持久走の嘘代表「一緒にゴールしようぜ」と言ってきた男子が、そのまま私の人生全部の隣にいた話

 ――それから、いろいろあった。

 気づけば季節は巡って、私たちは高校を卒業し、大学に進学して。
 あの「一緒にゴールしようぜ」は、いつの間にか当たり前に隣にある言葉になっていた。

 持久走で。
 受験で。
 何度も、何度も。

 そのたびに私は振り回されて――
 でも結局、速水はずっと私の隣にいた。

 そして今。

「高橋、緊張してる?」
「静かにしてよ……」

 私の隣には、スーツ姿の速水。
 大学四年、春。
 就職活動、最終面接。

 持久走のときみたいに爽やかな顔してるけど、ここはお気楽な学校じゃない。
 会社だ。
 しかも最終面接だ。

 だから頼むから、そのノリを少しはしまってくれ。
 ていうか、なんで一緒の会社なんだよ。

 世の中には星の数ほど企業があるんですけど?
 なんでその中から、よりにもよって私の第一志望に、当然みたいな顔してエントリーしてきてるわけ?
 大学受験のときに「一緒に行こう」とか言い出した前科があるから、嫌な予感はちょっとしてたけど。
 してたけどさ。

 まさか本当にここまで一緒に来るとは思わないじゃん?

「ですので……私の想像力が貢献できると考え、応募させていただきました」
「なるほど……」

 面接は淡々と進んだ。

 学生時代に力を入れたこと。
 志望動機。
 入社後にやりたいこと。

 私はどうにか無難に答える。
 頭の中で何度もシミュレーションしてきたことをなぞるように、一つずつ丁寧に。
 よし、悪くない。たぶん。
 少なくとも爆死はしてない。

 一方、速水も、意外なことにそこそこちゃんと答えていた。

 ……意外ってなんだよ、って話だけど。
 でも実際、大学受験のときだって最初は絶対無理だと思ってたのに、こいつは本当に受かってしまったのだ。
 そういう意味では、油断ならない。

 このまま終われば。
 このまま大人しくしていれば。
 たぶん、私も速水も、ちゃんとゴールできる。

 そう思った、そのときだった。

「速水さん。当社を志望した理由を、もう少し具体的に教えてください」

 面接官の一人が、静かに尋ねる。
 速水は、一瞬だけ考える素振りを見せて――

「そうですねぇ……他にあるとすれば、高橋と一緒にいたいからですかね!」
「はっ……!?」

 私は思わず、勢いよく隣を振り向いた。

 なに言ってんだこいつーーーー!?

 今なんの場!? 就活!! 面接!! 人生の分岐点!!
 そこで出す答えがそれ!?
 おまっ、ギャグでも言って場を和ませたいならもっとなんかあるだろ!?

 面接官見てみ!? 無風だから!

 笑いもしない。
 引きもしない。
 ただ、静かにこちらを見ているだけ。

 やば、これ、私もなんか言わないと――

「えっと、その、彼は――」
「大学受験のときも、一緒にゴールしようって言ってて……」

 うぉおい私を無視して説明を始めるな!!
 広げるな!!
 しまえその思い出エピソード!!

「は、速水!?」
「おう! 一緒にゴールしようぜ!」

 そういうことじゃなさすぎる!
 私の制止なんて、当然のように聞いちゃいない。

 終わったから!
 その言葉を言ったと同時に、一緒にどころか二人ともゴールできなくなったの確定したから!

「御社に入れば、一緒に働けるじゃないですか」
「速水」
「だから、一緒だったら楽しいかなって」
「速水!」

 お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前!!

 頭を抱えたい。
 今すぐ逃げ出したい。
 でも面接中だからそんなこともできない。
 終わった。
 私の就活、終わったかもしれない。


 ――この後のことは、何が起こったか正直覚えてない。

 その後も何か聞かれて、私はたぶんそれなりに受け答えした。
 した、はず。
 いやしててくれ、私。

 でも正直、記憶はほとんどない。

「……はぁぁぁぁぁ……」

 肺の中のもの全部吐き出すように、長いため息が漏れる。

「すごい深呼吸するじゃん」
「深呼吸じゃないんだが? 絶望の吐息なんだが?」
「うははは!」

 笑うな。
 誰が笑ってもお前だけは笑うな。
 まったく、誰のせいだと思ってんだ。

「ほら、高橋」

 自販機の前で、速水が缶コーヒーを一本差し出してきた。
 受け取ってから、私はじとっと睨む。

「……ゴール馬鹿」
「なんだそれ」
「次からはもう、あんなとこで『一緒にゴールしようぜ』とか言わないでよね」
「えー、なんで?」
「なんでもだよ!」

 こっちがどれだけ振り回されると思ってんのよ。

 けど。
 缶の温かさがじんわり手に馴染むのと同じくらい、速水の笑顔も、もうずいぶん前から当たり前みたいに胸に残るようになっていた。

 一緒、一緒ね……一緒にゴールしたい。
 …………そんなふうに思ってるなんて、絶対まだ言ってやらないけど。