―― バンッ ――
部屋のドアが荒々しく開く音がして、これで助かったのだと思った。
同時に、瑛のお姉さんが俺を信じてくれたことに感謝をした。
「瑛! 蒼井君! しっかりして」
―― 動くな! 警察だ! ――
「高田、未成年誘拐及び監禁の疑いで逮捕する」
扉の方を見れば、そこには瑛の姉と見たことない若い男が立っていた。
「っ警察? 一人で何が出来る! こいつらがどうなってもいいのか?」
「一人? そんなわけないだろ。今応援を呼んでいる」
「なにっ」
耳を凝らすと微かに数台のサイレン音が聞こえる。
「助かった……」
「二人とも大丈夫かい?」
「はい」
俺は高田を拘束した警官に身体を起こしてもらい、震える身体に力を入れ瑛の方へ近付いた。
「瑛……」
「蓮君」
ギュッと瑛を抱きしめる。
「生きててよかった」
「ほんとに、蓮君居たんだ……見つけてくれて、ありがとう」
「なんだよそれ」
思わず二人で微笑む。
瑛……本当に良かった。
高田にこの建物に案内してもらう約束の前日、俺は瑛のお姉さんの自宅ポストにそっと手紙を入れた。
『 瑛のお姉さんへ
先日お会いした蒼井蓮です、もう連絡をしないと言ったのにすみません。
でも、どうしても伝えたいことがあってこうして手紙を書きました。
これは俺の想像かもしれません。
瑛の姿が見えなくなった日からずっと瑛との会話を思い出していました。
もちろん、メールのやり取りも……
そこで一つ引っかかる事がありました。
本当に些細なことかもしれません。でも、もし……瑛が俺に何かのメッセージを送りたかったんだとしたら。そう思うとこの真相を確かめに行こうと思います。
俺は瑛が、どこかで生きていると思っています。
なぜ俺だけに見えていたのかは分かりません。もしどこかにいるなら何故その場所を言わなかったのかも……でも、俺はきっと何か言えない秘密があったんじゃないかと思っています。
これはメールでのやり取りをしていた時です。
瑛は「夕日が毎日眩しいんだ」と言っていました。
瑛の自宅はそんなに夕日が眩しく差し込みますか?
「毎晩自販機の音がうるさい」と瑛はいってました。
自販機は自宅の近くにありますか?
「黒猫が気まぐれにやってくる。とってもいい子なんだ。だから自分のご飯を少しあげるのが楽しみ」と言っていました。
自宅にネコは来ましたか?
それに、あの時俺の降りる駅では雨なんて降っていなかったのに、瑛は雨が降ってきたと言ったんです。俺が電車を降りると電車が向かう先は真っ黒な雲で覆われていました。
もしかしたら、瑛はそこにいるんじゃないかと。
数日前、放課後終点の先まで行ったことがあります。その時今は使われていない廃線の奥に小さな建物がありました。蔦がびっしりとかかっていてとても人がいる雰囲気では無かったです。
でも、自販機が近くにあり、黒猫が近くを通り過ぎました。
その日はそこまでしか分からなかったです。
俺の妄想かもしれませんでも、明日の昼に運転手の高田さんがその中を見せてくれると言っていたので、何かかがかりが無いか探しに行こうと思っています。
信じてもらえなくても構わないです。
でも、俺は確かめに行こうと思います』
俺は何度もその手紙に変なとこはないかと読み返した。
「よし、大丈夫……読んでくれるといいけど」
丁寧に封筒に入れると、瑛のお姉さんの個人名刺に書かれた住所に向かった。
「瑛、蒼井君……今、救急車来るからね」
瑛に抱き着いて泣いているお姉さんが顔を上げて俺に微笑む。
「あの手紙……」
「瑛を探していた時に知り合ったお巡りさんに見せて一緒に来たの。居ても立ってもいられなくて……本当にありがとう」
「……よかった」
「蓮君!」
ほっとした次の瞬間、俺は完全に意識を飛ばした。
◇◇◇◇
次に気付けばベッドの上だった。
腕には点滴、そしてベッドの横で泣いている誰か。
「あれ……ここ」
「蓮! 気付いたの?」
「バカ! あんたってホントに……」
「あれ? 姉ちゃん海外じゃ」
「居てもたっても居られなくてスッとんで来たわよ! 心配したんだからね」
号泣している母と姉。
「ばか息子。でも、よくやったな」
父はポンポンと俺の頭を撫でる。
頭を父親に撫でられるのなんて……いつ以来だろう。
こんなにも家族に愛されていることを改めて感じて、胸が熱くなる。
そして、俺も人目をはばからず謝罪を述べながら初めて大泣きをした。
後から知ったが、なんとあれから俺は丸三日眠り続けていたらしい。
その後、俺の回復を見て警察に事情聴取と軽いお説教を喰らった。
あまりにも無謀で危険すぎると言われたが、本当にその通りだとしか思えなかった。
警察の調べでは、単線の運転手だった高田が犯人で犯行の動機は、「瑛を独り占めしたい」「瑛を孤独から救えるのは自分だけだ」「瑛を外の世界から守ってあげたい」という歪んだ愛情と自己中心的な考えだった。
瑛と顔見知りになった高田は瑛の事を調べ上げ、家族関係の悩みから言葉巧みに瑛を信頼させた。自ら瑛があそこに行くようにしたのも全て高田の手の内だった。
「プチ家出をしてみたらいいんじゃないか」
「使われてない秘密基地があるからそこで潜んでいればいい」
「一週間もしたら帰ったらいいよ」
そんな言葉で瑛を安心させ瑛を自ら終点まで移動させた。
しかし、一週間後帰ろうとする瑛を監禁した。
高田の欲望にまみれた思いをぶつけるために……
瑛は監禁され食事も満足にのどを通らなくなっていた。
日に日に衰弱していく中、夢を見ていたと言っていたらしい。
それは学校に通う電車の夢の中で、ある日俺が瑛に気付いた。
声を出したいのに出せないが、スマホで電車に乗っている際俺とだけメッセージのやり取りができたみたいだ。
瑛はずっと夢の中なら自由だと思っていたらしい。
でも、高田に囚われてる事を伝えたかったが、それは何故か打てなかった。
だから瑛はヒントを打った。俺に気付いて貰えるかもと思いながら。
「普通はこんな話信じないんですけどね。あまりにも辻褄が合うので」
あの時瑛の姉と一緒に来てくれた警察官が苦笑いをしていた。
「じゃあ、俺が電車で会っていたのって」
「生霊みたいな感じですかね」
「ははは……」
今度は俺が苦笑いする番だった。でも、そのおかげで瑛と出会えたんだし結果オーライなのかもしれない。
「あ、橘君は警察の事情聴取が終わってすぐ丸二日眠ってしまい、そこから記憶が曖昧になっているようなんだ。だから、会う際は少し覚悟をした方がいいかもしれない」
「……」
「それほど強いストレスを感じていたんだろうね」
「そう、ですか」
「ありがとう。蒼井君もゆっくり休むんだよ」
「はい」
俺はその話を聞き、今すぐにでも会いに行きたい気持ちをグッとこらえていた。
