静かに耳を澄ませて、聞こえてきた音に集中する。ギギィ……と、ゆっくりドアが開くような音がして、ガチャンと閉まった。
たぶん、誰かが玄関ドアを開けて閉めた音。
いったい、今何時だろう。部屋の中も外もまだ真っ暗だ。枕元に置いていたスマホに手を伸ばして、俺は時刻を確認する。画面のブルーライトを目に浴びて、すっかり眠気は覚めた。
時刻は午前一時。
今から出かける人でもいるのだろうか。仕事か、コンビニか。いや、ここから一番近いコンビニまではけっこう距離がある。車で行くならだけど、エンジン音は聞こえてこない。
それに、今の音、すぐ隣から聞こえたような気がして、俺は矢橋先輩のことが気になった。
もしかして、先輩が?
そう考えると、嫌な予感しかしなくて、心臓が勝手に早くなる。全身がドクドクと鼓動を響かせて、冷や汗まで出てくる。
とにかく、確かめてみよう。
すぐそこに置いてあったパーカーを着て、玄関のドアスコープを覗いてみる。そこには誰もいない。ホッとしてから、物音自体が勘違いだったのかもしれないと、もう一度確認のために覗いたドアスコープ。
「ぎゃあ!!」
誰もいなかったはずのレンズに、ギョロリと血走った目玉がこちらを覗いていた。飛び跳ねるようにドアから離れて、叫んでしまった口元を両手で覆う。鍵はかかっている。チェーンまでは厳重にしていないけれど、ドアは開けられないはずだ。
ドッドッドと、地震でも起きているみたいに全身が脈打つ。
しばらく腰を抜かしてしまって、その場に座り込んだままになった。
物音はもう聞こえない。玄関外に、誰かがいる気配も感じない。でも、もしかしたらまだそこにいるのかもしれない。どうにかして鍵を開けて、もしくはドアをすり抜けて入ってくるかもしれないと、頭の中では最悪の展開ばかりが過ぎる。
とにかく、呼吸をしなければと短く荒く息を吐き出しては吸い込む。
血の気が引いて全身が痺れ出したことに気がつき、冷たくなった指先をさすり、脱力していた体を起こした。
怖いけど、もしまた先輩がなにかに取り憑かれていたら。そう思うと、先輩に何かあった時の方が怖いと感じた。
もう一度、覚悟を決めてドアスコープをそっと覗く。
誰もいないのを確認すると、安堵に胸を撫で下ろしつつ、俺はすぐに玄関ドアを思い切り勢いをつけて開けた。何かあった時にすぐ部屋に戻れるように、ドアストッパーをつけて開きっぱなしにする。
通路には誰もいない。街灯とアパートの電気がついているから、真っ暗じゃないのが救いだ。
先輩の部屋の玄関前に視線を落とすと、ドアの両脇に盛られた塩の山が崩れて、ひっくり返っているのが目に入った。
もしかして、最初に目が覚めた時に聞いた物音は、これがひっくり返った音じゃないか? そして、その後は、先輩か何かがドアを開けて外に出る音。ドアスコープから見えた目は、何かに取り憑かれた先輩!?
先輩の部屋の玄関ドアに手をかけてみると、鍵がかかっていない。簡単に開いた部屋の中は真っ暗で、だけど、一番奥にゆらゆらとぼんやり明るい何かが揺れ動く。
こちらも万が一を考えてドアストッパーを付けてドアを開きっぱなしにして中に進む。次第に、揺れているのはロウソクの炎だとわかった。初めて先輩の部屋に入った時と同じ状況。
恐怖を感じながらも、俺は頭の中で現状を整理する。やっぱり、さっき見えたのは何かに取り憑かれた先輩だ。
『祓い切れてはないんだよね』
さっき、先輩は言っていた。また、あの霊が来たってことなのか? そしたら、先輩はまたあの場所に?
それを分かっているのは、今のところ俺だけだ。助けられる保証はないけど、もし、このまま朝まで待って、先輩が戻ってこなかったら、最悪、霊のせいで……
そこまで考えてから、思考をシャットダウンする。とっさに、先輩の部屋の中に掛かっていた掛け軸を手に取り、玄関に向かって走る。ロウソクの炎が俺の巻き上げた風で消えた。両方の玄関ドアを閉めて、急いであの場所に向かった。
大丈夫。
先輩は自分一人でも祓えるって言っていた。俺がいなくても、この前もどうにかして助かっていたはずだ。俺がいたから助かったわけじゃない。
うぬぼれんな俺! 先輩は一人でも大丈夫なんだ! でも、もし、万が一ってのがあったら、俺は後悔したくない!!
徐々に灯りが少なくなる道をひたすら走る。寮のアパートを出て、ショッピングモール付近で一台だけすれ違った車。それ以降は車の通りはない。一つ向こうの国道からは車の走行音は聞こえてくるけれど、山に向かっている俺の周りは誰も歩いていない。こんな時間にふらふらと出歩いている人間がいたら、ちょっとなにかと疑ってしまうかもしれないけど。
先輩が寮を出てからそこまで時間は経っていない。でも、いくら走っても姿は見えてこない。俺の走るスピードでは、普段の先輩にすら敵わないのに、霊に取り憑かれているなら、なおさらに早いのかもしれない。
どうか、無事でいてくれ。願いながら、真っ直ぐにあの場所を目指す。
たぶん、誰かが玄関ドアを開けて閉めた音。
いったい、今何時だろう。部屋の中も外もまだ真っ暗だ。枕元に置いていたスマホに手を伸ばして、俺は時刻を確認する。画面のブルーライトを目に浴びて、すっかり眠気は覚めた。
時刻は午前一時。
今から出かける人でもいるのだろうか。仕事か、コンビニか。いや、ここから一番近いコンビニまではけっこう距離がある。車で行くならだけど、エンジン音は聞こえてこない。
それに、今の音、すぐ隣から聞こえたような気がして、俺は矢橋先輩のことが気になった。
もしかして、先輩が?
そう考えると、嫌な予感しかしなくて、心臓が勝手に早くなる。全身がドクドクと鼓動を響かせて、冷や汗まで出てくる。
とにかく、確かめてみよう。
すぐそこに置いてあったパーカーを着て、玄関のドアスコープを覗いてみる。そこには誰もいない。ホッとしてから、物音自体が勘違いだったのかもしれないと、もう一度確認のために覗いたドアスコープ。
「ぎゃあ!!」
誰もいなかったはずのレンズに、ギョロリと血走った目玉がこちらを覗いていた。飛び跳ねるようにドアから離れて、叫んでしまった口元を両手で覆う。鍵はかかっている。チェーンまでは厳重にしていないけれど、ドアは開けられないはずだ。
ドッドッドと、地震でも起きているみたいに全身が脈打つ。
しばらく腰を抜かしてしまって、その場に座り込んだままになった。
物音はもう聞こえない。玄関外に、誰かがいる気配も感じない。でも、もしかしたらまだそこにいるのかもしれない。どうにかして鍵を開けて、もしくはドアをすり抜けて入ってくるかもしれないと、頭の中では最悪の展開ばかりが過ぎる。
とにかく、呼吸をしなければと短く荒く息を吐き出しては吸い込む。
血の気が引いて全身が痺れ出したことに気がつき、冷たくなった指先をさすり、脱力していた体を起こした。
怖いけど、もしまた先輩がなにかに取り憑かれていたら。そう思うと、先輩に何かあった時の方が怖いと感じた。
もう一度、覚悟を決めてドアスコープをそっと覗く。
誰もいないのを確認すると、安堵に胸を撫で下ろしつつ、俺はすぐに玄関ドアを思い切り勢いをつけて開けた。何かあった時にすぐ部屋に戻れるように、ドアストッパーをつけて開きっぱなしにする。
通路には誰もいない。街灯とアパートの電気がついているから、真っ暗じゃないのが救いだ。
先輩の部屋の玄関前に視線を落とすと、ドアの両脇に盛られた塩の山が崩れて、ひっくり返っているのが目に入った。
もしかして、最初に目が覚めた時に聞いた物音は、これがひっくり返った音じゃないか? そして、その後は、先輩か何かがドアを開けて外に出る音。ドアスコープから見えた目は、何かに取り憑かれた先輩!?
先輩の部屋の玄関ドアに手をかけてみると、鍵がかかっていない。簡単に開いた部屋の中は真っ暗で、だけど、一番奥にゆらゆらとぼんやり明るい何かが揺れ動く。
こちらも万が一を考えてドアストッパーを付けてドアを開きっぱなしにして中に進む。次第に、揺れているのはロウソクの炎だとわかった。初めて先輩の部屋に入った時と同じ状況。
恐怖を感じながらも、俺は頭の中で現状を整理する。やっぱり、さっき見えたのは何かに取り憑かれた先輩だ。
『祓い切れてはないんだよね』
さっき、先輩は言っていた。また、あの霊が来たってことなのか? そしたら、先輩はまたあの場所に?
それを分かっているのは、今のところ俺だけだ。助けられる保証はないけど、もし、このまま朝まで待って、先輩が戻ってこなかったら、最悪、霊のせいで……
そこまで考えてから、思考をシャットダウンする。とっさに、先輩の部屋の中に掛かっていた掛け軸を手に取り、玄関に向かって走る。ロウソクの炎が俺の巻き上げた風で消えた。両方の玄関ドアを閉めて、急いであの場所に向かった。
大丈夫。
先輩は自分一人でも祓えるって言っていた。俺がいなくても、この前もどうにかして助かっていたはずだ。俺がいたから助かったわけじゃない。
うぬぼれんな俺! 先輩は一人でも大丈夫なんだ! でも、もし、万が一ってのがあったら、俺は後悔したくない!!
徐々に灯りが少なくなる道をひたすら走る。寮のアパートを出て、ショッピングモール付近で一台だけすれ違った車。それ以降は車の通りはない。一つ向こうの国道からは車の走行音は聞こえてくるけれど、山に向かっている俺の周りは誰も歩いていない。こんな時間にふらふらと出歩いている人間がいたら、ちょっとなにかと疑ってしまうかもしれないけど。
先輩が寮を出てからそこまで時間は経っていない。でも、いくら走っても姿は見えてこない。俺の走るスピードでは、普段の先輩にすら敵わないのに、霊に取り憑かれているなら、なおさらに早いのかもしれない。
どうか、無事でいてくれ。願いながら、真っ直ぐにあの場所を目指す。



