夕焼け電車の君と

 
 数回のコール音の後、少し懐かしい声がする。
「蓮~どうしたのあんたから電話してくるなんて珍しい」
「ごめん、姉ちゃんこんな時間に」
 流石に時差を考えて電話したが、快く電話に出てくれたことに内心は感謝していた。
「全然いいわよ。で、何があったの? 例の彼と進展した?」
「いや、そんなことはなくて、ちょっと聞いて欲しい」
 そう言うと俺は今まで瑛との出会いの話を姉に告げた。
 そして数カ月前から行方不明の事も。
「……不思議ね」
「不思議?」
「よっぽど瑛君は蓮に何かを伝えたかったんじゃないかな」
「……」
「てっきり、両想いになった報告かと思ったわ」
「っ」
「あら、図星?」
「……」
  姉が楽しそうに話す。
「でも、もう瑛はきっと……」
「そうね、それはわからないわ。でもそのままでいいの? 気持ち伝えないままで。きっと瑛君はあんたに気付いて欲しかったんだと思うわよ」
「そうだね」
「ふふふ。まあ、いいんじゃない? 好きになった子なら幽霊でもなんでも」
「姉ちゃん、酔ってる?」
「ん~たまにはこの時間から飲んでもいいじゃない」
「はあ……」
 この後は何を話したかよく覚えていない。
 でも、姉に相談して心が軽くなったのだけは覚えていた。

「瑛……幽霊でもいい。俺、もう一度会って、この気持ちを伝えたい」
 
 そして、次の日の放課後も青葉の校門の前に立った。 
 この日から青葉学園に足蹴く通い、以前に会った女子達から瑛の担任の先生を教えてもらった。
「あ、あの橘瑛君の担任の先生ですよね」
「そうですが」
「瑛君について教えて欲しくて」
「ごめんなさい、私は何も答えられないの」
「ご家族の方と連絡を取れませんか?」
「ご家族にも瑛君の事は何を聞かれても言わないようにと言われているの」
「っ……でも」
「これ以上聞くなら、君の高校に苦情を言うわよ」
「わかりました。すみません」
「ごめんなさい」
 なかなか出てこない担任を待ち構えてようやく見つけたが、これ以上何の情報も得ることは出来なかった。
 瑛の父親の企業にも連絡をしてみたが、門前払いをされた。
 大きすぎる豪邸にも足を運んだが、警備員に止められる。
 絶望の中、またしてもたどり着いたのは最初にここに来た時に入った青葉学園近くの喫茶店だった。
「いらっしゃいませ」
「あ、カフェラテ一つ」
「はい、あ、その制服前も来てくれた子だね」
「えっ、はい」
「うちは青葉の制服来た子ばかり来るからね~君みたいな子は珍しくて覚えちゃった」
「は、はあ……ありがとうございます」
「今日も浮かない顔をしているけれど、何か悩み事かね?」
「と、友達を探してて」
 ニコニコ笑う初老の優しそうなマスターに一か八か聞いてみることにした。
「もしかしたら、ここに通ってたかもしれませんが、橘瑛君を探してて」
「……君、橘君の知り合いなのかい?」
「知り合い……はい。俺、どうしても橘君に話したいことがあって」
「……そう」
「でも、誰に聞いても、瑛のことわからなくて」
「君は……瑛君を探してるの?」
「はい」
 俺はじっとマスターを見つめる。
「そう。……ちょっと待ってて」
 マスターがカウンターの奥に引っ込む。
 俺しか居ない店内ではお湯の音だけが鳴っていた。

「これ」
「っ……これ」
「彼の家族だよ。橘君のお姉さんはずっと彼を探しているんだよ」
 見せられたのは瑛を探しているというチラシ。
「どんな些細な情報でも欲しいと毎月チラシを持って来る。あの家族の中で、唯一橘君を探しているんだよ」
「これ、貰っても?」
「ああ。下にお姉さんの電話番号があるから一度連絡してみたらいい」
「あ、ありがとうございます!」
 帰り道の電車、鞄の中をそっと見る。
 そのチラシの瑛は眩しい笑顔で笑っていた。俺が出会った瑛と同じだ。
 そう言えば車内で瑛と姉の話をしたことがあるのを思い出した。
 姉はとても優しいと言っていた。その姉は瑛の事を探してるとマスターは言っていた。
 
 お姉さんも俺も……忘れてないよ瑛。

「あれ? 今日も遅いね」
「あ、最近学校で用事あって……」
「お疲れ様」
「はい、高田さんも」
「気を付けてね」
「はい。さよなら」
 降りる駅に到着するといつものように高田に話しかけられる。
 高田の言ったようにもう時刻は九時近くなっていた。
 最近青葉に何度も行ってたのでこの時間になることも珍しい事ではない。
「さよなら」
 早足で自宅へと戻る俺の背中を、高田が見つめていたことは気付いていなかった。
 
 時刻は二十二時。
 何度もチラシとディスプレイの番号を確認しながら、震える手で通話ボタンを押す。
「もしもし」
「も、もしもし……夜分にすみません」
「はい。どちらさまですか?」
 知らない番号からの電話に警戒しているのが分かる。
 呼吸を整え、拳を握る。
「あの、俺は蒼井と言います。橘君、瑛君のことでお話がしたくて」
「……瑛がどこにいるか知ってるの!?」
「いや、知りません。でも、その、信じられないかもしれませんが俺数か月前に瑛くんと会ってるんです」
「……どういうことですか」
「数か月前、毎日放課後に……電車で会ってたんです」
「冷やかしじゃないですよね?」
「ちがっ」
「ごめんなさい。疑ってる訳じゃないの」
「一度お話出来ませんか?」
「ええ、もちろん」
 こうしてドキドキが止まらない心臓を抑えながら、金曜に瑛の姉とあの喫茶店で落ち合う約束をした。
 信じてもらえる確証はなかった。

 それでも瑛の真実に近付けるかも知れないと、ほんの小さな希望が湧いていた。