平日の夜の喫茶店はお客さんんが少ない。
青葉の制服の女子高生たちもそろそろ帰るみたいだ。
マスターに会釈をすると奥の二人席に座る。
「本当に来てくれるのかな……」
頼んだカフェオレの氷がカランと揺れる。
グラスはとっくに汗を搔いていた。
「いらっしゃいませ。お連れ様はあちらでお待ちですよ」
「ありがとうございます」
席に向かってに一人の女性がやってくる。
瑛の姉だ。
初対面だが、雰囲気が瑛とどことなく似ていた。
「っ、は、初めまして」
「お待たせしてごめんなさい! 今日に限って会議が長引いてしまったの」
「い、いえ」
「マスター。私も同じものを頂けるかしら?」
「かしこまりました」
瑛の姉は少し息を乱しながら、じっと俺を見つめた。
その目には疑心、少しの希望……様々な物が混じっているように思われた。
―― 長い沈黙
「おまたせしました」
「ありがとうございます」
瑛の姉はマスターが去ると俺をまっすぐ見つめた。
「蒼井君は瑛の事を知っているの?」
「……」
「その制服は青葉のものじゃ無いけれど、お友達だったのかしら」
「と、友達というか……その」
「ごめんなさい、大丈夫。ゆっくりでいいいから。少しでも瑛の事が知りたくて……」
「ありがとうございます」
ふっと息を吐くと、数カ月前に瑛と電車で出会った話をした。
「信じられないかもしれません。俺以外には、見えていなかったし。それに、こんな話作り話だと思われるかもしれません。でも、俺は……瑛がそこに居たことを伝えたくて」
「ええ」
手を握りしめながら、瑛の姉に電車で瑛と出会ったこと、話せないと言った瑛とスマホでやり取りしていたこと。そしてある日突然居なくなったこと等を包み隠さず話した。
「メールも残ってます」
瑛とのトーク画面を見せる。
「っ……確かにそのアイコンは瑛のだわ」
「ホントですか?」
「でもね、私たちのメールには既読は付いていないの」
「そんな」
「あの子がスマホを見ていたら既読になるでしょ? でも、居なくなったあの日からずっと連絡は取れないの。事件性が在れば警察もGPSから調べてくれると言っていたわ」
「じゃあ」
姉は首を横に振ると、事件性が無いと判断されその希望は叶わなかったことを告げた。
「でも、ありがとう。瑛の事を思ってくれて。何故、蒼井君の前に現われたのかは分からないけれど、少しでも瑛の事が知れて良かったわ」
ハンカチでそっと涙を拭う姿をただじっと見つめる。
グラスの氷が解け、コースターは水で濡れていた。
「瑛が居なくなった日の事、教えてもらってもいいですか」
「っ……ええ、蒼井君には聞いてもらわないといけないわね」
「ありがとうございます」
ふっと息を吐くと瑛の姉は、瑛が居なくなった日の話を話した。
「私達の会社の事はご存じだと思います。厳しい家庭環境の中、瑛は必死で両親の期待に応えようとしていました。でも、兄に敵わない自分に嫌気がさしたと前日、瑛は言ってたの」
「お兄さん?」
「ええ。私と瑛の兄は昔から優秀で、非の打ちどころがない人間でした。両親もそんな兄にしか期待はしておらず、瑛には厳しく当たっていたわ」
「そんな……」
「あの日、夕方に出会った瑛は少しだけ家出をすると言っていたの。近くの友人の所に行くと」
姉の話を聞いて驚いた。
行方不明と聞いていたが自ら居なくなったとは思ってなかったからだ。
「少し両親を困らせたかったのかもしれないわ。わざわざ書き置きまでして……人生に疲れたからしばらく戻らない、探さないでと」
「それなら友達の所に」
「最初は私もそう思っていたの。でも、夜になっても連絡が付かず瑛に電話をかけたわ。だけど、一向に連絡はなかった。瑛の友人たちにも話を聞いたけれど、皆そんな話は知らなかったみたい。あの子のよく行く場所、電車の職員、高校の近くの人にも沢山尋ねたけれど誰も知らなかった」
嗚咽を漏らす姉の姿に、俺もグッと涙を我慢した。
「両親も……あの子が書き置きをしていたものだから、公に知られるのを拒み、捜索も早々に打ち切って片付けたのよ」
「っ、じゃあ瑛は!」
「……誰かに自分の存在を知らせたかったのかも知れないわ」
「それが俺だった?」
「ええ。きっと」
「そんな」
「ありがとう、あの子を忘れないでいてくれて」
瑛の姉は感謝を告げる。
互いに作り話で無いことは真剣な眼差しを見れば明らかだった。
それに瑛の姉自身、きっともうこの世に居ないのではないかと、どこか思っているとのことだった。
「もし、もう一度瑛を見かけたら連絡を下さい。弟の姿がそこにあるという事実だけでも感じていたいから」
「はい、必ず」
「ありがとう。瑛も報われるわ……」
別れ際、個人の連絡先や住所が書かれた名刺をくれた。
家まで帰る道のりは、上を見上げていないと涙が零れ落ちそうだった。
電車に乗るたび、瑛を探す。
でもそこにはもういない。
