今日は文化祭準備の最終日だ。明日から二日間開催される文化祭に向けて、皆が慌ただしく動いている。
「一組の子が生首と一緒に廊下歩いててー、普通に叫んだよね」
「お化け屋敷だっけ? ガチじゃん」
学校はお祭りムードだ。教室だけではなく校舎中が文化祭一色になっている。
灰色の校舎が彩られていくのは見ているだけで楽しい。定点カメラで変化を撮ってみるのも面白いかもしれない。
「あと確認するのは容器の数と明日のタイムスケジュールと——」
「おい! 二組の鈴木が鈴木に告白するらしいぞ!」
「どの鈴木だよ!」
以前篠崎くんが面倒くさいと切り捨てた文化祭マジックが至るところで起こっている。僕が気づいていないだけで、クラス内でもカップルができているのかもしれない。
篠崎くんは「面倒くさい」を回避したのだろうか。
騒がしくしながらも準備は続き、すっかり外は暗くなった。窓が鏡のように僕の姿を映す。
「宮宇地ー、りっくん知らない?」
「僕は見てないよ」
「見かけたら教室来てって伝えてー」
「わかった」
クラスメイトの菊池さんが篠崎くんを探しているようだ。彼女には申し訳ないけど、見た目が派手だから話すと緊張してしまう。
周りを見ると片付けや帰り支度を始めている人がちらほらいた。あまり遅くなるのもよくないし、ここは菊池さんに協力することにしよう。
通学鞄を教室に置き、篠崎くんが行きそうなところを探してみる。といっても彼はいろいろ頼られているので捜索範囲は広大だ。
廊下のすぐ先では二年生らしき生徒が飾り付けをしている。今日中に終わるのだろうか。
気がつけば校舎のはずれの方まで来ていた。お茶しか置かれていない不人気の自販機が物悲しく光っている。
その時、自販機の裏にある柱の陰に見覚えのあるシルエットが見えた。
「ごめんね。急に呼び出して」
「別に。で、何の話?」
篠崎くんと、田山さんだ。二人は向かい合わせに立っている。
快活な笑顔が印象的な彼女は、今はそのイメージと程遠い控えめな笑みを浮かべていた。
これは、よくない予感がする。そっと二人から離れようとしたのに、足がうまく動かなかった。
「篠崎くんにお礼が言いたかったの。私、仕切るとか苦手なのに実行委員になっちゃって、最初の方とか本当グダグダで……困った時、いつも篠崎くんが助けてくれた。だから、ありがとうって」
「俺は大したことしてない。できる範囲でやっただけで、実際田山の頑張りがなかったらうまくいってなかった」
「そんなことないよ! 篠崎くんがいなかったら頑張れなかったと思う」
田山さんが下を向いて何度か深呼吸をした。彼女の息が震えているのが、離れた場所にいる僕にも伝わった。
「私、篠崎くんが好き。篠崎くんの彼女になりたい」
息を呑む音は誰から出たものなのか。僕はもう自分の感覚にすら集中できず、目の前の告白に釘付けになっていた。
篠崎くんがポケットから手を出し、姿勢を正した。
「まずはありがとう。田山の気持ちはすごく嬉しい」
教室で友達と駄弁っている時とは違う、真摯な態度。感謝の気持ちを伝えたということは、二人は恋人になるのかな。そうなったら今まで通りの付き合いは難しいかもしれない。
心にぽっかり穴が空いたような虚しさを感じる。彼と過ごす時間が、僕の心の大部分を占めていた。今さら気づいても遅いのに。
「でも、ごめん。田山のことは友達としてしか見れない」
篠崎くんの上半身が前に傾く。少しして、彼が頭を下げているのだと気づいた。
これ以上はだめだ。他人が立ち入ってはいけない。音を立てないよう慎重に、足早に去る。
僕は夢中で校舎を目指した。早足が全力疾走になっても止まらなかった。
完全下校時刻を告げる放送が校内に響く。そこでやっと、教室に何もかも置いてきたことに気づいた。
ふらつく足で教室に戻った。教室にはまだ何人かまばらにいて、黒板に今日はもう終わりという旨と明日の朝の予定が書かれていた。
鞄にしまっていたスマホを取り出す。通知には気まずい名前が表示されていた。恐る恐るロックを解除する。
この後いつものとこ行かね? 明日早いからそんな長くは無理だけど!
送られてきた時間を確認すると、一分前だった。
もしかして、告白を断ってから僕に連絡を——
頭によぎった考えを追い出すように、ぶんぶんと頭を横に振る。
それでも、僕の心に浮かんでくるのは安堵だった。
何度否定しても消えてくれない感情は、自分の心がどれだけ醜いか証明しているみたいで、僕は大声で反論したくなった。
わかった。いつもの場所で待ってる。
送信ボタンを押すと、すぐに既読がついた。この瞬間生まれた気持ちに、名前を付けられなかった。
静かに文化祭準備期間は終わった。
明日の文化祭はきっと大盛り上がりだ。
そこに個人の気持ちは反映されない。沈んでいても浮かれていても平等に行事はやってくる。
それが救いになればいいなと、そんなことを思いながら、僕はスマホの画面を切った。
「一組の子が生首と一緒に廊下歩いててー、普通に叫んだよね」
「お化け屋敷だっけ? ガチじゃん」
学校はお祭りムードだ。教室だけではなく校舎中が文化祭一色になっている。
灰色の校舎が彩られていくのは見ているだけで楽しい。定点カメラで変化を撮ってみるのも面白いかもしれない。
「あと確認するのは容器の数と明日のタイムスケジュールと——」
「おい! 二組の鈴木が鈴木に告白するらしいぞ!」
「どの鈴木だよ!」
以前篠崎くんが面倒くさいと切り捨てた文化祭マジックが至るところで起こっている。僕が気づいていないだけで、クラス内でもカップルができているのかもしれない。
篠崎くんは「面倒くさい」を回避したのだろうか。
騒がしくしながらも準備は続き、すっかり外は暗くなった。窓が鏡のように僕の姿を映す。
「宮宇地ー、りっくん知らない?」
「僕は見てないよ」
「見かけたら教室来てって伝えてー」
「わかった」
クラスメイトの菊池さんが篠崎くんを探しているようだ。彼女には申し訳ないけど、見た目が派手だから話すと緊張してしまう。
周りを見ると片付けや帰り支度を始めている人がちらほらいた。あまり遅くなるのもよくないし、ここは菊池さんに協力することにしよう。
通学鞄を教室に置き、篠崎くんが行きそうなところを探してみる。といっても彼はいろいろ頼られているので捜索範囲は広大だ。
廊下のすぐ先では二年生らしき生徒が飾り付けをしている。今日中に終わるのだろうか。
気がつけば校舎のはずれの方まで来ていた。お茶しか置かれていない不人気の自販機が物悲しく光っている。
その時、自販機の裏にある柱の陰に見覚えのあるシルエットが見えた。
「ごめんね。急に呼び出して」
「別に。で、何の話?」
篠崎くんと、田山さんだ。二人は向かい合わせに立っている。
快活な笑顔が印象的な彼女は、今はそのイメージと程遠い控えめな笑みを浮かべていた。
これは、よくない予感がする。そっと二人から離れようとしたのに、足がうまく動かなかった。
「篠崎くんにお礼が言いたかったの。私、仕切るとか苦手なのに実行委員になっちゃって、最初の方とか本当グダグダで……困った時、いつも篠崎くんが助けてくれた。だから、ありがとうって」
「俺は大したことしてない。できる範囲でやっただけで、実際田山の頑張りがなかったらうまくいってなかった」
「そんなことないよ! 篠崎くんがいなかったら頑張れなかったと思う」
田山さんが下を向いて何度か深呼吸をした。彼女の息が震えているのが、離れた場所にいる僕にも伝わった。
「私、篠崎くんが好き。篠崎くんの彼女になりたい」
息を呑む音は誰から出たものなのか。僕はもう自分の感覚にすら集中できず、目の前の告白に釘付けになっていた。
篠崎くんがポケットから手を出し、姿勢を正した。
「まずはありがとう。田山の気持ちはすごく嬉しい」
教室で友達と駄弁っている時とは違う、真摯な態度。感謝の気持ちを伝えたということは、二人は恋人になるのかな。そうなったら今まで通りの付き合いは難しいかもしれない。
心にぽっかり穴が空いたような虚しさを感じる。彼と過ごす時間が、僕の心の大部分を占めていた。今さら気づいても遅いのに。
「でも、ごめん。田山のことは友達としてしか見れない」
篠崎くんの上半身が前に傾く。少しして、彼が頭を下げているのだと気づいた。
これ以上はだめだ。他人が立ち入ってはいけない。音を立てないよう慎重に、足早に去る。
僕は夢中で校舎を目指した。早足が全力疾走になっても止まらなかった。
完全下校時刻を告げる放送が校内に響く。そこでやっと、教室に何もかも置いてきたことに気づいた。
ふらつく足で教室に戻った。教室にはまだ何人かまばらにいて、黒板に今日はもう終わりという旨と明日の朝の予定が書かれていた。
鞄にしまっていたスマホを取り出す。通知には気まずい名前が表示されていた。恐る恐るロックを解除する。
この後いつものとこ行かね? 明日早いからそんな長くは無理だけど!
送られてきた時間を確認すると、一分前だった。
もしかして、告白を断ってから僕に連絡を——
頭によぎった考えを追い出すように、ぶんぶんと頭を横に振る。
それでも、僕の心に浮かんでくるのは安堵だった。
何度否定しても消えてくれない感情は、自分の心がどれだけ醜いか証明しているみたいで、僕は大声で反論したくなった。
わかった。いつもの場所で待ってる。
送信ボタンを押すと、すぐに既読がついた。この瞬間生まれた気持ちに、名前を付けられなかった。
静かに文化祭準備期間は終わった。
明日の文化祭はきっと大盛り上がりだ。
そこに個人の気持ちは反映されない。沈んでいても浮かれていても平等に行事はやってくる。
それが救いになればいいなと、そんなことを思いながら、僕はスマホの画面を切った。
