「今日もいないか……」
電車に乗るたび瑛を探すけど、いつも瑛が座っていた席には誰もいない。
瑛を見なくなって一週間。そして約束の土曜日も過ぎていた。
何度もメールを送ったが返信はない。
スマホの通知も、あの微笑みも、届かない。
「何かあったのかな」
胸の奥に孤独が染み込む。
色付いていた世界はモノクロになり、音も光も匂いも、すべてが瑛の不在を告げるようだった。
風の冷たさ、座席の硬さ、遠くで鳴るベルの音— 五感すべてが、瑛を呼び寄せるかのようだ。
俺は絶望と希望が交錯する中で、胸が締め付けられていた。
何度思い返しても最後に会ったあの日、違和感は感じなかった。
車内でも何度も瑛とのメールを開くが一向に付かない既読。
そういえばあの時、一瞬曇った表情は何だったのか。
瑛との何気ない会話の履歴を見返すが、何が原因か俺にはさっぱり分からないかった。
もしかしたら何かあったのかもしれない。
そんな不安を感じていたその時、前の席に座っている子供が絵本を落とし足元近くまで転がって来る。
俺は本を拾うと小さな女の子に差し出した。
「あら、すいません」
「いえ。はいどうぞ」
「お兄ちゃん、ごめんなしゃい」
「ふふふ、よかったわね」
嬉しそうな母親と小さな女の子か恥ずかしそうにもじもじしているのを見て、俺の頭にはハテナマークが浮かんでいた。
母親はクスリと笑いながら女の子を見る。
「この子あなたのファンなのよ。いつもカッコイイお兄さんがいるって帰り道話してるのよ」
「もう! ママっ、ダメ」
「えっ、あ、ありがとうございます」
女の子に目線を合わすとありがとうと微笑んだ。
「あら、よかったわね~」
「もうっ」
「ふふふ。パパがやきもち妬いちゃうわ」
「パパもカッコイイよ」
「そうね」
微笑ましい親子の会話を聞きながらよく見ると、この親子は瑛と並んで車内にいる時に向いに何度か座っていたことを思い出した。
「でも、今日は何だか少し難しい顔していたのね」
「え?」
「だって、あなたいつもスマホを見てにこにこしていたから」
「そ、うですか」
「うん、お兄ちゃんいつもニコニコしててかっこいい」
「それに、誰もいないのに横をちょくちょく見てたでしょ?」
「え……誰もいない?」
「ええ。貴方はスマホを見てニコニコ笑ってて、時々隣を見ていたわよ。帰り道にこの子があのお兄ちゃんなんだか楽しそうだったねって言ってたのよ」
「……俺以外は居なかったんですか?」
「ええ。ねえ?」
「うん! いつもママと二人だったこの少し怖い電車も、お兄ちゃんもいたから怖くなかったもん」
「そうね。あら? そろそろ降りないと」
そう言うと婦人と小さい女の子は手を繋ぎ、バイバイと俺に手を振り別れた。
「あの人達が嘘を付いている? だって、毎回会うときは、瑛も隣にいたはず……」
独り言を呟きながら、ひんやりと背筋に冷たいものを感じる。
今日は降りる駅までのアナウンスがずいぶん長く感じた。
夜、何故瑛は俺以外に見えていなかったのかベッドの中で考えた。
でも、確かにメールのやり取りの記録はある。
仮に幽霊だとしたらメールなんて出来ないはず。
瑛は一体何者なのか。それにこつぜんと何故居なくなったのか。
何度考えても答えは出なかった。
だけど、このまま瑛と会えなくなることなんて望んでいなかった俺は、気付けば瑛の事をもっと知りたいと思っていた。
次の日の放課後。
またあの親子連れに会った。
「あら、また会ったわね」
「こんにちは」
「お兄ちゃん、こんにちわ」
「隣いいですか?」
「ええ、どうぞ」
早鐘を打つ心臓を抑えながら、親子連れにこの電車で自分以外の学生を見たことがあるか聞いた。
「ん~無いわね」
「あ、一回だけ白い制服のお兄ちゃん見たことある」
「え? そんなはずないわよ」
「だって、改札出るとき振り返ったら反対側のホームにいたもん」
「半年も前の話だし、私は見てないんですけどね」
「そうですか」
「カッコイイお兄ちゃんだった」
「また、この子は」
「はははは」
親子が降りる駅まで見送ると俺はじっと考えていた。
いつも瑛は……俺の降りる先の駅まで乗ると言っていた。
あの子が半年前に瑛を見かけたのは反対側のホーム。
つまり、俺の降りる駅よりもっと先の駅に住んでいる瑛はそこから青葉に通っているという事になるよな。
何もわからないけど今日はこの先の駅を目指してみようと想い、自身の降りる駅を通り過ぎ、次の駅に降り立った。
「何気に始めて来たかも」
周りをキョロキョロ見渡せば、人はまばらだが夕方でも賑わっている。
そう言えば最近新しい住宅が沢山あると夕食の際母親が言ってた。
「次に電車が来るのは、一時間後か」
時刻を確認するともしかして次の電車に瑛が乗っているかもしれないという淡い期待を胸に抱きながら周囲を散策した。
「あ、蒼井君?」
「え……加藤君」
思ってもみなかったクラスメイトに声をかけられて驚く。
「蒼井君もこの辺なの?」
「いや、俺はもう一つ前の駅で本当は降りるんだけど、加藤君はこの辺り?」
「うん。最近引っ越したんだよね~」
「そっか」
「前は青葉の近くに住んでいたから、ここは結構静かで気に入ってる。じゃあ、また」
「あ、加藤君!」
若干声が上ずってしまったようにも感じたが、気にせず俺は続けた。
「この駅で、青葉の制服来た男子見たことない?」
「ん~青葉の学生服なら目立つからなあ。ごめん、見たこと無いかも」
「そっか、ありがとう」
「ここから青葉ってかなり遠いしね。俺も一年の時は通学大変だったからさ~」
「だよね」
確かに俺らの高校からでも青葉まで行こうと思うと一時間は電車に揺られる。
加藤君が思わず顔をしかめながら言うから、少し笑ってしまった。
「ごめん、変なこと聞いて」
「いや、全然いいよ」
「ありがとうな」
「うん、じゃあまた明日な~」
加藤君はそう言うと、手を振って新しい住宅街の方に歩いて行った。
三年になってちゃんと初めて話したけど、いい奴だった。
収穫はあまりなかったけど、この駅には瑛は居ない予感がしていた。
俺は引き返すため反対側のホームのベンチに座ると、ぼんやりと下を向いて考えていた。
家に帰ると珍しく母親がいた。
そう言えば、いつもより帰りがずいぶん遅くなっていたことに気付く。
「遅かったわね」
「あ、友達と遊んでた」
「そう。ご飯は?」
「いる」
嘘をつきつつ、当たり障りなく返事を適当に済ませると自室へと逃げていった。
周りに友人が沢山居た中学生の時から随分雰囲気が変わった息子を母は心配していたようで、友人と遊んできたという知らせにホッとしていたことなんて思ってもみなかった。
「友達か……終点まであと二駅。明日はもう一つ進んでみよう」
俺はこんな決心をしながら眠りについた。
電車に乗るたび瑛を探すけど、いつも瑛が座っていた席には誰もいない。
瑛を見なくなって一週間。そして約束の土曜日も過ぎていた。
何度もメールを送ったが返信はない。
スマホの通知も、あの微笑みも、届かない。
「何かあったのかな」
胸の奥に孤独が染み込む。
色付いていた世界はモノクロになり、音も光も匂いも、すべてが瑛の不在を告げるようだった。
風の冷たさ、座席の硬さ、遠くで鳴るベルの音— 五感すべてが、瑛を呼び寄せるかのようだ。
俺は絶望と希望が交錯する中で、胸が締め付けられていた。
何度思い返しても最後に会ったあの日、違和感は感じなかった。
車内でも何度も瑛とのメールを開くが一向に付かない既読。
そういえばあの時、一瞬曇った表情は何だったのか。
瑛との何気ない会話の履歴を見返すが、何が原因か俺にはさっぱり分からないかった。
もしかしたら何かあったのかもしれない。
そんな不安を感じていたその時、前の席に座っている子供が絵本を落とし足元近くまで転がって来る。
俺は本を拾うと小さな女の子に差し出した。
「あら、すいません」
「いえ。はいどうぞ」
「お兄ちゃん、ごめんなしゃい」
「ふふふ、よかったわね」
嬉しそうな母親と小さな女の子か恥ずかしそうにもじもじしているのを見て、俺の頭にはハテナマークが浮かんでいた。
母親はクスリと笑いながら女の子を見る。
「この子あなたのファンなのよ。いつもカッコイイお兄さんがいるって帰り道話してるのよ」
「もう! ママっ、ダメ」
「えっ、あ、ありがとうございます」
女の子に目線を合わすとありがとうと微笑んだ。
「あら、よかったわね~」
「もうっ」
「ふふふ。パパがやきもち妬いちゃうわ」
「パパもカッコイイよ」
「そうね」
微笑ましい親子の会話を聞きながらよく見ると、この親子は瑛と並んで車内にいる時に向いに何度か座っていたことを思い出した。
「でも、今日は何だか少し難しい顔していたのね」
「え?」
「だって、あなたいつもスマホを見てにこにこしていたから」
「そ、うですか」
「うん、お兄ちゃんいつもニコニコしててかっこいい」
「それに、誰もいないのに横をちょくちょく見てたでしょ?」
「え……誰もいない?」
「ええ。貴方はスマホを見てニコニコ笑ってて、時々隣を見ていたわよ。帰り道にこの子があのお兄ちゃんなんだか楽しそうだったねって言ってたのよ」
「……俺以外は居なかったんですか?」
「ええ。ねえ?」
「うん! いつもママと二人だったこの少し怖い電車も、お兄ちゃんもいたから怖くなかったもん」
「そうね。あら? そろそろ降りないと」
そう言うと婦人と小さい女の子は手を繋ぎ、バイバイと俺に手を振り別れた。
「あの人達が嘘を付いている? だって、毎回会うときは、瑛も隣にいたはず……」
独り言を呟きながら、ひんやりと背筋に冷たいものを感じる。
今日は降りる駅までのアナウンスがずいぶん長く感じた。
夜、何故瑛は俺以外に見えていなかったのかベッドの中で考えた。
でも、確かにメールのやり取りの記録はある。
仮に幽霊だとしたらメールなんて出来ないはず。
瑛は一体何者なのか。それにこつぜんと何故居なくなったのか。
何度考えても答えは出なかった。
だけど、このまま瑛と会えなくなることなんて望んでいなかった俺は、気付けば瑛の事をもっと知りたいと思っていた。
次の日の放課後。
またあの親子連れに会った。
「あら、また会ったわね」
「こんにちは」
「お兄ちゃん、こんにちわ」
「隣いいですか?」
「ええ、どうぞ」
早鐘を打つ心臓を抑えながら、親子連れにこの電車で自分以外の学生を見たことがあるか聞いた。
「ん~無いわね」
「あ、一回だけ白い制服のお兄ちゃん見たことある」
「え? そんなはずないわよ」
「だって、改札出るとき振り返ったら反対側のホームにいたもん」
「半年も前の話だし、私は見てないんですけどね」
「そうですか」
「カッコイイお兄ちゃんだった」
「また、この子は」
「はははは」
親子が降りる駅まで見送ると俺はじっと考えていた。
いつも瑛は……俺の降りる先の駅まで乗ると言っていた。
あの子が半年前に瑛を見かけたのは反対側のホーム。
つまり、俺の降りる駅よりもっと先の駅に住んでいる瑛はそこから青葉に通っているという事になるよな。
何もわからないけど今日はこの先の駅を目指してみようと想い、自身の降りる駅を通り過ぎ、次の駅に降り立った。
「何気に始めて来たかも」
周りをキョロキョロ見渡せば、人はまばらだが夕方でも賑わっている。
そう言えば最近新しい住宅が沢山あると夕食の際母親が言ってた。
「次に電車が来るのは、一時間後か」
時刻を確認するともしかして次の電車に瑛が乗っているかもしれないという淡い期待を胸に抱きながら周囲を散策した。
「あ、蒼井君?」
「え……加藤君」
思ってもみなかったクラスメイトに声をかけられて驚く。
「蒼井君もこの辺なの?」
「いや、俺はもう一つ前の駅で本当は降りるんだけど、加藤君はこの辺り?」
「うん。最近引っ越したんだよね~」
「そっか」
「前は青葉の近くに住んでいたから、ここは結構静かで気に入ってる。じゃあ、また」
「あ、加藤君!」
若干声が上ずってしまったようにも感じたが、気にせず俺は続けた。
「この駅で、青葉の制服来た男子見たことない?」
「ん~青葉の学生服なら目立つからなあ。ごめん、見たこと無いかも」
「そっか、ありがとう」
「ここから青葉ってかなり遠いしね。俺も一年の時は通学大変だったからさ~」
「だよね」
確かに俺らの高校からでも青葉まで行こうと思うと一時間は電車に揺られる。
加藤君が思わず顔をしかめながら言うから、少し笑ってしまった。
「ごめん、変なこと聞いて」
「いや、全然いいよ」
「ありがとうな」
「うん、じゃあまた明日な~」
加藤君はそう言うと、手を振って新しい住宅街の方に歩いて行った。
三年になってちゃんと初めて話したけど、いい奴だった。
収穫はあまりなかったけど、この駅には瑛は居ない予感がしていた。
俺は引き返すため反対側のホームのベンチに座ると、ぼんやりと下を向いて考えていた。
家に帰ると珍しく母親がいた。
そう言えば、いつもより帰りがずいぶん遅くなっていたことに気付く。
「遅かったわね」
「あ、友達と遊んでた」
「そう。ご飯は?」
「いる」
嘘をつきつつ、当たり障りなく返事を適当に済ませると自室へと逃げていった。
周りに友人が沢山居た中学生の時から随分雰囲気が変わった息子を母は心配していたようで、友人と遊んできたという知らせにホッとしていたことなんて思ってもみなかった。
「友達か……終点まであと二駅。明日はもう一つ進んでみよう」
俺はこんな決心をしながら眠りについた。
