明治あやかし恋綺譚 ~式神に愛された男装令嬢~

 表通りから悲鳴が聞こえた。

 「鬼だー!」
 「鬼が出たぞー!」
 「鬼だと⁉」
 「逃げろ!」

 逃げ惑う人々の声と破壊音を聞いて、戸惑っていた村の人達が弾かれたように避難を始める。
 佐助さんは最後に、怒りに燃えた瞳で道蓮様に吐き捨てた。

 「……何と言おうと、俺はお前を赦さない。お前も言っただろう? 灯子様が死んだのはお前と、あの憎たらしい鬼共のせいだ! お前が灯子様を殺したんだァー!」

 私やマキリさん、鬼壱さんが身構え、飛び出そうとするが、立ち止まったままの道蓮様に阻まれる。

 「どーれん! どけー! おまえは休んでていいから!」

 しかし、まるでマキリさんの声が聞こえていないかのように、道蓮様は押し殺した声で笑いだした。

 「……ふ、ふふ……、あぁ、そうだ……。そうだった……」

 その片手には、いつの間にか抜き身の刀が握られ、もう片方は例の赤い巾着を握り締めていた。

 そのまま、ふらふらと外へ出てゆく。
 鬼気迫る道蓮様の様子に、私達は彼を置いていくこともできず顔を見合わせる。

 「灯子……。お前を殺したのは俺だ、……だが、俺だけじゃない……鬼が……」

 正気なのか狂気なのか。
 夢うつつのような声音を最後に、道蓮様は鬼に斬りかかる。

 それからは呆然とする私達の前でひたすら刀を振るい、鬼を斬り刻み続けた。
 返り血が吹き出して彼の体を染めても、なお。

 「鬼……、鬼を……殺さなければ……、灯子……」

 見てられなくなったマキリさんが、走っていって道蓮様の足に飛びついた。

 「どーれん! 落ち着け! それじゃ、オマエ、ダメになっちまうぞ!」
 「……」

 しかし道蓮様はマキリさんを乱暴に振り払った。

 「マキリさん!」
 打ち所が悪かったのか、マキリさんはそのまま意識を失ってしまった。

 それを見て、ずっと考えていた事柄が頭の中で鮮明さを増す。

 (私の正体を明かしたなら……)

 そうすれば、道蓮様の今の暴走は止まるかもしれない。

 (でも……)

 例え今、正体を明かしたとしても、呪いまみれの私の体では恐らく長くは生きられない。

 そう遠くない未来に死ぬと知れば、道蓮様はまた傷ついてしまう気がした。
 迷いの中、不意に体を支えるような、温かい力を感じた。
 御霊府君が憑依して力を貸してくれたのだと気づく。

 『儂ならば、小僧に遅れはとらぬ。後は任せよ!』
 「府君……!」

 御霊府君は道蓮様の刃筋を鞘つきの日月剣で次々いなしてゆく。

 『怒りに駆られたお前の太刀筋は馬鹿正直じゃ。それが通じるのは格下相手だけよ!』

 正気を失っている道蓮様の刀は御霊府君にとって読みやすいらしい。直ぐに相手の刀を弾き飛ばした。
 空を舞う刀が回転しながら離れた位置に突き刺さる。
 道蓮様は飛びつくように刀を掴むと――そのまま脱力したように膝をついてしまった。

 「……」

 刀を抱きかかえるようにして、その場から動かない道蓮様の背を見た御霊府君は舌打ちした。

 『……あの阿呆、よりにもよって、とんでもない呪物を所有しておるわ。いわくつきの呪剣である天誅殺(てんちゅうさつ)をあんなになるまで振るうとはのう……』
 「天誅殺……?」

 聞いた事がない名前に問い返す。
 しかし疑問に答えたのは、御霊府君ではない声だった。

 「天誅殺は、使い手の憎悪が深ければ深い程、力を増す呪具です」

 それまで傍観に徹していた狂火様が笑みを浮かべていた。
 この状況で楽し気な彼が不気味でならない。
 けど、その台詞に御霊府君が補足する。

 『……そして天誅殺は血と恨みを吸い過ぎた』

 御霊府君は道蓮様に対して、憐れみとも、呆れともつかない眼差しを向けていた。

 『天誅殺は使えば使う程、憎い相手への憎悪が鮮明になり、失った命への悲しみと後悔を増幅させる……。記憶は風化せず、使用者の心に悲劇の苦痛を刻み続けるのじゃ』

 どんな憎しみも悲しみも、長い時を経て痛みを大なり小なり、薄れさせると聞く。
 でもあの刀は振るえば振るう程、悲しみの底に沈み続ける。

 私は言葉を失った。

 道蓮様のあの反応から、私をとても大切に想ってくださっているのが痛い程に伝わってきたからだ。
 そんな私に狂火様が笑い声を上げた。