少女は廻る星を憶う

「ていう夢見たって話?」

「ちがうって~、私も最初はそう思ったんだけど。」

最近流行りの喫茶店。タイムスリップしたようなアンティーク調の家具で趣がある。

私と愛美はクリームソーダを食べて下を青くしていた。

私は懐かしさを感じた。他人から見れば恥ずかしい、懐かしい私の青春。

ガラス越しの陽射しが、溶けかけたパフェの上で光っていた。

スプーンを動かすたび、生クリームが静かに形を失っていく。

「大丈夫?またOD、やってないよね?」

「やってない。」

「ほんとに?」

「ほんとに。何年も前のことでしょ。」

「前もそう言ってたけど、結局倒れたじゃん。」
アイスを掬いながら、彼女は眉を寄せた。

「お金、もう底ついてるでしょ。いっそ実家帰れば?」

「……無理だよ。」

「なんで?」

「親、嫌いだから。」

短い言葉だったけれど、喉の奥が灼けた。

テレビに張り付いた母は、カップ麺の重なった机に私が置いた仕送りの茶封筒を見つけるなりギャンブルへ向かう。

ドア越しのその虚しい背中をまた思い出してしまった。

「そういやさ、今度できる遊園地一緒に行かない?」

「ごめん。遊園地、苦手。」

「そういやそうだったね、ハルの好きなアニメの映画は? 今やってるやつ。」

「うーん……外行きたいかな。花畑とか。」

「は? 何それ、頭の中お花畑のくせに」

愛美が笑って、ストローで氷をかき混ぜた。

カラン、という音が、やけに響いた。

愛美の言葉は外へひらく。

ハルの言葉は内へ沈む。会話は成立しているのに、同じ水を別の深さで見ているようだった。

店を出ると、空はすでに灰色にくもっていた。

その足元に、今朝出会った黒い女が立っていた。

風になびく髪も、瞳の色も、どこか現実の光沢を欠いている。

だけど、どこか私に似ている。

「ハルさん。時間がありません。新たなゲートが開きます。」
女は、まるで待っていたように声をかけてきた。

「……誰?てかさっきの話本当だったの?」
愛美は少し引いた表情だ。

愛美はいつもの調子で答えた。
「OKOK了解です~」

立ち上がりかけて、次の瞬間、私の手首を掴んだ。
「行くよ! ハル!」

彼女の手が、私の手首を強く握っている。

その体温が、現実を実感させた。

「あ!? ちょっと待ておい!」
澪の声は驚愕と焦燥が混じった声だった。

「こわ! 表情筋が皆無じゃんあの子!」
愛美は笑いながら走る。

そのくせ、手だけはずっと強く、私を掴んでいた。
振り返らなかった。

振り返ったら、戻らなくてはいけない気がした。

澪は追ってこなかった。

沈黙だけが、背中に張りついてきた。


愛美色のスクーターの後部座席から私は訊ねた。
「なんで逃げるの~?」

聞かなくても、たぶんわかっていた。

それでも、口にしてほしかった。

「なんでって、だってハルが死ぬかもしれないじゃん! そんなんダメに決まってんじゃん!」
返事はすぐだった。叫ぶみたいな声だった。

笑ってごまかしていた喉の奥に、最初からあった本音が、そのまま飛び出したみたいに。

「でもなんか、世界が終わるかもみたいなこと言ってたよ?」
私の言葉に、愛美は走る速度を緩めずに答えた。

「別にいいじゃん! こんな世界が終わったってさ~! 宇宙ががんばれや~! 」
風に煽られて、語尾が少しちぎれた。投げやりなのに、本気だった。

世界なんかより先に、私を選んでくれていて。

「でさ、このまま世界の果てまで行ってさ、二人で国でもつくっちゃお!」

「なにそれ」
思わず笑った。

世界より、私を選んでくれた。嬉しかった。

「女の子以外入国禁止! 毎日高級フレンチ無料! 世界中何処でも行き放題! なんでも買い放題! てか全部無料~!」
彼女の妄想は荒唐無稽で美しかった。

現実逃避の延長線上にある、儚い幻想が私たちを生かしていた。

「そんなん国でも何でもないじゃん!」

笑い声が風に飛ばされていく。空はやけに青かった。

頬を打つ風は気持ちよくて、このまま、どこにも辿り着かなくてもいい、と一瞬だけ思った。

ずっと続けばいいのに、と。