明治あやかし恋綺譚 ~式神に愛された男装令嬢~

 (落ち着いて……)

 息を飲んで得物を構える私の前で――木偶が動いた。

 「……?」

 動くはずのない木偶の姿が、陽炎のように揺らめく。

 一瞬、見間違いかと思った私の耳に、御霊府君と道蓮様の声が届いた。

 「燈次郎! 木偶の様子がおかしい! 気をつけろ!」
 『襲ってくるぞ!』

 並んでいた木偶人形が七体、カタカタと音を立てたかと思うと、痙攣するような動きで私の方に向かってきた。

 「う、うわぁ!」

 気味が悪い光景に生徒達から悲鳴が上がる。硬直する私に、教官が叫んだ。

 「安倍! 落ち着いて対処しろ! お前なら出来るはずだ!」
 「は、はい!」

 何が起こっているのかはわからない。
 けど、やるしかない。
 私は木刀を構えると、木偶に向かって走った。

 (道蓮様との鍛錬を思い出して……、御霊府君の動きに結び付ける……!)

 木刀に霊力を込め、横凪ぎに振る。

 「――!」

 確かな手応えと共に木偶の胴が割れ、崩れ去ってゆく。

 (できた! ……⁉)

 すかさず横から襲いかかってきた木偶をなんとか薙ぎ倒す。
 けれど次から次へ襲い掛かってくる木偶に、私はあっという間に囲まれた。

 (どうすれば……)

 もう駄目だと思った瞬間、私の頭上に『何か』の影が差した。
 その『何か』は、音もなく私のすぐ傍に着地すると、手にしていた木刀で木偶の群れを一掃した。

 「ど、道蓮さ、ん?」

 道蓮様は私の背後に位置取ると、振り返らずに告げた。

 「気をつけろ。七体どころではない。学園中の木偶がここへ集められているようだ」

 倉庫からあふれ出した木偶が、私と道蓮様に迫る。
 それは一斉に襲い掛かり、さすがの道蓮様でも抑えきれないと思った瞬間、一体の頭が砕け散った。
 視線を向けると、長銃を構えた鬼壱さんが小さく手を振っていた。

 「お兄様! 大丈夫だよ! 教官の援護許可も出てるから! 取りこぼしたものは、ボクが撃ち抜くよ!」
 「ありがとう!」
 「おれもいるぞ!」
 鬼壱さんの影から飛び出したマキリさんが、手近の木偶を殴りつける。

 「トージロ! ヲ組の団結力、見せるぞ!」
 「う、うん!」

 こうしてヲ組が連携していると、直ぐに教官の指示で他の班のメンバーも戦闘に加わった。

 ただし、動く木偶は前回より難関だったようで、生徒達は手こずっている。
 自在に動けているのはヲ組だけだった。

 木偶が砕け散る破片の中、教官も駆けつける。
 そしてようやく全ての木偶を破壊した。
 教官がサーベルを仕舞い、私達を見た。

 「ヲ組、上出来だ。不測の事態に、よく対処したな」

 皆で顔を見合わせて喜ぶ。見ていた生徒の誰の顔からも嘲りが消えていた。

 「や、やったー!」

 マキリさんがヲ組の全員を掻き集めるようにして抱きつく。私も嬉しかった!

 「……そして木偶を呪術で操って生徒を襲わせた犯人は、木偶を弁償した上で、ヲ組に謝罪し、相応の償いを念入りにするように」

 その言葉に、校庭の影から美男子が現れる。
 黒の和装を翻し、扇子をゆらゆら揺らしながら、楽し気な空気を醸して近づいて来る。

 「こんにちは、陰陽學寮の生徒の皆さん。この学校の出資者の一人。賀茂 狂火です」

 狂火様の出現に、体が強張る。

 (どうして急に狂火様が……!)

 狂火様は私の不安とは裏腹に、愉悦に満ちた表情で会話を続ける。

 「出資者として、将来の陰陽頭の候補生がいるかと、監視してましたけど。どのコも話にならない! 面白くないからもう学校、潰しちゃおっかな? と思っていたら……ヲ組とは、面白い! ね? 燈次郎クン?」
 「は、い……」

 上擦った声で何とか返事をする。
 と、道蓮様が狂火様との間に割って入った。

 「貴様、燈次郎の後見人の狂火と聞いているが……どうしてこいつがこんなに不安がっている?」

 道蓮様の問いかけに狂火様が扇子で口元を隠しながら、ぼそりと告げる。

 「……親族会議」

 性別と出自をバラされれば終わりだ。私は急いで道蓮様に話しかける。

 「僕は大丈夫だよ! 狂火様は味方さ。ありがとう、道蓮さん」
 「そうなのか?」


 そう、『味方』なのだ……。