所があったけど、山に向かうにつれて見通しが良くなり、距離をあけなければならなくなる。見失わないように気をつけて、ついていく。けど、結局思い違いだったみたいで、女の人は一軒の家に入って行ってしまった。
「当てが外れたな」
「そうですね」
そんな簡単にはいかないか。と、がっかりしてしまう。
「とりあえず、花のある場所で待ちましょうか」
それが一番そこへくる人物と会える確率が高いだろうから。
ぽつぽつと、廃屋手前の田んぼ道を歩いている途中で雨が頬に当たり始めた。見上げると、目や瞼にも降りつけてくる。
薄かった雲が厚みを増して、次々と暗雲を引き寄せる。次第に、打ち付ける雨は地面を白くするほど叩き始めた。
ビニール傘を先輩に渡し、俺は折りたたみ傘を開く。屋根なんてない広い田んぼの真ん中。見通しの良かったあたりの景色は靄がかかり数メートル先が霞んでしか見えない。
「こんな雨になるとか聞いてないけど」
「え!?」
ポツリと呟いた俺に、雨音で聞き取れなかったのか、矢橋先輩が振り返って聞き返してくる。
「こんな降るなんて思わなかったですよね!」
大きな声で言うと、げんなりとした顔をして、先輩は頷いた。
天気が悪いのにわざわざ花を供えになんてくるのだろうか。もうこれは一旦帰った方がいいのかもしれない。
ため息を吐き出したその時、前に立っていた矢橋先輩が突然、ビニール傘を手放した。草の上で半円を描いて回るビニール傘。そして、あっという間に先輩はびしょ濡れになる。
「え、何してるんですか! 矢橋先輩!」
俺の声は雨音にかき消される。
ゆっくり歩き出した先輩。その姿に、俺の腕はぞくりと粟立つ。
まだお昼にもならない時間帯。だけど、薄暗く昼夜が分からない景色に、先輩は少しずつ馴染んでいき、数歩先で足を止めた。
雨に霞んで視界が悪い。傘から流れ落ちる雨の滝の間から、先輩が何かに向かって手を合わせているのが見えた。
もしかして。
そう思って、俺は先輩に近づく。転がったビニール傘を手に取り、びしょ濡れのまましゃがみ込み手を合わせている先輩の頭上に傘を差した。
「千羽くん……」
なにかが憑いているのかと不安だった先輩の声は、いつもの先輩の声だった。
「君のした約束は、そう簡単には叶えられそうにないかもしれない」
「……え?」
振り返った先輩の目は真っ赤に涙ぐんでいた。いったいなにがあったのか。俺にはなにも分からなくて、ひたすらにまた供えられた花に向かって手を合わせる先輩の後ろで、傘を差したまま俺も静かにうつむいているしかなかった。
街に向かって戻る途中で、雨は嘘のように晴れて顔を出した太陽の光に反射して、大きな虹が空に現れた。
心がスッキリしないのは、先輩の言葉の意味がまだ分からないでいるからだ。
「とにかく、帰って着替えましょう。濡れたままだと風邪ひいちゃいます!」
無言のままだった先輩に、俺はずっと声をかけ続けてきた。俺まで無言になってしまったら、また先輩がなにかに連れて行かれるんじゃないかと不安でたまらなかったし、解決する術がなにも見当たらなくて絶望するしかなかったから。
「寒くないですか? 風がなくて良かったですよね。日差しがさすとあったかい」
言葉で前に足を進めているような気さえしてくる。
先輩は、帰って落ち着いたら、さっき何があったのか教えてくれるだろうか。
また、一人で解決しようなんて思わないで欲しい。俺は頼りになんてならないと思うけど、それでも、戦友だって認めてくれたから、少しは頼って欲しい。



