夕焼け電車の君と

 次の日、加藤君に教室で話しかけた。
「加藤君」
「あ、蒼井君」
「昨日はありがとう」
「いや、無事帰れた?」
「ああ」
 休み時間なのに皆が固唾を飲んでいた。
 会話を少しでも聞こうと、静まり返る教室。
「そういえば、昨日家に帰ってから思い出したことあってさー、聞いてくれる?」
「もちろん」
「半年ぐらい前かな? 俺たまたまその日は遅刻して、学校へ向かう電車をベンチで待っていたら青葉の方向に向かう電車に、制服を来た男子が乗っていた」
「それって、どんな奴!」
「蒼井君みたいなイケメンだったよ。青葉の白い制服を着て、凄く綺麗な顔をしていたから記憶に残ってる」
「そ、それからは見たことは?」
「見かけたのはその一度きりだったね」
「そっか……ありがと」
 ちょうど予鈴のベルが鳴り、加藤君にお礼を伝えると席に戻った。
 多分加藤君が見たのは瑛だと思う。昨日の親子連れも半年前に瑛を見かけたことがあると言っていた。
 そんなことをぐるぐる考えていると、授業が終わっていたようで先生が教室から出ていった。
 
「あ、あの……」
「えっと、何?」
 休憩時間に恥ずかしそうに下を向きながら近付いてくるクラスメイトの女子達。
「あ、蒼井君さっき加藤君と話してるの聞いてて」
「え?」
「ぬ、盗み聞きとかじゃないからっ、その……」
「うん」
 ヘラリと笑うと目の前の女子が真っ赤になっていた。
 確か、名前は多田さんだったけ。
「大丈夫だよ、多田さん。どうしたの?」
「ヤバい、多田っち蒼井君に名前覚えてもらってる」
「ちょっと! 羨ましいんだけど?」
 多田さんの左右に居た女子が騒ぐ。
 静かな教室から視線を痛いほどに感じていた。
 少し苦笑いすると目の前の多田さんが顔を上げて俺を見つめる。
「え、えっとね。蒼井君が加藤君と話してた青葉の制服の男の子私も見かけたことがあって……」
「く、詳しく教えてくれる?」
「うん」
 そう言うと多田さんは半年前に終点のひとつ手前の駅で電車に座っている瑛を見かけた事があるらしい。
 でも、見かけたのはその一回きりで以降は全く見ていないとのことだった。
「そっか。ありがとう」
「いやいやそんな……凄く綺麗な男の子だったから覚えていて」
 多田さんはそう言うと、女子たちが沢山居る自分の席の方に帰って言った。
 加藤君と多田さんか瑛だと思われる人物を見かけたのは偶然にも半年前の同じ日。
 でも、俺が瑛に出会ったのはほんの二ヶ月ほど前だった。
 もしかしたら……瑛は終点の駅辺りに住んでいるのかもしれない。
 そうなるとやることは一つだ。幸い今日は金曜日だから、帰りが少し遅くなっても両親も気付かないはず。

 一刻も早く終点の駅を目指したかったので、正直放課後まで何の授業をしていたなんか全く覚えていなかった。
 こうしてホームルームの後、加藤君と多田さんに改めてお礼を伝えると急いで学校を後にした。

 目指すは終点の駅。
 いつもより遅い帰りを母親にメールするとホームで単線を待つ。
 錆びた鉄の匂い。生ぬるい風。いつもと変わらない光景だった。
 でも、少し前を向けた。

「次は終点~終点」
 思えば初めて聞くアナウンスが聞こえる。
 身支度を整えて電車を降りると運転手と目が合う。
「あれ? 珍しいね、こんなところまで」
「あ、っ……友達の家があって」
「そっか。遅くならないように気を付けてね。男の子と言えど最近は物騒だからね」
「は、はい」
 声をかけられ少し動揺していた。
 自分でも何故こんなに瑛に執着して、終点まで来たのか分からない。
 でも、何か瑛に繋がる手がかりがあればいいかと思い、衝動的に来たからだ。
「そうそう、向こうに美味しいカフェがあるからお勧めだよ」
「あ、ありがとうございます。行ってみます」
「うん」
 高田はニコリと笑うと、今来た線路を少し戻るように歩いた先にお勧めのカフェがあると教えてくれた。
 ……さて、行くか。
 俺は自分にエールを送りながら、終点の駅周辺をくまなく歩いた。
 
 終点の駅は静かだった。
 高田の言う通り、少し来た道を戻ればポツポツと住宅がありその一つにおしゃれなカフェがあった。
 店内は今までの道より少しにぎやかだが、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
 鼻腔をくすぐるコーヒーの香りに緊張していた心が少しホッとする。
 心地いい空間だった。
「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席におかけください」
 優しそうな女性の店主に声をかけられ窓際の席に座った。
 店内のBGMも心地よい音色で流れている。
 制服姿の男子高校生が夕方に一人はさぞかし変だろうが、店主も他のお客さんも気にすることなくカウンターに戻っていった。
 お客が一人、一人、と店を後にして気付けばこの空間には店主の女性と二人っきりになった。
 俺はダメもとで青葉の制服を来た学生を見たことないか尋ねると、長い間このあたりに住んでいるという女性は今まで青葉の学生を見たことは無いと言っていた。
 それに、このあたりはほとんど顔見知りでもしそんな目立つ制服を着ていたらすぐにどこの子だろうかと話題になると思うとのことだった。
 確かに、あの容姿と青葉の制服姿なら噂になるだろう。

 残念ながら、終点で瑛に関しては何も収穫を得ることが出来ず、俺は帰りの車内でぼんやりと暗闇を眺めていた。