放課後。今日も、今日とて瑛の隣に腰掛ける。
出会ってからまだ数週間だが随分仲良くなったように感じている。
瑛とは同い年で話も合う。同年代より大人びている印象だが、とてもいい奴だ。
それに、笑う瑛の顔を見ると毎回心臓がうるさかった。
「お疲れ」
『おつかれさま』
「やっと金曜だ。嬉しいぜ」
『……ホントだね』
「あれ? 瑛は……そっか学校好きだもんな」
『まあね』
「でも最近は俺も瑛と会えるのが楽しみで、前ほど学校辛くないよ」
『ほんと? 嬉しいな。僕も蓮君と会えるの毎日楽しみにしてる』
嬉しそうに微笑む瑛を見るとドキリと心臓が跳ね、わずかに体温が熱くなるのを感じる。
そんな事を誤魔化すように下を向いて文字を打つ。
「瑛さえよければ今度、遊ばない?」
悩みながら文章を瑛に送る。
じっとスマホを見つめる瑛の反応が怖くて、俺は画面を見つめたまま顔を上げられないでいた。
―― 長い沈黙。実際にほんの数分だったが俺にはとても長い時間に感じた。
『もちろん』
ホッと息を吐いた。
その瞬間、瑛は笑っていた。でも、その笑顔はどこか引きつっているようにも感じ少しの違和感を覚えた。
「じゃあ、来週の土曜は?」
俺は気付かないふりをしながら、メールを打つ。
『うん、多分大丈夫だよ』
「ホントは明日の土曜日に遊びたかったけど」
『明日は何かあるの?』
「今日から姉が帰ってくるんだ」
『蓮君、お姉さんいるんだね』
「ああ、口うるせーけどな。瑛は兄弟いないの?」
『僕も姉が一人いるよ。とても優しいんだ』
「マジ? 優しい姉とか俺、全く想像できないんだけど」
『ふふふふ、女性は怒らすと、優しくても怖いけどね』
「まあ、確かに……」
同じ家族構成だと知れて、どことなく親近感がわく。
『蓮君はお姉さんと仲いいの?』
「どうだろ。でも、理解者ではある」
『そっか~』
「どうしたの?」
『お姉ちゃんに会いたくなちゃった』
「そっか」
瑛も俺と同じで姉が家を出ているのかな。少し表情が曇る。
きっと仲良しなんだろう。
「俺も久々に姉に会うよ」
『遠くに居るの?』
「うん。海外に行ってるんだ」
『凄いね』
「羨ましいよ、やりたいこと出来て」
『蓮君はやりたいことあるの?』
「ん~」
そう言ったもののこれと言ってやりたいことなんてない俺は頭を抱えていた。
『これから見つけたらいいよ』
「そうだな。瑛はやりたいことあるの?」
『うん、沢山あるよ。自由に生きたいし、恋もしたい』
「そっか」
『でも、叶わないんだ』
「そんなことない! 瑛ならきっと可愛い彼女も出来る」
『あ、ありがとう……蓮君もきっとすぐに彼女の一人や二人……』
「多分一生できないから、大丈夫」
『そっか』
いつかきっと瑛の隣には可愛い彼女が出来るだろう。
でも、それまで少しだけ傍にいたいと願ってしまった。
もう深く人と関わらないって決めていたのに。
だけどこの時、瑛がなんとも言えない表情で俺を見ていたことには気付いていなかった。
こうして遊びに行く約束をした日までの数日間、瑛との電車でのメールは続く。
「瑛はいつからこの電車に乗ってるの?」
『三年になってから。蓮君の事は一度見かけたことがあるよ』
「マジ?」
『やたらカッコイイ奴がいるなと思って』
「ありがとう。よく言われる」
『……ウザッ』
「冗談だって。瑛も可愛いから初めてみた時驚いた」
『可愛いって、それ褒めてる?』
「褒めてる褒めてる」
にやけ顔でスマホを打つ俺を不思議そうな顔で、前に座っている婦人と小さな女の子が見ていた。
いつもは瑛と二人っきりの車内で、珍しいお客様だった。
『今日は風が強いね。もうすぐ雨が降りそう』
「そう? まだ快晴だけど」
『雨の匂いがする』
「瑛は敏感なんだな」
『そうかもね』
蓮は顔を上げるが窓の外は雨なんて振りそうな気配もない。
「そう言えば最近も自販機うるさいの?」
『うるさいよ。ほんと毎日嫌になっちゃう』
「家の隣にあったら気になるものなのかな」
『きっとなるよ』
以前、瑛が自販機と虫の音が夜になると気になると言ってた。
そんな事気にしたことも無かったので瑛は敏感なんだと思い込んでいた。
「あ、そう言えば最近俺も猫が家の近くに来た」
『ホント? 可愛いよね~』
「瑛のところは黒猫だっけ」
「うん。でも気まぐれだからすぐにどっか行っちゃう」
『猫だしな』
「せっかくの話し相手なのに」
瑛の打つ文字の一つ一つが胸にふわりと刺さる。手を伸ばせば直ぐ触れられそうなのに触れられない距離だった。でも心は、少しずつ近づいていく。
孤独だった世界に、瑛の存在だけが光を差しているみたいだった。
教室では感じたことのない高揚感が胸を満たしていく。
「あ、そろそろ降りないと」
『うん、またね』
「またな」
瑛の乗った電車を見送り、空を見上げると不思議なことにぽつぽつと雨が降りはじめていた。
そして、今から終点の方向に向かう電車は真っ暗な雲で覆われていた。
次の日の放課後、いつものように瑛と並んで座る。
『今日は学校どうだった?』
「普通」
『普通って』
「瑛と同じ学校だったら楽しかったかも」
『ホント? でも僕も蓮君と一緒ならもっと楽しかっただろうな』
「嬉しいわ」
瑛の微笑む美しい横顔。胸が高鳴る俺は誤魔化すように窓の外をじっと見た。
「眩しい……」
『夕日はいつも眩しいね。僕も毎日窓から見てる』
「うわ、ちょっと俺、目開けられないかも」
夕日を直視してしまい、目をつぶりながら下を向いた。
「瑛は大丈夫?」
『うん。僕は夕日を見てると、生きてるって感じるんだ」
「……?」
『あ、そろそろ降りる駅だよ?』
「やべっ、またな」
車内アナウンスが流れる。俺はいつものように慌てて鞄にスマホをしまい、鞄を抱えたまま今にも閉まりそうなドアから外に出た。
「ギリギリに降りるのは危ないから気を付けてね!」
「っ、すいません」
「ふふふ、いいよ。また明日ね」
「はい!」
運転手の高田に言われながら、ふっと車内を見た俺は瑛が今まで見たことなのないような形相でこちらを見ているのに気付いた。
「どうしたんだろ? まあ、明日聞けばいいか……」
でも、この日を境にパタリと瑛の姿は見えなくなった。
