明治あやかし恋綺譚 ~式神に愛された男装令嬢~

「どう……」

 名前を呼びかけて口を押さえる。

 私が男装して陰陽學寮に入学している事も道蓮様には知らせていない。

 それどころか、土御門家が崩壊した『あの夜』を超えて、生きのびている事も……。

(皇都に居れば、いつか擦れ違う事もあるかもしれないと思っていたけれど……)

 どうして今、道蓮様が此処に、しかも自分と同じ制服を着て立っているのか?
 驚いたのは偶然の再会だけではない。その変貌ぶりだ。

 幼い頃の面影は確かに残っている。
 けれど瞳は完全に輝きを失い、墨で塗り潰されたような闇色に染まっていた。
 虚空を見つめるようなそれは、まるで魂なき死者が活動しているようで、表情も無に等しい。

 その道蓮様の虚ろな瞳が私を捉えた。

 心臓が跳ねる。

(手紙が途絶える前、目を治す予定だとは聞いていたけど……)

 道蓮様は私に気が付くだろうか。
 息を飲む私に、道蓮様は一瞬、片眉を上げた。

「……」
「……」

 ただ無言で見つめ合っていると……不意に道蓮様はくるりと背を向けた。

(ど、どういう反応……?)

 背を向けた彼が、子供の頃とは違う、低い声で告げる。

「……この程度のあやかしも殺せぬとはな」

 ぞっとするような冷たい声音。
 突然のことに動けずにいる私の目の前で、道蓮様は握り締めた刀で、既に死んでいる鬼を刺し貫いた。逃げた鬼はいないかと、獲物を探す獣のように視線を巡らせている。
 呪詛に苦しむ人々よりも、鬼を殺すことを優先しているようだった。
 その姿に、今まで沈黙していた御霊府君が呟く。

『……あやつ、刀に飲まれておるの』
「どういう事ですか?」
『……』

 それに御霊府君は答えなかった。
 すると、民間人の救助をしていた金髪の小柄な少年が道蓮様に駆け寄って彼の腰を叩きだす。

「おう! どーれん! 助かったぞ!」
「……マキリか」

 マキリと呼ばれた少年が道蓮様の上着を引っ張って私に紹介する。

「俺はマキリ。こいつは、どーれん。ちょっとネクラだけど、ワルいヤツじゃないからな! 仲良くしてやってくれ! どーれん、トモダチいねーからな!」
「根暗……」

(まるで別人……。でも、目の前の方は間違いなく道蓮様)

 その証拠に他人の話を聞いている時、ごく僅かに小首を傾げる癖は変わっていない。
 幼い頃の記憶の中の彼と同じ仕草が私を困惑させた。
 戸惑っていると、落とし物を拾っていた例の青年がオドオドしながら口を開く。

「助けてくれてありがとう……。あの、ぼく、天狗寺 鬼壱(てんぐうじ おにいち)っていいます」
「僕は土御……じゃなくて、安倍 燈二郎(あべの とうじろう)」

 私は慌てて偽名を名乗る。しかし……。

「……」

 道蓮様は鬼壱さんに自己紹介されても視線すら向けず、まるで居ないもののように無視していた。鬼壱さんは表情を曇らせながら、不安げに続ける。

「あ、あの、『どーれん』って、君、蘆屋 道蓮? あの土御門のお姫様と婚約してたっていう……?」

 心臓が跳ね上がった。

 刹那、黒刃の切っ先が鬼壱さんの喉にのびる。

 私の体に憑依した御霊府君が、私の腕を操って日月剣を振るう。鞘が道蓮様の黒刃を弾き、悲鳴のような音と火花が飛んだ。

 マキリさんや鬼壱さんが目を丸くしていたけれど、道蓮様だけは何かに気づいたように片眉を上げた。

「……貴様、憑き物憑きか。珍しいな」

 そして少しだけ口角を上げた。

「……憑き物憑きなら、鬼を更に殺せるだろうな」

 嬉しそう(?)な道蓮様が刀を構える。

「残党がいないか、探してくるか。鬼は皆殺しにしてやる」

 走り出そうとする道蓮様の服をマキリさんが猫のように掴んで叫んだ。

「どーれん! 早く行かねーとチコクするぞ! どーれん! チコク!」

 鬼壱さんも道蓮様の服を掴む。

「そ、そうだよ道蓮君! 退学になっちゃうよ!」

 そうしている間に学校から鬼の処理班が到着し、事態は終着した。

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