明治あやかし恋綺譚 ~式神に愛された男装令嬢~

 天誅殺は斬りつけた相手を確殺する呪剣である。
 ただし、その代償として使用者の憎悪や悲哀を増幅させ、幻覚を見せる。

 それを承知で刀を振るい続けたのは、道蓮の後悔からだった。

 ――蹂躙された土御門の屋敷を前に、呆然とする道蓮。
 人が住んでいた痕跡を死で塗り潰したかのような地獄の光景に、道蓮は膝をつくしかなかった。

 「あ、あかり、こ……」

 麓の村で、村人から冷たい視線を向けられた理由がわかった。
 灯子を早く迎えに来ていれば、せめて彼女だけは救えたのだ。

 「灯子……ッ!」

 気づけば頬を熱いものが濡らしていた。
 時間も忘れて泣いて泣いて、哭き尽した時、背後から砂利を踏む足音がした。

 ゆるゆると振り返ると、そこには黒い着物の美丈夫が扇子を持って立っていた。

 「おやおや、八咫鴉の実験場に子ネズミが迷い込んだと思ったら!」

 男は賀茂 狂火と名乗った。
 呪術集団『八咫鴉』の長で、今はこの土御門の屋敷を管理しているという。

 「あまりに怨嗟が染みついて、浄化しても人が住めないんですよねぇ~。なら、呪術の実験場にしちゃおうかと!」
 「ふざけるな! 灯子の生家を穢らわしい呪術の場になどさせてたまるか!」

 愉悦の言いざまに道蓮はカッとなって声を荒げる。
 そうしていると、狂火が目を細めて扇子で口元を隠した。

 「……弱い癖にイキっちゃってるの恥ずかしくないですか?」
 「何だと?」
 「キミに小生ほどの力と資金があれば、とっくのとうに灯子チャンは娶れていたのに」
 「……ッ! 金ならある! だから土御門の屋敷は俺に売れ!」
 「仕方ないボウヤですねぇ~」

 何とか土御門の土地は取り戻した。

 だが、夜な夜な泣き声が響き、誰もいないのに足音や物音がしたり、黒い影がよぎる。
 道蓮がどれだけ祓っても尽きない程に血と嘆きが染みついていた。

 その中に灯子もいるのかと思うと、たまらない気持ちになる。

 血と黴にまみれ、蝿が飛び交う屋敷の中で、道蓮は膝を抱えた。

 (全ては……鬼と俺の所為だ……!)

 そうしてしばらく土御門の屋敷で過ごしていると、また狂火がやってきた。
 黒い刀を携えて。
 いつものように薄笑いを浮かべている。

 「哀れですねぇ~。戻らないモノにしがみついてるボウヤは」
 「何をしに来た! 此処はもう俺の敷地だ!」
 「まぁまぁ、そうイキりたたずに。今日は良いモノをぷれぜんとしに来たんです」

 そして差し出されたのが『天誅殺』だった。
 八咫鴉の中でも特級の刀らしいが、どうせ呪物だろう。
 狂火は続ける。

 「天誅殺は斬った相手を確実に殺します。殺し損ねても呪いで死なせちゃうんですよねぇ。でも利点もありましてね。憎い相手を殺し続けると、逢いたい人に逢えちゃうらしいんですよ」

 胡散臭過ぎた。だが、道蓮にはもう、天誅殺に縋るしかなかったのだ。
 夜な夜な鬼を斬り殺し、返り血を浴びる度に、あるモノが見えるようになった。

 顔が見えない女の姿が。

 でもその女は灯子の声で喋った。

 『道蓮様……! 鬼を倒してくださって、嬉しいです!』
 『道蓮様にお逢いしたかった!』
 『もっともっと、鬼を殺してくださいな!』

 ……灯子なら、こんなことは言わないだろう。
 だが、それでも良かった。

 「灯子……」

 声が聞けるだけでいい。
 幻想でも姿が見えるだけでいい。
 愛して愛して、止まない娘に逢えるなら、もう偽りでもいい。

 こうして、道蓮は修羅の道を一人往くことになるのだった。