明治あやかし恋綺譚 ~式神に愛された男装令嬢~

 その昔、俺も灯子もまだ幼かった頃、灯子にはお見合いが殺到していた。
 無理もない。
 名門の土御門の、しかも都に響き渡るほどの美少女(らしい)灯子だ。

 今の何の後ろ盾もない上に、盲人の俺など……と、いじいじしながら灯子のお見合いが終わるのを待っていた俺。
 もしも『素敵な殿方と出逢いました! さようなら道蓮様!』等と言われれば、腹を切って逝こうかとすら考えていた折、灯子が見合いを終えたらしく戻ってきた。(足音で灯子とわかる)

 俺は何事もなかったかのように茶を飲みながら、灯子に問いかけた。

 「……見合いはどうだったんだ?」
 「はい! 素敵でした!」
 「ブッ!」

 思わず茶を噴いたが……! ついに来たか……来てしまったのか……この日が……!
 俺は流れ落ちそうになる涙を何とか隠し、灯子に話を続ける。

 「そうか……。で、相手はどんな男だったんだ?」
 「……えっ」
 「えっ?」

 何だその反応はと思っていると、灯子が手をもじもじさせている音が聞こえてきた。
 これは『どう答えるべきか悩んでいる時』にやる、彼女の癖だ。
 そして彼女は答える。

 「あの、その、障子の柄が蝶柄で素敵で……」
 「あ、ああ。障子の柄……そうか……良かったな」

 お見合いで、障子の柄とか見るものなのかと思ったが、灯子は続ける。

 「お茶請けの桜餅が美味しくて……」
 「そ、そうかぁ……」
 「どうぞ。道蓮様の分も頂いてきました」

 ぺと、と何か柔らかいものが手にのせられた。
 桜餅みたいだ。ありがとう、確かに美味いな!

 いやいやいや! そうでなく!

 どうやら灯子は障子の柄やら桜餅の美味さに気をとられて、相手の顔を薄ぼんやりとしか覚えていないらしい。しかも会話もほとんど記憶にないようだった。
 俺が見合い相手だったら泣いて帰りたくなるくらいに、惨たらしい。

 しかし灯子は気にしていないらしく、俺との会話に花を咲かせ始めた。
 まったく、色気より食い気なんだなと思いつつ、安心してしまう。

 ◆◆◆

 灯子のお見合いが終わってから、俺は土御門の敷地内を散歩していた。
 もう敷地の構図は把握しているので、杖さえあれば一人でも歩ける。

 そうしていると、御殿の方から聞き覚えのない声がしてきた。

 「何だよあのメスガキ! この俺様が山奥まで見合いに来てやったっつうのに!」
 「本当ですな若様! 天狗寺の長男にする態度ではありませんでしたわい!」

 灯子の今日の見合い相手だと察し、俺は咄嗟に繁みに姿を隠した。

 天狗寺といえば都でも名門と噂の家柄だ。家人も美形揃いらしい。
 家格は土御門の方が上とはいえ、灯子は、その長男相手に興味も関心も向けなかったのか……。

 しかし奴らは散々、灯子と土御門を貶めていた。

 看過できずに出て行こうとした時、何かが開く音がした。
 天狗寺の長男と、付き添いの爺が驚いている。

 「御殿の扉が……開いた……?」
 「此処には土御門の宝剣が封印されているはず……」

 その瞬間、絶叫が轟く。

 「うっ……うわぁあああああああああ! 化物!」
 「ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!」

 俺には何も見えないので、声と足音で判断するしかない。
 二人が走り出す足音が聞こえた。

 何かが起こっているのに、何も見えない。
 そのもどかしさに堪らずにいる中、何かが笑う声が響く。
 そして、ぽつりと呟く声がした。

 『愚かな』と。

 それから、天狗寺の長男と付き添いの男が老人のような姿で発見され、やがて狂死したと風の噂で聞いた。

 土御門の御殿には何かが『い』る。
 でも、灯子は御殿に通い、その『何か』と遊んでいるようだった。
 それは俺にも教えてくれなかった。


 「秘密にしろと、言われましたので」


 一体、あの御殿には何が封印されているのだろうか……?
 それを俺は未だに知らない。