放課後、いつもの場所で〜クラスの人気者と、なぜか放課後だけ一緒にいます

 文化祭当日の朝。屋台の設営も終わり、食材は無事搬入された。
 田山さんは忙しそうに動き回っている。昨日のことを引きずっているように見えない、晴れやかな笑顔をしていた。表面上はそう見えるだけかもしれないけど。

 屋台では調理班とクラスの中心グループが和気藹々としている。

「りっくんすごーい! 鉄板似合うね!」
「それ褒めてんの?」
「あっ! 違うの、なんか似合ってるねって意味で!」

 森川さんが珍しく焦ってる。言ってることもめちゃくちゃで、松下くんがすかさず「何も違くないじゃん!」とツッコミを入れていた。
 彼女の気持ちはちょっとわかる。黒のクラスTシャツが鉄板似合う度を上げてる気がする。

 松下くんの返しで笑いが起きて、誰かが話題を変えて笑っての繰り返しだ。
 僕には関係ない、そのはずなのに視界に入ってしまう。

 篠崎くんも輪の中で楽しそうにしている。僕がいきなり入って「エプロンも似合うね」と言ったらどんな空気になるのだろうか。想像したらちょっと面白かった。

「宮宇地くん、どうしたの?」
「なんでもない」
 同じレジ担当の佐藤くんが声をかけてきた。僕が返事をすると、彼はひそひそと話し始めた。

「森川さんと篠崎って付き合ってるのかな?」
「さあ? どうなんだろう。どうして気になったの?」
「別のクラスに、森川さんのこと気になってる友達がいて」
「友達……」
「本当、本っ当に友達だから! 違うから!」
「こういう時否定しすぎると逆に怪しくなるよ」

 佐藤くんはごまかす感じで曖昧に笑い、釣り銭を確認し始めた。
 さすがに数を数えている人間に話しかけるのは憚られる。

 疑惑はそのままに、文化祭一日目が始まった。



 一日目は保護者など生徒関係者のみの公開、二日目が一般公開日だ。
 だから今日は比較的楽な日、のはずだった。

「ありがとうございます。百円のお返しです」
「宮宇地お疲れー。交代ー」
「うんお疲れ様。よろしく」

 ピークの時間だったとはいえ、目が回る忙しさだった。明日もっと人が増えることを考えると恐ろしくなる。

 休憩時間に一緒に回るような友達はいない。篠崎くんとは班が分かれていて、今日は見事に休憩時間がバラけていた。一人きりの文化祭だ。

 特に気になる展示はないが、せっかくだから覗いていこうか。

「宮宇地」

 振り返らなくても、すぐにわかってしまう。

「どうしたの?」
「渡したいものがあって。休憩中?」
「うん」
「俺あと十五分で交代だから。こっち、急いで」

 篠崎くんに先導されて移動する。僕たちが並んで歩いても、誰も何も言わない。みんな目の前のキラキラした非日常に夢中で、それは僕も同じだった。



 屋上に繋がる外階段は人の気配がなく、日も当たらない。下から文化祭の喧騒が響いてくるが、かすかに通り過ぎるだけだ。

 階段の段差に座ると壁に遮られて、僕たちの姿が外から見えることはない。
 いつものファミレスのような、二人の空間がそこにあった。

「渡したいものって?」
「これ」

 篠崎くんがビニール袋から取り出したのは、パックに入った焼きそばだった。

「ありがとう。他のクラスのやつ?」
「俺が作ったやつ。取っておいた。自信作」

 得意げな顔の篠崎くんを見ていたら、エプロン姿を思い出して、思わずふふっと笑った。

「いただきます」
「味わって食えよ」
「わかってるよ」

 冷めた焼きそばは解れにくくて、箸でつまんでもなかなか千切れない。それでもなんとか口に運ぶ。

「……どう?」

 そんな不安そうな顔しなくても。試食会でクラスメイトから絶賛されてたのに。

「おいしい。ソースの味がしっかりしてるし、水っぽくないし」
「本当に?」
「嘘つかないよ。明日は『篠崎が作ったやつがいい』って人が来るかもね」
「……よかった」

 篠崎くんはそう呟くと、手に持っていた水を一気に飲み干した。

「何か作業してたの?」
「三組の助っ人。あそこ縁日やってるから、手伝いついでに宣伝してきた。ポスターも貼ってもらった」
「やり手だなぁ」

 忙しかった原因の一部に篠崎くんの働きがあるかもしれない。さすがだ。

 横から視線を感じる。いつもより距離が近いから無視できない。

「どうしたの? 食べにくいよ」
「美味いか?」
「さっきも言ったけど。ちゃんとおいしいよ」
「……あー、そうじゃなくて。その」

 篠崎くんが口ごもるなんて珍しい。雨が降らないか心配になるレベルだ。

「僕は待てるよ。交代まであと一時間あるから」
「俺はあと十分もないけどな……あのさ」
「なに?」

 無言の間があって、それから篠崎くんが軽く自分の太ももを叩いて話し出した。

「佐藤と何話してたの?」
「佐藤くん? 会計の話とかかな」
「朝、なんか顔近かったから。楽しそうにしてたし」

 割り箸を落としそうになった。そっか。僕だけじゃなかったんだ。

「あれはね、恋バナってやつ」
「は!? 恋——」
「佐藤くんの友達の話。四組に気になる人がいるって」
「え……あ、そういうことか」
「まあ、本当に友達の話なのかはわからないけど」
「そこは言ってやんなよ」

 篠崎くんが笑う。朝、みんなに囲まれていた時とは少しだけ違う、等身大の笑顔に見えた。

「交代の時間大丈夫?」
「うわ。そろそろ行かないと」
「いってらっしゃい」

 僕が言うと、篠崎くんはなぜか僕の頬に触れた。

「やっぱ正解だった」
「えっ? 何? どうしたの?」
「クラTの色。黒に投票してよかった」
「それは、僕も気に入ってるけど」

 話の内容と彼の行動が一致してなくて混乱する。いったい、何のつもりで——

「宮宇地には黒が似合う」

 目だけを細めた、大人っぽい笑い方だった。

「じゃあまた。いってきます」

 僕が動揺している間に、篠崎くんは階段をかけおりていった。

 置いていかれた僕はしばらくぽかーんとしていたが、風が吹き込んだタイミングで我に返った。

 外階段の影がさらに濃くなり、僕を覆い隠す。見上げると爽やかな秋空と薄い雲が広がっていた。
 焼きそばは残り半分。冷めてかたまりになった麺をお茶なしで食べるのは厳しい。

 たぶん、理由はそれだけじゃない。頬に残る感触が証明していた。