明治あやかし恋綺譚 ~式神に愛された男装令嬢~

 もちろん私とも面識があり、子供のころは一緒に遊んだことがある。

 道蓮様が大きいこともあって、幸いな事に佐助さんは私に気づいていないらしい。
 何か気にかかることがあるようで、道蓮様を見て、わなわなと震えだした。
 子供時代、盲目だった道蓮様も、彼の声には聞き覚えがあったらしい。

 「その声は、佐助か……? お前、どうして皇都に……」

 佐助さんは道蓮様に憎悪のこもった視線を向けると、押し殺した声で告げた。

 「皇都で灯子様達の供養があると聞いて来たんだよ! 道蓮……お前は、今まで何してた?」

 道蓮様が、ぴくりと肩を揺らした。
 佐助さんは道蓮様の様子に気づいていないようで、堰を切ったように怒鳴りだした。

 「土御門の皆様が、鬼に虐殺されたの、知ってんだろ! 誰も、灯子様も、骨さえ残らないくらい、喰い尽されて墓も作って差し上げられなかったって! 村の皆が今もずっと泣き暮らしてるってのに! 土御門がもつ土地も権利も、お前が全て奪い取ったって聞いたぞ!」
 「……」
 道蓮様は何も言わなかった。

 どんな表情をされているのかは、私の位置からは彼の背中しか見えないのでわからない。

 マキリさんや鬼壱さんは話がわからずに、道蓮様と佐助さんを交互に見つめている。

 佐助さんの怒号を聞きつけて、周囲の人が集まる。その中には同じく土御門の供養にやってきたらしい、村の人もいる。

 私はいよいよ出ていくことができず、黙って話を聞くことしかできなかった。
 村の人たちは道蓮様を見るやいなや、次々に怒りを露わにする。

 「……蘆屋、道蓮……」
 「旦那様や奥様に助けられた癖に、恩を仇で返しやがって……!」
 「テメェがさっさと灯子様を迎えに来ていれば、せめて灯子様だけでも生きてたかもしれねぇってのに!」

 その言葉に、これまで傲岸不遜なほど堂々としていた道蓮様が、まるで斬首を控えた罪人のように頭を垂れ、言った。

 「……ああ、全くもってその通りだ。俺が灯子を殺した。俺の所為で彼女は死んだんだ」

 まるで深い悲しみと後悔が含まれているような悔悟の色。
 道蓮様の言葉にみんなは気圧されたようだった。
 けれどただ一人、佐助さんがやりきれない様子で言った。

 「全部、今更だ。今更そんなこと言ったって……。皇都に行った途端、灯子様に手紙も寄越さねぇ薄情者が!」

 その言葉に道蓮様が顔を上げた。

 「何だと?」
 「灯子様がどれだけ……」

 道蓮様は鬼気迫る様子で立ち上がると、佐助さんに詰め寄った。

 「嘘だ! 嘘をつくな!」
 「嘘じゃねえ! 村のもんはみんな知ってる。灯子様に直接聞いたやつも居る!」
 「そんなはずはない! 俺は灯子に毎日のように文を送っていた! 皇都の菓子も、季節の花も、彼女が好きそうな簪も反物も、ずっと、手紙と共に送り続けていた!」
 (……え?)

 道蓮様の背を見つめる。
 その声は締め付けられたように苦し気だった。

 「途絶えたのは灯子からの返事の方だ」

 道蓮様の台詞に、時間が止まったような気がした。

 そんなはずはない。

 私はいつも文を送っていた。返事も欠かさず。文が届かなくなってからも何通も。

 「灯子の心を取り戻すには立身出世した姿を見せるしかない。彼女に相応しい男になりたいと、そう思っていた」

 頭が真っ白になった。

 (何が、どうなっているの……?)

 道蓮様からの手紙は届かなかった。

 お菓子も花も簪も、反物だって貰った事は無い。

 でも、道蓮様の言葉に嘘は混じっていないように思えた。

 何故なら、こんなに取り乱す道蓮様を今まで見た事がなかったから。再会する前、一緒に暮らしていた頃だってそれは同じだった。

 けれど、佐助さんは嘘だと思ったらしい。
 腹にすえかねた様子で道蓮様の上着を掴んだ。

 「嘘つくな! どうせ受け取ったふりして捨ててたんだろ!」
 「ありえない。彼女から貰ったものは全て、ひとつ残らず小さく折って残している」

 道蓮様が制服の上着の内ポケットから、小さな巾着を取り出して見せた。
 それは以前に道蓮様がの服から落ちた、あの巾着だった。

 「だが、そうか……灯子は俺を待っていてくれたのか。なのに俺は……」

 絞りだすような彼の言葉を聞きながら、私は何がどうなっているのかわからず、動けなかった。

 道蓮様の今の姿は、欠けた半身を失ったかのように痛々しく見える。

 何かの歯車がおかしくなっているのはわかるのに、何処で狂ったのかが予想もつかない。

 私はわけがわからなくて、村人や道蓮様に話しかけようと近づく。

 しかし、その腕を狂火様に掴まれた。
 そして耳元で囁かれる。

 「止めてくださいよ。こんなつまらないハナシで身バレて終了なんて」

 そうだ、私の正体がバレてはいけない。そう躊躇した気持ちを絶叫が掻き消す。
 表通りから悲鳴が聞こえた。