「……桜花高校の、黒渕です」
絶望に立ち尽くしていると、ドア越しにこもった声が聞こえてきた。
「え!? 黒渕先生!?」
あわててドアを開けると、ゴンッと鈍い音を立てて扉は半開き。勢いよく先生の額めがけて扉が開いてしまったらしい。下を向いて額に手を当て悶絶する黒渕先生の姿がそこにある。
「うわっ、す、すみません! 大丈夫ですか!?」
「……おや、君は確か」
チラリと視線が隣の俺の部屋のドアを見ている。
「あ、ちょっと先輩のとこに遊びに来ていまして」
あははと笑った俺に、先生は相変わらず長い前髪で表情をかくしたままニヤリと笑った気がした。霊とは違って、やはりこちらも人間として怖い分類かもしれない。
「そうでしたか。矢橋くんは元気ですか?」
「あ、はい。今ちょっと風呂に入ってて」
「じゃあ、千羽くん、少し話しませんか?」
「……え」
先輩を一人にするのは不安だから、俺は玄関から外にでて、通路に並んで黒渕先生と話すことにした。
土曜日で学校はないけれど、黒渕先生は学校で見た時と同じ格好だった。白衣を着てなにか実験でも執り行いそうな雰囲気を醸し出している。
「昨日……あ、いやもう日付が変わっていたから今日でしょうか、夜中に走っている君を車で通りかかった時に見かけたんですが、なにかありましたか?」
「……え」
黒渕先生が心配そうに眼鏡をクイっとあげ直す。俺は、先輩を探しに学生寮を出てすぐくらいに、一台の車とすれ違ったことを思い出す。
「夜中の一時過ぎでした。あんな遅い時間に高校生が一人で出歩くなんて良くないですよ」
「えっと、あれは、その」
なんと言い訳をすればいいのか、なにも思い浮かばないで迷っていると、先生はフッと笑った。
「僕のペーパーチャームはお守りくらいにはなったかな?」
「……ペーパー、チャーム?」
「君に託したじゃないか。矢橋くんを守るものだよ」
「あ、あの紙切れ」
「やはりゴミ同然だったかい?」
「あ、いえ! すごい効果抜群でした!」
紙切れと言ってしまってから、申し訳なくなる。だって、確実に一度はあの紙のおかげで俺は助かっている。
黒渕先生の顔を見上げると、パラリと割れた前髪の間から、驚いたように見開く目が見えた。黒縁メガネの奥で、眼球が信じられないとでも言うようにウロウロとしている。
「燃えて消えてしまって、もう手元にはないんです。すみません」
返してくれと言われたらどうしようかと思って、俺は素直に無くなってしまったことを明かす。
「……燃えて、消えた?」
「はい」
「どうして?」
「え? あー、いや、俺にもそれはよくわかんないんですけど、とにかく、霊が近くに来て絶体絶命! ってなった時に、あの紙に霊が触れた途端に青白い炎が出て無くなっちゃったんです。燃えた塵とかもなかった気がします」
風で飛ばされてしまった可能性もあるけれど。
「それは、本当のことを言っているのかな?」
「え、はい。嘘つく理由がありませんから」
すぐに答えた俺に、先生は腕を組んで唸り始めた。思わず、身構えてしまう。
え、ここから霊に取り憑かれ始めるとかなしだよ?
「青い炎……あの紙は僕が普段愛用しているごく普通のルーズリーフの一枚だ。なにか特殊な加工をしたわけじゃないし、薬液も使っていない。書いた文字は油性の青いボールペンでだ」
ブツブツと考えながら話し出す黒渕先生に、俺は怪しい雰囲気しか感じられずに、少し距離をとってしまう。
「なにか火の気のある物が近くにあったとか、まさかピンポイントで油性ペンのインクに引火したとかそんなことはありえないが……謎だ。実際の現場を見ていないから何とも言えないが、化学で実証できるだろうか」
「無理っすよー」
ガチャっと玄関ドアが開いて、お風呂上がりの湯気を上げた矢橋先輩が呆れた目をしてこちらを見ている。バスタオルを肩に掛けて、髪の毛からまだ滴る水がいい男度を爆上げしている。
絶望に立ち尽くしていると、ドア越しにこもった声が聞こえてきた。
「え!? 黒渕先生!?」
あわててドアを開けると、ゴンッと鈍い音を立てて扉は半開き。勢いよく先生の額めがけて扉が開いてしまったらしい。下を向いて額に手を当て悶絶する黒渕先生の姿がそこにある。
「うわっ、す、すみません! 大丈夫ですか!?」
「……おや、君は確か」
チラリと視線が隣の俺の部屋のドアを見ている。
「あ、ちょっと先輩のとこに遊びに来ていまして」
あははと笑った俺に、先生は相変わらず長い前髪で表情をかくしたままニヤリと笑った気がした。霊とは違って、やはりこちらも人間として怖い分類かもしれない。
「そうでしたか。矢橋くんは元気ですか?」
「あ、はい。今ちょっと風呂に入ってて」
「じゃあ、千羽くん、少し話しませんか?」
「……え」
先輩を一人にするのは不安だから、俺は玄関から外にでて、通路に並んで黒渕先生と話すことにした。
土曜日で学校はないけれど、黒渕先生は学校で見た時と同じ格好だった。白衣を着てなにか実験でも執り行いそうな雰囲気を醸し出している。
「昨日……あ、いやもう日付が変わっていたから今日でしょうか、夜中に走っている君を車で通りかかった時に見かけたんですが、なにかありましたか?」
「……え」
黒渕先生が心配そうに眼鏡をクイっとあげ直す。俺は、先輩を探しに学生寮を出てすぐくらいに、一台の車とすれ違ったことを思い出す。
「夜中の一時過ぎでした。あんな遅い時間に高校生が一人で出歩くなんて良くないですよ」
「えっと、あれは、その」
なんと言い訳をすればいいのか、なにも思い浮かばないで迷っていると、先生はフッと笑った。
「僕のペーパーチャームはお守りくらいにはなったかな?」
「……ペーパー、チャーム?」
「君に託したじゃないか。矢橋くんを守るものだよ」
「あ、あの紙切れ」
「やはりゴミ同然だったかい?」
「あ、いえ! すごい効果抜群でした!」
紙切れと言ってしまってから、申し訳なくなる。だって、確実に一度はあの紙のおかげで俺は助かっている。
黒渕先生の顔を見上げると、パラリと割れた前髪の間から、驚いたように見開く目が見えた。黒縁メガネの奥で、眼球が信じられないとでも言うようにウロウロとしている。
「燃えて消えてしまって、もう手元にはないんです。すみません」
返してくれと言われたらどうしようかと思って、俺は素直に無くなってしまったことを明かす。
「……燃えて、消えた?」
「はい」
「どうして?」
「え? あー、いや、俺にもそれはよくわかんないんですけど、とにかく、霊が近くに来て絶体絶命! ってなった時に、あの紙に霊が触れた途端に青白い炎が出て無くなっちゃったんです。燃えた塵とかもなかった気がします」
風で飛ばされてしまった可能性もあるけれど。
「それは、本当のことを言っているのかな?」
「え、はい。嘘つく理由がありませんから」
すぐに答えた俺に、先生は腕を組んで唸り始めた。思わず、身構えてしまう。
え、ここから霊に取り憑かれ始めるとかなしだよ?
「青い炎……あの紙は僕が普段愛用しているごく普通のルーズリーフの一枚だ。なにか特殊な加工をしたわけじゃないし、薬液も使っていない。書いた文字は油性の青いボールペンでだ」
ブツブツと考えながら話し出す黒渕先生に、俺は怪しい雰囲気しか感じられずに、少し距離をとってしまう。
「なにか火の気のある物が近くにあったとか、まさかピンポイントで油性ペンのインクに引火したとかそんなことはありえないが……謎だ。実際の現場を見ていないから何とも言えないが、化学で実証できるだろうか」
「無理っすよー」
ガチャっと玄関ドアが開いて、お風呂上がりの湯気を上げた矢橋先輩が呆れた目をしてこちらを見ている。バスタオルを肩に掛けて、髪の毛からまだ滴る水がいい男度を爆上げしている。



