「瑛はもう……この世に居ないと思います。でも、こうやって話せて良かったわ。ありがとうございます」
瑛の姉の言葉が頭の中を木霊する。
「瑛はもういない……」
自然と出たその言葉に、頬が濡れていた。
枕元で何度も見ているスマホの画面を見つめていると、瑛のメールが頭をよぎる。
「学校今は行きたい」
「毎日夕日が窓から見えている」
「もうすぐ雨がふりそう」
「夜になったら自販機と虫の音がうるさいんだ」
「可愛い黒猫が、たまに近くまでやってくる」
自販機の音、猫——それになんであの時、瑛は雨が降るって言ってたんだろう……俺の降りる駅は晴れていたのに。
過去のメールを一つずつ読み返しながら、瑛と話した記憶を思い起こす。
意味が少しずつ繋がる。
もしかしたら瑛は、俺にしか理解できない方法で自分の事を伝えていたのかもしれない。
直接場所を伝えられなかったり、話せなかったのはのもう瑛はこの世に居ないからなのかな……
胸の奥で恐怖が渦巻き、息が詰まる。
「だけど、俺は真実を知りたい。最後まで確かめなくちゃ」
もしかして、もしかしたら……何かを伝えたいということなら、瑛は生きているかもしれない。
そんな微かな希望を胸に宿しながら。
次の日の放課後、終点に降り立つ。
自販機がうるさい、黒猫。夕日が見える窓。
手がかりはそれだけしかない。
一度この駅には来たことはあるが、その際に何か見落としたかもしれない。
とにかくもう一度探してみようと動き出した。
そんな姿を後ろからじっと見つめられていたとは知らずに……
終点に瑛はいる。確証の無い考えだった。
俺は以前行った方向と逆の方向に進んだ。
終点のその先だ。
人通りはほとんど無く徐々に住宅も無くなる。
あぜ道のような細い道に今は使われていない線路が並行して並んでいる。
そう言えば、十数年前にこの先にも住人が沢山居たが廃線になったと終点のカフェで会った女性店主が話をしてくれた。その時は青葉の学生もいたと言ってたっけ。
それを知っているあの店主は一体何歳なんだろ。
どう見ても二十代に見えたけど。
そんなことを考えていると随分遠くに来たみたいだ。
かなり先の方には建物の明かりがちらほら見える。
廃線になった線路はまだ先を繋いでいるみたいで、ひっそりと影が見える。
人通りも街灯もほとんどない暗い道。あれだけ眩しかった夕日もさっき沈み、残っている明かりはかろうじて自分のスマホの光だけだった。
でも、そのスマホの充電もそろそろヤバい。
ふいに暗闇に照目が二つ。
「っ!」
思わず叫びそうになった俺はじっと目を凝らす。
猫だ。
しかも黒猫。ドキリと心臓が跳ねる。
「っ……あれはもしかして」
その猫はニャーと小さく鳴くと走り出す。
「ちょ、ちょっと待って」
慌てて後を追いかけるが見失う。
「どこ行ったんだ」
前を見ると随分先に小さな明かりが見える。
「とにかく、あそこまで行こう」
恐怖から独り言が止まらない。
後ろをチラリと振り返ればそこは漆黒が広がっていた。
終点の駅からは随分先に来てしまったみたいだ。
ひたり、ひたり……まるで誰かが後ろに付いてきているような雰囲気を感じる。
俺は恐怖でもう振り返ることをやめた。
そして、明かりを目指して全速力で走り出した。
小さかった明かりは徐々に大きくなる。
暗い道の唯一の光。
そこにあったのは……
街灯と自動販売機だった。
「っ、こ、これは、もしかして」
辺りを見回せば、近くに建物らしきものが薄っすら見える。
誰も住んでいる気配がない蔦を纏った建物。
それは廃線の脇にある。
そう言えば、あの女性店主が昔は駅舎や職員の宿舎なんかもあったと言ってたような気がする。
ゾクりと背筋が冷える。
何かが、あの場所に……隠されているかもしれない。
今何時か確認しようとスマホを見れば、終点から引き返す最終電車まで時間がないことに気付く。
「やばっ」
それにたった今、スマホの充電も切れてしまった。
これでは誰に連絡を取ることも出来ない。
真っ暗な世界にあるのは自販機と、引き返した随分先に見える終点の明かり。
これは流石に、出直すしかない。
漆黒の闇の中、ずいぶん遠くまで来た道を急いで走る。
これを逃せばもう永久に戻れないような、そんな気配を感じていた。
怖くて後ろを振り返れなかった。
そして、終電ぎりぎりに滑り込む。
「発車しまーす」
「あ、ちょっと、待って! 乗ります! 乗ります!」
「おや? 珍しいね。友達のところかい?」
「あ、まあ。はあ、はあ……すみ、ません」
「大丈夫だよ。これが最終だったのでよかった」
「ありがとうございます」
高田に声をかけられ、必死で呼吸を整える。
額には汗が滲み、スニーカーは泥で汚れていて、到底友達と遊んでいたようには思えない出で立ちだった。
最終列車の時間。誰もいない車内。
室内の明かりがぼんやり揺れる。
運動部でもない自分が久々に全力疾走をして疲れも半端ない。
ふと前を向く。
向かい側のガラスに映っているのは俺と瑛。
「瑛!」
思わず横を向くがそこに瑛は居ない。
でも、ガラス越しには俺と瑛が映し出されていた。
窓ガラスに映った瑛は困ったような顔をしながら、口をパクパクさせて何か言いたそうにしていた。
「き、おつけ……て」
確かにそんな言葉を伝えているように口が動く。
次の瞬間、一瞬車内の電気が切れもう一度付いた時には瑛の姿は見えなくなった。
幻覚。
……とは思えなかった。
確かに瑛は居た。
じっと前を見つめながら気付けば自分の降りる駅まで来ていた。
「車内の電気が一瞬切れたけど大丈夫だったかい」
「はい」
「よかった、暗いから気をつけて帰るんだよ」
「は、はい」
「じゃあ、またね……」
「あ、あの。終点の奥に廃線があるんですか?」
「そうだね。でも十年以上前の話だよ。よく知ってるね」
「カフェでちょっと聞いて。それに建物もあるって」
「そっか。もう今は誰も使ってない古びた宿舎があるだけだよ。でも、もし興味があるなら俺が休みの日なら案内できるよ」
「ほ、ほんとですか!」
「ああ」
「ぜひ、お願いします!」
「もちろん、じゃあ気を付けて帰るんだよ」
「はい」
高田はにこやかに微笑むと手を挙げ、次の駅へと向かった。
思ってもみない幸運だった。
もしかしたらあの建物にも入れるかもしれない。
期待をしながら改札を通ると、空には無数の星が輝いていた。
かなり遅い帰宅に何か言いたそうな母親に、遅くなってごめんと一言告げると自室に入る。
汗と泥で汚れているが荷物を下ろすとそのままベッドへダイブした。
久々に見た瑛は相変わらず、綺麗だった。
なぜ見えなかったのだろう。
もしかして瑛はいつもそこに居て、俺が見えなくなっているのかも。
「だけど、多分……終点のあそこに瑛のヒントがある」
俺は今にも眠ってしまいそうな身体を叩き起こし、机に向かってある人に手紙を書き出した。
