終点の先まで

 
 放課後、蓮はいつもと同じ車両に乗る。
 二両編成の列車の定位置を目指す。
 
 眩しいぐらいの夕日に目を細めながらホームに到着した電車に乗り込むと、窓際の席に学生がいた。
 蓮は初めて自分以外の学生をこの時間に見かけて、少し戸惑った。
 揺れる座席、油の匂い、エンジンの微かな振動……いつも通り変わらない。
 でも、視界の端には彼が見える。
 美しい横顔、肩のライン、髪の先がふわりと揺れる。
 夕日で照らされたオレンジに塗りつぶされた車内はどこか現実味が無く、まるでそこだけが切り離されたような時間のよう
だ。
 ふと蓮と彼の視線が交わる時、彼はハッと目を見開いたような表情をした。
 まるで……見つかってはいけないものを見られたみたいに。

 その瞬間、車掌の声がする。
 それは蓮が降りる駅のアナウンス。
 終点まで後三駅。彼はまだ降りる気配はない。
 蓮は身支度を整えると、ホームに降り立った。

「今まであんな奴見かけたことなかったけど? 一体、誰なんだろう……」
 自然と出たその言葉は、夕方の風にそっと消えて行った。


 そして次の日の放課後、またしても同じ席に彼は乗っていた。
 夕日に照らされ変わらず美しく儚げな横顔。
 そして蓮が降りる直前で目が合う。
 こんな日々を一週間程過ごしたある日、蓮は初めて彼の隣に腰かけた。

「……あのさ、その制服って青葉(あおば)の?」
 蓮が小さく囁くと、彼は少し驚いた表情をしながら頷いた。
「そっかー頭いいんだ。あ、俺は蒼井蓮って言います。乗ってきた駅の公立に行ってるんだ。最近よく見かけてて気になってた。よろしく」 
 蓮は少し早口で自己紹介をする。心臓はバクバクだった。
 そんな蓮をふっと見て彼は困ったように笑いながら『俺は橘 瑛(たちばなえい)です』とスマホを出し、画面に文字を打ち込んだ。
「?」
 不思議そうな蓮を見て、彼はすぐさま文字を打ち込む。
『僕、話せないんだ。ごめんね。でも声かけてくれて嬉しい! よろしくね』
「そっか。じゃあ、俺も文字で打つ」
『ホント? ありがとう』
 二人はスマホを出し、そっと画面を重ねる。

「よろしく」
『よろしくお願いします』
 瑛から蓮に変なネコのスタンプと共に送られてきた文字。
 
 その瞬間、車内のアナウンスが流れる。
 次は——終点から三つ前の駅。
 蓮の降りる駅だ。
 蓮は慌てて鞄にスマホを入れる。そして閉まるドアの外から瑛にそっと手を振った。
 儚げに微笑む瑛に見送られ、蓮の胸は自然と高鳴り初めていつもと違う帰り道を歩いたような気がしていた。
 。     

 こうして、この日を境に蓮は必ず瑛の隣に座ると、降りる数駅前まで互いにメールでやり取りをしていた。
 
 文字でやり取りをする瑛と蓮。
 だけどそんな不便さも瑛と蓮にとっては楽しみの一つになっていた。