一週間後、俺は瑛の入院している病院に行った。
警察の話では瑛の記憶が曖昧になっているとのことだったから、会うのが正直怖かった。
緊張の面持ちで病室のドアをノックする。
瑛は、あの時より少し血色がいいように思えた。でも、最後まで蓮の名前を呼ばなかった。
目の前にいるのに、視線が合っても、どこか遠くを見ているみたいで……触れれば届く距離なのに、まるで知らない他人の目をしていた。
「……誰ですか?」
その一言で、全部が崩れた。
心のどこかでわかっていたはずなのに……覚悟もしていたはずなのに。
それでも、胸の奥が、ぐしゃぐしゃに引き裂かれるみたいだった。
喉の奥が詰まって、うまく息ができない。
「お、おれは……」
そのとき、背後から静かな声が落ちた。
「ごめんね。今はそっとしておいてあげて欲しいの」
振り返ると、瑛の姉が立っていた。
「この子、無理に思い出そうとすると、壊れるの。あの場所で何があったのかは瑛以外分からない」
「……」
「自分を守るために記憶に蓋をしたとお医者さんは言ってたの。両親も今回の事は公にしたくないみたいだから、瑛が退院出来たら私と瑛は違う土地に移り住むつもりをしてるのよ……」
「……そうですか」
「辛い思いをしたからこそ、新しい環境に身を置く方がいいと言われちゃった」
瑛の姉はそう言うと泣きながら俺に深々と頭を下げた。
「蒼井君には感謝してもしきれない。あなたが居なかったら今頃……」
「顔を上げてください」
「ごめんなさい……でももう、このまま忘れさせてあげて欲しい」
心の底から優しい声だった。
それでも、その言葉は俺にとって残酷すぎた。
忘れろ、って。今までの全部を、なかったことにしろって。
「そんなの……」
無理に決まってるだろ、って言いかけて―― 言えなかった。
ベッドの上の瑛が、小さく眉を寄せていた。
何かに怯えるみたいに、苦しそうに息をしていた。
俺を見て思い出そうとしてるんだと、すぐにわかった。
――俺との記憶を。
そのたびに、こんな顔をさせるのかと思ったら。
「……っ」
もう何も言えなくなった。
グッと拳を握る。爪が食い込んで、痛いはずなのに、何も感じない。
本当は、嫌だと叫びたかった。
忘れられるのも。忘れさせるのも。
全部、全部、嫌だった。
それでも!
「……わかりました」
気づけば、泣きながら頷いていた。
声が震えるのを抑えきれないまま、それでも、無理やり言葉を吐き出す。
「俺……もう、会いません」
その瞬間、胸の奥が音を立てて壊れた気がした。
瑛は、俺達を見て何も言わなかった。
それが、余計に苦しかった。
――ああ、そっか。
自分はもう、ここにいないほうがいい存在なんだ。
そう思いながら、立ち上がる。
足元がふらついてうまく歩けない。
それでも……振り返らなかった。振り返ったら、終わる気がしたから。
部屋を出て扉を閉めた瞬間、もう限界だった。
「……っ、は……」
視界が滲んで、息がうまく吸えなくなり、何も見えなくなる。
壁に背を預け、そのまま崩れ落ちた。
なんで、こんなに――こんなにも、自分の中に瑛の存在はいたんだろう。
「大好きになってたんだな、俺」
瑛はもう、自分を知らないのに。
こうして俺の儚い恋は綺麗に消えてしまった。
