「ほんとに黒渕先生のこと苦手なんですね」
本来なら優しい矢橋先輩が先生にあんな態度を取ることに驚いた。
よっぽど黒渕先生が矢橋先輩にストーカー的行為をしているとしか思えない。
部屋の鍵が開いていて、掛け軸が無くなっていて、普通なら警察とか呼ぶんじゃないのか? なのに、なにもしないで今朝またここに戻ってきたってことだろ。先輩に何かあったらとか焦りはないのか?
「一回派手に警察呼んでやらかしてるからね」
「……え?」
テーブルに向かい合って座り、先輩は春雨ヌードルを啜りながら呆れた顔で話し出す。
「入学して少し経った頃かな。部活中に霊に取り憑かれちゃって、何も言わないで山ん中篭ったんだよ。周りの迷惑になっちゃまずいと思って、学校から離れたんだ。俺にも朝からこれはマズいなって自覚はあったんだけど、なんとか放課後まで持ったから安心したとこを付け込まれて。で、話し合って霊とはさよならして学校に戻ってきたんだけど、パトカーやら警察やら大量にいて。黒渕先生が、俺が悪魔かなんかに乗り移られて豹変してーって騒いでたんだよね」
唖然として話を聞いていた俺に視線を合わせると、矢橋先輩は困ったように笑った。
「何事もなかったように戻ってきた俺を見て、警察があんた化学教師なのに、なに霊とか悪魔とか言ってんの? って笑われててさ」
にわかには信じがたい話だよな。俺だってそんなの信じていないし信じたくないし、出来れば会いたくもなかった。
「その後からだよ。あの人めっちゃイケメン先生で通ってたのにあんなモサイ見た目になって、俺の特異体質を化学でどうにかしてやるってやけになり始めたの。そのおかげですっかり俺が変なヤツって噂も広がって、部活も結局やめた」
そんな経緯があったんだ。先輩、高校入ってからもバドミントンやってたんじゃん。
「……やっぱり、辞めたくて辞めた訳じゃなかったんですね」
「え?」
「俺、先輩がバドしてる姿見て感動したんです。周りなんて関係ない、自分の強さを自覚して戦っている姿に心打たれて、なんもない俺だったけど、先輩みたいになにか俺にも出来ることが見つかるんじゃないかって、先輩と同じ場所に行けば、変われるんじゃないかって、頑張りたくて俺はこの高校に来たんです」
やりたいことも見つからなくて、周りにもただ合わせるだけ。自分ってものが分からなくて、だから、俺にもなにか出来ることが見つけられたらいいなって、そう思ったから、先輩のいる桜花高校を選んだ。
「そうなんだ。千羽くんは、俺にはすごく意志の強い子に見えるよ。だって、君はいつも真っ直ぐだ。迷いなく、俺のことも助けに来てくれる強さを持っている。それは、すごいことなんじゃないのかな?」
スープを飲み干しカップを置くと、先輩は「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
胸の奥がじんわりとする。
俺の行動が煩わしいものじゃないって言ってくれているような気がして、嬉しさが湧き上がる。
「黒渕先生だって、俺に構ってないで普通の高校教師をしていればよかったんだ。なのに、あの人はお節介すぎるから。いくら突き放しても無理みたいだ」
ははっと笑うから、先輩が優しさで先生へのあんな態度をとっているってことが伝わってくる。
やっぱり、矢橋先輩は優しい。自分よりも人のことを考えてあげられるから。だから、憑かれやすいのかもしれない。
「俺、先輩のこと守ります」
「え?」
「先輩は俺のこと巻き込みたくないって言ってくれたけど、そうやって周りからの助けを断っていたら、先輩は一人になっちゃうじゃないですか。そんなのさみしいでしょう。人一倍かわいそうだって思う気持ちのある先輩なのに、その先輩がかわいそうになったら、俺、嫌です。だから、俺は先輩のことしかかわいそうだって思わない。他のかわいそうは全部先輩に任せます! そうすれば、俺、先輩の力になれそうな気がします!」
ふんっと意気込んで言い切ると、目の前では目を見開いて唖然とする矢橋先輩。そして、その顔がプッと吹き出して笑い始める。
「ほんっと、千羽くんのそういうとこ! いいよね」
真面目に突っ走ってしまう。人に合わせてしまうけど自分の気持ちも伝えたい。否定されることは怖いけど、否定して生きていく方がもっと怖い。
「よろしくね」
丁寧に頭を下げる矢橋先輩に、俺も正座のままサッと後ろに下がって深々とお辞儀をした。
「よろしくお願いいたします!」
「あははは、なんか殿様にでもなった気分。そんな堅苦しくしないで気楽に行こうよ」
先輩と俺の笑い声で、薄暗い部屋の中が、パッと明るく照らされたように感じた。
本来なら優しい矢橋先輩が先生にあんな態度を取ることに驚いた。
よっぽど黒渕先生が矢橋先輩にストーカー的行為をしているとしか思えない。
部屋の鍵が開いていて、掛け軸が無くなっていて、普通なら警察とか呼ぶんじゃないのか? なのに、なにもしないで今朝またここに戻ってきたってことだろ。先輩に何かあったらとか焦りはないのか?
「一回派手に警察呼んでやらかしてるからね」
「……え?」
テーブルに向かい合って座り、先輩は春雨ヌードルを啜りながら呆れた顔で話し出す。
「入学して少し経った頃かな。部活中に霊に取り憑かれちゃって、何も言わないで山ん中篭ったんだよ。周りの迷惑になっちゃまずいと思って、学校から離れたんだ。俺にも朝からこれはマズいなって自覚はあったんだけど、なんとか放課後まで持ったから安心したとこを付け込まれて。で、話し合って霊とはさよならして学校に戻ってきたんだけど、パトカーやら警察やら大量にいて。黒渕先生が、俺が悪魔かなんかに乗り移られて豹変してーって騒いでたんだよね」
唖然として話を聞いていた俺に視線を合わせると、矢橋先輩は困ったように笑った。
「何事もなかったように戻ってきた俺を見て、警察があんた化学教師なのに、なに霊とか悪魔とか言ってんの? って笑われててさ」
にわかには信じがたい話だよな。俺だってそんなの信じていないし信じたくないし、出来れば会いたくもなかった。
「その後からだよ。あの人めっちゃイケメン先生で通ってたのにあんなモサイ見た目になって、俺の特異体質を化学でどうにかしてやるってやけになり始めたの。そのおかげですっかり俺が変なヤツって噂も広がって、部活も結局やめた」
そんな経緯があったんだ。先輩、高校入ってからもバドミントンやってたんじゃん。
「……やっぱり、辞めたくて辞めた訳じゃなかったんですね」
「え?」
「俺、先輩がバドしてる姿見て感動したんです。周りなんて関係ない、自分の強さを自覚して戦っている姿に心打たれて、なんもない俺だったけど、先輩みたいになにか俺にも出来ることが見つかるんじゃないかって、先輩と同じ場所に行けば、変われるんじゃないかって、頑張りたくて俺はこの高校に来たんです」
やりたいことも見つからなくて、周りにもただ合わせるだけ。自分ってものが分からなくて、だから、俺にもなにか出来ることが見つけられたらいいなって、そう思ったから、先輩のいる桜花高校を選んだ。
「そうなんだ。千羽くんは、俺にはすごく意志の強い子に見えるよ。だって、君はいつも真っ直ぐだ。迷いなく、俺のことも助けに来てくれる強さを持っている。それは、すごいことなんじゃないのかな?」
スープを飲み干しカップを置くと、先輩は「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
胸の奥がじんわりとする。
俺の行動が煩わしいものじゃないって言ってくれているような気がして、嬉しさが湧き上がる。
「黒渕先生だって、俺に構ってないで普通の高校教師をしていればよかったんだ。なのに、あの人はお節介すぎるから。いくら突き放しても無理みたいだ」
ははっと笑うから、先輩が優しさで先生へのあんな態度をとっているってことが伝わってくる。
やっぱり、矢橋先輩は優しい。自分よりも人のことを考えてあげられるから。だから、憑かれやすいのかもしれない。
「俺、先輩のこと守ります」
「え?」
「先輩は俺のこと巻き込みたくないって言ってくれたけど、そうやって周りからの助けを断っていたら、先輩は一人になっちゃうじゃないですか。そんなのさみしいでしょう。人一倍かわいそうだって思う気持ちのある先輩なのに、その先輩がかわいそうになったら、俺、嫌です。だから、俺は先輩のことしかかわいそうだって思わない。他のかわいそうは全部先輩に任せます! そうすれば、俺、先輩の力になれそうな気がします!」
ふんっと意気込んで言い切ると、目の前では目を見開いて唖然とする矢橋先輩。そして、その顔がプッと吹き出して笑い始める。
「ほんっと、千羽くんのそういうとこ! いいよね」
真面目に突っ走ってしまう。人に合わせてしまうけど自分の気持ちも伝えたい。否定されることは怖いけど、否定して生きていく方がもっと怖い。
「よろしくね」
丁寧に頭を下げる矢橋先輩に、俺も正座のままサッと後ろに下がって深々とお辞儀をした。
「よろしくお願いいたします!」
「あははは、なんか殿様にでもなった気分。そんな堅苦しくしないで気楽に行こうよ」
先輩と俺の笑い声で、薄暗い部屋の中が、パッと明るく照らされたように感じた。



