矢橋先輩は、憑かれやすい。

 朝まではすっきりと晴れていた空は、どんよりと雲が広がり今にも降り出しそうだ。傘を持つのは面倒だけど、途中で降られても困るから、ビニール傘と折りたたみの傘もリュックにつめた。張り込み用のレジャーシートとお菓子、モバイルバッテリーと、一応黒渕先生の掛け軸も持つことにした。

「なんか遠足に行くみたいだな」

 俺の格好を見て、矢橋先輩が笑う。

「そんな楽しいもんじゃないですから。言っときますけど、俺は元々ホラーとかオバケとかめちゃくちゃ苦手なんです」
「うん、そうだと思ってた」
「思ってたんですか!?」
「うん」

 悪びれなく笑う矢橋先輩にひどくない? と幻滅してしまう。でも、あの時楽しそうに歩く先輩につられていた時は怖いって気持ちよりも嬉しさの方が勝っていたから、今となってはいい思い出だ。

「俺は、矢橋先輩と一緒にいられるのが嬉しくてついて行ったんです。今だって、そうですよ」
「なに、どうした。なんかこれから死にに行くような弱気な発言じゃないか? 大丈夫だよ。俺と千羽くんなら霊になんて負けないから」

 こっちは足がガクガクして全身ブルブルで恐怖心の塊だってのに、余裕すら感じさせる矢橋先輩の表情に、ムッとしてしまう。

「じゃあ逆にどっからその自信はくるのでしょうか?」
「さぁ。でも、俺はとても心強いよ。今まで一人でやってたことを、誰かとやるなんてさ」
「本当は黒渕先生とも一緒に戦えばよかったんですよ」

 誰かとなんて言うから、俺じゃなくても良かったじゃないかとムキになってしまう。

「いや、それは無理だね」
「なんでですか!」
「あの人お化けとか幽霊とか受け付けないもん。廃屋とか近づくのも無理だよ。俺にも一定の距離あけてしか近寄らないし」

 ……確かに。
 さっき訪ねてきた時も、玄関前で黒渕先生は矢橋先輩に近づくことなく話をして、帰って行った。あれは、矢橋先輩のことも怖いからだったのか?
 言われてみれば俺との距離は近かったよな。

「だから、千羽くんが俺にとっての本当の戦友。この特異体質のこと知って離れなかったのは君だけだからね。むしろ守ってくれるとか、もう俺千羽くんに足向けて眠れない。後で部屋のベッドの位置教えて」
「え、別に好きな方に足向けて寝てくださいよ」
「無理。恐れ多い」
「いや、なんで?」

 俺が先輩からそんな目で見られるなんて絶対嫌なのだが。先輩は常に俺の前を歩いていて欲しい。その大きな背中をいつまでも追い続けていたいんだから。

「あ」

 先輩の背中を見つめて進んでいた俺は、突然立ち止まった先輩めがけて突っ込んだ。

「うわっ!」

 顔面を背中に打ち付けてしまい、鼻を押さえながら矢橋先輩の視線を追う。
 少し先に、花束を抱えて歩く女性がいるのが目に入った。向かう先がどこかはわからないけれど、方角的には廃屋の方に向かって歩いている。

「あの人……」
「なにか感じるんですか?」
「いや? 俺が感じ取れるのは霊だけだ。生きている人間のことはなんも分からない」
「でも、気になるんですよね? 分かります。俺も感じます」
「え、そうなのか?」

 霊に対する悪寒とか、ゾワゾワした不気味な気配とか、そういうのではない。さっき、少し見た情報の中で見かけた事故のことを思い出す。
 今から15年前。当時小学生だった子供が、あの廃屋のある場所付近で行方不明になっていた。今もまだその子供は発見されていなくて、事故なのか事件なのかもはっきりしていない。
 ただ、先輩に憑いた霊の声は子供のものではなかった。
 あの女の人が関係あるかは分からない。でも、年齢からみて近いような気もする。ただ単に花を買って歩いているだけかもしれない。こちらの方向にはお墓もあるし、そこに供えに行くのかもしれない。だけど、可能性はないとは言えない。俺は先輩と一緒に女の人を後ろから追うことにした。