【瑛side】
目を覚ましたとき、最初に思ったのは……静かすぎるだった。
機械の規則的な音と白い天井が見え、消毒液の匂いがやけに鼻についた。
「……ここは」
声に出してみると自分の声なのに初めて聞くような、どこか他人みたいに聞こえた。
すぐに、ドアが開く音がした。
「瑛、起きたのね」
姉さんの声だった。
その顔を見た瞬間ホッと安心した。ちゃんと、わかる。
「大丈夫? わかる?」
「……うん。大丈夫。色々迷惑かけてごめん」
「瑛が無事ならそれでいいの」
僕は何で病院にいるんだっけ? 確か……あれ、どこかに居たような。警察に事情を話したけど、内容は何だった?
思い出そうとすると呼吸が苦しくなる。
「瑛! 瑛? 息苦しいの?」
「だ、大丈夫……」
それに、さっきから大切な人を思い出そうとしているのに思い出せない。
僕は何でここに居るの?
姉さんは急いでナースコールを押した。
僕、何か大切な……大事なものを忘れている気がする。
「どうしたの?」
「……いや」
言いかけてたけどやめた。うまく言葉にできないけど、形のない違和感がずっと喉の奥に引っかかっているみたいだ。
姉さんは少しだけ視線を逸らしてから、柔らかく笑った。
「瑛、無理に思い出さなくていいからね」
「……うん」
慌ててきた病院の先生も同じことを言っていた。
無理に思い出さなくていい……一体何を? 僕は何をして病院に来たんだろう。
皆にそう言われ度になぜか胸がざわついた。
「思い出さなくていい」 その言葉が、妙に胸に重く響く。
まるで、「思い出したらいけないもの」があるみたいだった。
一週間ほど入院したある日、ドアをノックして入ってくるカッコイイ男の子がいた。
学校の知り合いなら覚えているはず……
瑛と名前を呼ばれ驚いたが、僕はこのイケメンと知り合いなのか。
思い出そうとした時、姉さんがその男子とカーテンの向こう側で話し出した。
途端に呼吸が苦しくなった。
思い出そうとすればするほど、心が、身体が拒絶しているようだった。
「瑛、大丈夫?」
「う、うん……今の人って」
「あ、私の友人よ。お見舞いに来てくれたんだけどまた出直すって」
「そう……」
一瞬僕を見た時に嬉しそうに笑った顔が脳裏に張り付いていた。
また、来てくれるのかな?
そんな期待をしていたがそれ以降その彼を見ることは無かった。
数日後、退院して家に戻った。
見慣れたはずの部屋なのにどこか他人の部屋みたいに感じていた。
机の上に置かれたスマホを手に取る。
画面を開くと記憶にある名前ばかりだ。
でも――知らない名前が並んでいた。 ひとつだけ、妙に目に引っかかる連絡先があった。
蒼井連……名前を見た瞬間、心臓が変な音を立てる。
「でも……誰だっけ」
思い出せない。それなのに指が勝手にその名前をなぞる。
メッセージの画面を開こうとして、指が止まる。
理由はわからないが、結局開けずにそのまま画面を閉じた。
その夜、慣れたはずの自宅のベッドはなかなか眠れなかった。
目を閉じると、記憶の断片みたいなものが浮かぶ。
知らない景色、猫の鳴き声。知らない声がたくさん。
でも、ひとつだけ―― 「良かった……瑛」と耳の奥に残っていた。
その声は少し低くて、少しだけ震えていた。
でもどうしてかその声を思い出そうとすると、胸が締めつけられるみたいだった。
「……誰」
ぽつりと呟いてみても、答えは返ってくるはずもなくただ、苦しいだけだった。
その日から、何度か同じ夢を見た。
手を伸ばしてくる誰か。
掴みそうなのに掴めない距離。
僕も必死に何かを言っているのに、相手に音が聞こえない。
顔も見えない。それなのに――その人を思うとどうしてか、泣きそうになる。
目が覚めるたびに、胸の奥に何かが残ったままだった。
形はないけど重たい何か。
「……なんなんだろう。これは」
どうして、こんなに――大切なものを失くしたみたいな気がするんだろう。
退院後、受験まで自宅で暮らしていたが隣の県にマンションを借りて姉さんと一緒に住んだ。腫物を扱うかの両親の態度に心底嫌気がさしていたので、姉さんと暮らせるのは夢みたいだった。生活にも慣れ、大学生活も楽しんでいた。
そんなある日人混みの中で、ふと足が止まった。
理由はわからないけど、ただ視線が勝手に動いた。
まるで誰かを探すみたいに。
「……?」
自分でも意味がわからなくて、眉をひそめるけれどそこには、誰もいない。
それでも、胸がざわついて仕方なかった。
今、確かに――大切な何かが居た気がした。
「……気のせいかな」
そう自分に言い聞かせると歩き出すが、足取りはどこか落ち着かなかった。
まるで何かを忘れて置いてきたみたいな感覚があの日からずっと付きまとっていた。
その日の夜、ふとスマホに手を伸ばす。
あの連絡先が頭から離れない。
開けないまま、何度も画面をつけては消す。
「……なんで開けないの」
わからなかった。
でもそれに触れたら、今の自分から戻れなくなる気がした。
それでも、指が震えながら動く。蒼井連の名前をタップする寸前で、止まる。
そのとき、不意に胸の奥が軋んだ。
痛い! とはっきり思った。
理由もないのに、涙が自然と溢れる。
「……なんでだよ」
答えは分からなかった。
それでも、もっと曖昧でもっと消えないものが記憶じゃなくて残っていた。
「……会いたい、って……誰に?」
自分でも理解できないまま言葉だけがこぼれた。
目を覚ましたとき、最初に思ったのは……静かすぎるだった。
機械の規則的な音と白い天井が見え、消毒液の匂いがやけに鼻についた。
「……ここは」
声に出してみると自分の声なのに初めて聞くような、どこか他人みたいに聞こえた。
すぐに、ドアが開く音がした。
「瑛、起きたのね」
姉さんの声だった。
その顔を見た瞬間ホッと安心した。ちゃんと、わかる。
「大丈夫? わかる?」
「……うん。大丈夫。色々迷惑かけてごめん」
「瑛が無事ならそれでいいの」
僕は何で病院にいるんだっけ? 確か……あれ、どこかに居たような。警察に事情を話したけど、内容は何だった?
思い出そうとすると呼吸が苦しくなる。
「瑛! 瑛? 息苦しいの?」
「だ、大丈夫……」
それに、さっきから大切な人を思い出そうとしているのに思い出せない。
僕は何でここに居るの?
姉さんは急いでナースコールを押した。
僕、何か大切な……大事なものを忘れている気がする。
「どうしたの?」
「……いや」
言いかけてたけどやめた。うまく言葉にできないけど、形のない違和感がずっと喉の奥に引っかかっているみたいだ。
姉さんは少しだけ視線を逸らしてから、柔らかく笑った。
「瑛、無理に思い出さなくていいからね」
「……うん」
慌ててきた病院の先生も同じことを言っていた。
無理に思い出さなくていい……一体何を? 僕は何をして病院に来たんだろう。
皆にそう言われ度になぜか胸がざわついた。
「思い出さなくていい」 その言葉が、妙に胸に重く響く。
まるで、「思い出したらいけないもの」があるみたいだった。
一週間ほど入院したある日、ドアをノックして入ってくるカッコイイ男の子がいた。
学校の知り合いなら覚えているはず……
瑛と名前を呼ばれ驚いたが、僕はこのイケメンと知り合いなのか。
思い出そうとした時、姉さんがその男子とカーテンの向こう側で話し出した。
途端に呼吸が苦しくなった。
思い出そうとすればするほど、心が、身体が拒絶しているようだった。
「瑛、大丈夫?」
「う、うん……今の人って」
「あ、私の友人よ。お見舞いに来てくれたんだけどまた出直すって」
「そう……」
一瞬僕を見た時に嬉しそうに笑った顔が脳裏に張り付いていた。
また、来てくれるのかな?
そんな期待をしていたがそれ以降その彼を見ることは無かった。
数日後、退院して家に戻った。
見慣れたはずの部屋なのにどこか他人の部屋みたいに感じていた。
机の上に置かれたスマホを手に取る。
画面を開くと記憶にある名前ばかりだ。
でも――知らない名前が並んでいた。 ひとつだけ、妙に目に引っかかる連絡先があった。
蒼井連……名前を見た瞬間、心臓が変な音を立てる。
「でも……誰だっけ」
思い出せない。それなのに指が勝手にその名前をなぞる。
メッセージの画面を開こうとして、指が止まる。
理由はわからないが、結局開けずにそのまま画面を閉じた。
その夜、慣れたはずの自宅のベッドはなかなか眠れなかった。
目を閉じると、記憶の断片みたいなものが浮かぶ。
知らない景色、猫の鳴き声。知らない声がたくさん。
でも、ひとつだけ―― 「良かった……瑛」と耳の奥に残っていた。
その声は少し低くて、少しだけ震えていた。
でもどうしてかその声を思い出そうとすると、胸が締めつけられるみたいだった。
「……誰」
ぽつりと呟いてみても、答えは返ってくるはずもなくただ、苦しいだけだった。
その日から、何度か同じ夢を見た。
手を伸ばしてくる誰か。
掴みそうなのに掴めない距離。
僕も必死に何かを言っているのに、相手に音が聞こえない。
顔も見えない。それなのに――その人を思うとどうしてか、泣きそうになる。
目が覚めるたびに、胸の奥に何かが残ったままだった。
形はないけど重たい何か。
「……なんなんだろう。これは」
どうして、こんなに――大切なものを失くしたみたいな気がするんだろう。
退院後、受験まで自宅で暮らしていたが隣の県にマンションを借りて姉さんと一緒に住んだ。腫物を扱うかの両親の態度に心底嫌気がさしていたので、姉さんと暮らせるのは夢みたいだった。生活にも慣れ、大学生活も楽しんでいた。
そんなある日人混みの中で、ふと足が止まった。
理由はわからないけど、ただ視線が勝手に動いた。
まるで誰かを探すみたいに。
「……?」
自分でも意味がわからなくて、眉をひそめるけれどそこには、誰もいない。
それでも、胸がざわついて仕方なかった。
今、確かに――大切な何かが居た気がした。
「……気のせいかな」
そう自分に言い聞かせると歩き出すが、足取りはどこか落ち着かなかった。
まるで何かを忘れて置いてきたみたいな感覚があの日からずっと付きまとっていた。
その日の夜、ふとスマホに手を伸ばす。
あの連絡先が頭から離れない。
開けないまま、何度も画面をつけては消す。
「……なんで開けないの」
わからなかった。
でもそれに触れたら、今の自分から戻れなくなる気がした。
それでも、指が震えながら動く。蒼井連の名前をタップする寸前で、止まる。
そのとき、不意に胸の奥が軋んだ。
痛い! とはっきり思った。
理由もないのに、涙が自然と溢れる。
「……なんでだよ」
答えは分からなかった。
それでも、もっと曖昧でもっと消えないものが記憶じゃなくて残っていた。
「……会いたい、って……誰に?」
自分でも理解できないまま言葉だけがこぼれた。
