放課後、いつもの場所で〜クラスの人気者と、なぜか放課後だけ一緒にいます

 十月になり、学校全体が浮き足立ってきた。今日から一週間は文化祭準備期間だ。放課後から完全下校時刻までひたすら準備が続く。
 僕たちのクラスは焼きそばをやることになり、今は屋台作りを中心に動いている。

「篠崎ー。ここどうしたらいい?」
「りっくん、相談いい?」
「わかったから。順番に頼む」

 篠崎くんはクラスの中心にいて、みんなから頼られている。さすがだ。
 僕は教室の隅でひたすら紙の花を作っている。これが何になるのかはよくわからない。でも可愛くできていると思う。

「宮宇地くん、ちょっといい?」
「大丈夫だよ」

 文化祭実行委員の田山さんが話しかけてきた。森川さんと仲が良い、クラスの中心人物の一人だ。

「ポスター頼みたいんだけど、絵描ける?」
「他の人に頼んだ方がいいよ」
「そんなに?」

 僕はルーズリーフを取り出し、試しに絵を描いてみた。田山さんは興味津々で僕の手元を見ている。

「何それ輪ゴム?」
「焼きそば。紅生姜付き」

 少しの間田山さんが黙り込み、それから声を上げて笑い出した。見ているこちらもつられてしまいそうになる笑い声だ。

「田山どうしたー?」
 松下くんが大きな声で入り込んできた。田山さんは途切れ途切れになりながら説明し、僕の絵を見せた。
 松下くんは田山さんほど笑いはしなかったが、面白そうに吹き出していた。

「宮宇地くんって意外と話しやすいよね。怖い人だと思ってた」
「僕が?」
「入学式の前に先生が『宮宇地はいないのかー!』って走り回ってたから、どんな怖い人が来るのかと思ってた」
 田山さんの言葉に、松下くんが頷きながら割り込んできた。
「確かそれから一週間くらい来てなかったよな?」
「うん。入学式の日に風邪引いちゃって。こじらせて一週間休んでた」
「タイミング悪すぎだろ!」
 松下くんと田山さんは一通り笑った後、持ち場に戻って行った。

 最近、クラスのみんなが僕に話しかけてくれるようになった。ぼっちだったから話題の広げ方がわからないけど、今までと比べたら大きな進歩だと思う。

 紙の花制作の続きに取り掛かろうとした時、スマホが震えた。この時間は大抵企業からの通知だ。それでも気になって確認したら篠崎くんだった。

 松下たちと何話してたの?

 見られていたのか。ちょっと恥ずかしい。画面から目を離すことなく返信を打ち込む。

 僕が描いた焼きそば(紅生姜付き)が輪ゴムに見えるって話

 送ってからすぐに既読が付いた。

 面白そう。見てみたい

 そんなに面白いものでもないけど。写真を撮って画像を送る。
 篠崎くんを見ると、遠くからでも彼が笑っているのがわかった。返信はない。

 直接見せたらどんな反応だったのかな。田山さんみたいに笑うのか、松下くんみたいに吹き出すのか。それとも、普段通り静かに笑うのか。

 僕の方から教室で話さないという約束を持ちかけたのに、なぜこんなことを考えてしまうのか。
 準備期間中はファミレスに行く時間がほとんどないから、そのせいかもしれない。

 そんなに変かな? 結構頑張ったのに……もやしも描いたんだよ

 追撃でメッセージを送る。すぐに篠崎くんの笑い声が聞こえてきて、勝ったと思った。



 準備期間四日目。だいぶ形になってきた。クラスも協力モードで、男女の垣根を超えて話すようになってきた。

「田山さん、他に何か手伝えることある?」
「もう終わったの? それなら佐藤くんの班手伝ってもらっていい?」
「わかった」

 佐藤くんたちは看板を作っているようだ。僕が作った花が添えられていて、我ながらよく出来ていると心の中で絶賛する。

「手伝うよ。よろしくね」
「ありがとう。さっそくだけど、ここ押さえてもらっていい?」
「わかった」

 佐藤くんのグループもいい人たちばかりだ。彼らが話すゲームや漫画の話題はついていけないが、嫌な顔をされたことはない。

「宮宇地くん、ごめん。絵の具取ってもらっていい? 教卓のとこあるから」
「いいよ」

 僕が絵を描けないのはクラスに周知されたので、誰も頼んでこない。
 字は自信あるんだけどな。今のところそれを知ってるのは篠崎くんだけだ。

「だーかーらー! 派手さが足りないんだって!」
「松下どうしたー?」
「のぼりが地味って話!」
「今さらどうしようもなくね?」
「そうなんだけど、もっとこう、バーンッと」

 事故としか言いようがない。絵の具を取りに行こうとした僕と、身振り手振りで派手さを表現したかった松下くんがすれ違った結果だ。
 松下くんが振った手が僕の額に当たってしまった。音の割に痛みはない。きれいに衝撃が逃げたみたいだ。

「松下何やってんだよ!」
「ごめん宮宇地! 怪我は?」
「ないよ。音が派手だっただけ」
「本当ごめんな。赤くなってない?」

 松下くんが慌てて謝り、僕の前髪を上げる。あまりにも素早い動きで、止める隙がなかった。
「えっと、大丈夫だよ」
「よかった。赤くなってない……あれ? 宮宇地ってよく見たら意外と綺麗系の——」
「わっ!」
 視界が何かに覆われて暗くなった。手だ。この大きさは、もしかして。

「篠崎何してんの?」
「それはこっちのセリフだ。そんな近くで見たいなら俺の顔貸してやるよ。まさか松下にそんな趣味があるとは」
「いやいや! いらないいらない!」

 距離が近い。篠崎くんとほとんど密着していて、まるで後ろから抱きしめられているみたいな。

「何騒いでんのー?」
「松下が俺の顔じっくり見たいって」
「違うから!」
「わかるの。うちも見るのは好きー」
「菊池やめろ! 収拾つかないだろ! 俺は美女が好きなの!」
 松下くんと菊池さんを中心に騒ぎが大きくなっていく。みんな面白がっていて、松下くんがひたすらいじられている。

「危なかった」
 僕にしか聞こえないくらいの小さな呟き。いつもだったらスルーしていたかもしれない。だけど、どうしても気になってしまった。
 篠崎くんの制服の袖を軽くつまむ。喉が締まった気がしたけど、そのまま口を開いた。

「危ないって、何が?」
「宮宇地?」
 篠崎くんが目を見開いている。教室の中央にいるのに、僕たちは蚊帳の外だ。
「気になったから、その」
「学校では話さないって約束は?」
「え……あ、ごめん」
「宮宇地が先に破ったんだからな」

 前髪が上がり、視界が少しだけ明るくなる。軽い口調とは裏腹に、目の前には真剣な顔をした彼がいた。

「見せたくなかった。それだけ」

 篠崎くんは少しの間僕を見つめると、そっと距離を取り、クラスの喧騒に混じっていった。

 僕は前髪を押さえつけ、しばらく立ちすくんでいた。
 男女の笑い声が響く中、頬の赤みが引くまで顔を上げられなかった。