「最近、一気に文化祭の雰囲気出てきたよね」
何気なく口にしただけだった。向かい側に座る彼が露骨に嫌な顔をした時、失敗したなと思った。
僕と篠崎くんが放課後一緒に過ごすようになって三週間が経った。
やることは基本的に変わりない。ファミレスでだべって帰るだけ。たまにどちらかが金欠になり、公園や図書館に寄ることがあるくらいだ。
「文化祭か」
「嫌いなの?」
「嫌いというかさぁ」
子供っぽく拗ねたような表情。教室では見ない顔だ。初めの頃は新鮮に感じたが、すっかり見慣れてしまった。
「嫌いというか?」
「面倒くさい」
篠崎くんにもそんな感情があったとは驚きだ。彼は率先して委員などを引き受けることはないが、クラスの中心でいろいろやってくれている印象があったから。
「あの、僕にできることがあれば協力するから」
「ん? あー……そういうのじゃなくて、文化祭マジックってやつ」
大きな行事特有のカップルができやすい時期。僕には無縁の言葉だ。
「それがどうしたの?」
「ひたすらだるい。周りがそうなるのも、自分がされるのも」
強者の論理がそこにあった。僕にとっておとぎ話のような現象も、彼からしたら現実なのだ。改めて自分たちの立ち位置が違うことを実感する。
「すごいね。僕には想像できない苦労があるんだろうなぁ」
「いや、そこまでは。まあ、今年は宮宇地がいるから楽しめそう」
そんなに面白いことできる自信はないけど。篠崎くんは僕に期待しすぎだ。ニコニコ笑う彼の邪魔をしたくないから何も言わないでおく。
「宮宇地は、おしゃれしたいとか女子から良く思われたいって思ったことないの?」
「どうしたの急に。一回もないよ」
「へー、じゃあ前髪切る予定は?」
「前髪? そんなに変かな? 落ち着くからこの長さにしてるけど」
「いや全然。おかしくない。いいと思う。ずっとそのままでもいいくらい」
いつもより早口でまくし立てた篠崎くんが、手を伸ばして僕の前髪をかき分ける。
彼から優しい目で見つめられると落ち着かなくて、そわそわしてしまう。額が涼しいのに熱い。
「篠崎くん、これ以上は緊張するというか」
「本当、もったいないな。でもいつもの宮宇地の方が俺は安心する」
「安心?」
「こっちの話」
篠崎くんはそう言って僕から手を離した。彼はたまに質問をはぐらかす癖がある。追求しても意味がないとわかっているから、僕は何も言わない。
その後は文化祭と関係ないことを話続けた。篠崎くんは僕の面白くない話もきちんと聞いてくれて、それがすごく心地よかった。
ファミレスが混み始める数分前。お互い何も言わずに出る準備を始める。会計をスムーズに済ませ、店を出る。
「宮宇地は帰ってから何してるの? 勉強とか?」
駅までの道のりも話は続く。
「あんまり家ではしないかも。帰ってからご飯食べてお風呂入って寝るだけ」
「今から帰ってそれだと、寝るのかなり早くね?」
「普通だと思うよ。篠崎くんと解散してからもしばらく外いるから」
「は!?」
予想外の声量が耳を通り抜けて、肩がビクッと動く。
「変なこと言ったかな?」
「変っていうか、危ないだろ。不審者とか」
「男だから大丈夫だよ。門限前に帰ってるし」
「そういう問題じゃなくて! 俺が、心配なの!」
「えっと、ごめんね。心配かけるつもりはなかったんだけど」
篠崎くんが何か言いたげに手をさまよわせている。それをじっと見ていると、腕を掴まれた。
「近くに公園あっただろ。行くぞ」
「そんな、わるいよ。篠崎くんもやることが」
「俺は大丈夫。宮宇地が謝る必要もない。やりたくてやってるだけだから」
僕が大人しくついてきているのが伝わったのか、腕を掴む力が緩んだ。僕は振り払うこともなく一緒に公園を目指した。
ライトのおかげで暗すぎることはない公園。僕たち以外誰もいない。たまに帰宅を急ぐ人が通り抜けるだけだ。
昼間と違い、ベンチの汚れがわかりにくい。篠崎くんは気にする素振りも見せず、どっかり座った。僕も慌てて彼の隣に座る。
「今はいいけど、寒くなってきたら場所考えないとな」
「そんな先のことまで考えてたの?」
「当たり前だろ」
篠崎くんにとっては何気ない一言かもしれない。でも僕には彼がこの関係を大切にしていると思えて、その一言が長く頭に残った。
「聞いてもいいか? 帰らない理由」
「僕の家、お父さんしかいなくて。でも最近お父さんに婚約者ができたんだ。嫌じゃないけど、居場所が減った気がして」
家に大きな観葉植物が置かれた、夕食に手作りのおかずが増えた、お父さんの笑顔が柔らかくなった。
本当に、それだけの理由だ。
「話聞く覚悟はできてたけど」
「ごめんね。変な話で」
「変とかじゃなくて! 普通、溜めとか前置きとかあるから」
「そういうものなんだ」
「まあ、宮宇地らしいけど」
僕にとって当たり前のことだから普通に話してしまった。気を遣わせたかな。
「あの、僕のことは気にしないでいいから」
「俺は宮宇地と話すの楽しいよ」
「……え?」
「だから今も楽しい。宮宇地から時間をもらってる気分」
なぜ、篠崎くんは僕が欲しい言葉をくれるのだろう。頭の中は疑問でいっぱいなのに、口に出たのは違う言葉だった。
「ありがとう。僕も今楽しい」
「ならよかった。なあ、子供の時どんな遊びしてた?」
話題が昔の話になっていく。篠崎くんが六歳の時すべり台から落ちて骨折した話は笑っていいのかわからなかった。
なんとなく話の流れで始めたけんけんぱは、面白くないけど新鮮で心が温まった。
何気なく口にしただけだった。向かい側に座る彼が露骨に嫌な顔をした時、失敗したなと思った。
僕と篠崎くんが放課後一緒に過ごすようになって三週間が経った。
やることは基本的に変わりない。ファミレスでだべって帰るだけ。たまにどちらかが金欠になり、公園や図書館に寄ることがあるくらいだ。
「文化祭か」
「嫌いなの?」
「嫌いというかさぁ」
子供っぽく拗ねたような表情。教室では見ない顔だ。初めの頃は新鮮に感じたが、すっかり見慣れてしまった。
「嫌いというか?」
「面倒くさい」
篠崎くんにもそんな感情があったとは驚きだ。彼は率先して委員などを引き受けることはないが、クラスの中心でいろいろやってくれている印象があったから。
「あの、僕にできることがあれば協力するから」
「ん? あー……そういうのじゃなくて、文化祭マジックってやつ」
大きな行事特有のカップルができやすい時期。僕には無縁の言葉だ。
「それがどうしたの?」
「ひたすらだるい。周りがそうなるのも、自分がされるのも」
強者の論理がそこにあった。僕にとっておとぎ話のような現象も、彼からしたら現実なのだ。改めて自分たちの立ち位置が違うことを実感する。
「すごいね。僕には想像できない苦労があるんだろうなぁ」
「いや、そこまでは。まあ、今年は宮宇地がいるから楽しめそう」
そんなに面白いことできる自信はないけど。篠崎くんは僕に期待しすぎだ。ニコニコ笑う彼の邪魔をしたくないから何も言わないでおく。
「宮宇地は、おしゃれしたいとか女子から良く思われたいって思ったことないの?」
「どうしたの急に。一回もないよ」
「へー、じゃあ前髪切る予定は?」
「前髪? そんなに変かな? 落ち着くからこの長さにしてるけど」
「いや全然。おかしくない。いいと思う。ずっとそのままでもいいくらい」
いつもより早口でまくし立てた篠崎くんが、手を伸ばして僕の前髪をかき分ける。
彼から優しい目で見つめられると落ち着かなくて、そわそわしてしまう。額が涼しいのに熱い。
「篠崎くん、これ以上は緊張するというか」
「本当、もったいないな。でもいつもの宮宇地の方が俺は安心する」
「安心?」
「こっちの話」
篠崎くんはそう言って僕から手を離した。彼はたまに質問をはぐらかす癖がある。追求しても意味がないとわかっているから、僕は何も言わない。
その後は文化祭と関係ないことを話続けた。篠崎くんは僕の面白くない話もきちんと聞いてくれて、それがすごく心地よかった。
ファミレスが混み始める数分前。お互い何も言わずに出る準備を始める。会計をスムーズに済ませ、店を出る。
「宮宇地は帰ってから何してるの? 勉強とか?」
駅までの道のりも話は続く。
「あんまり家ではしないかも。帰ってからご飯食べてお風呂入って寝るだけ」
「今から帰ってそれだと、寝るのかなり早くね?」
「普通だと思うよ。篠崎くんと解散してからもしばらく外いるから」
「は!?」
予想外の声量が耳を通り抜けて、肩がビクッと動く。
「変なこと言ったかな?」
「変っていうか、危ないだろ。不審者とか」
「男だから大丈夫だよ。門限前に帰ってるし」
「そういう問題じゃなくて! 俺が、心配なの!」
「えっと、ごめんね。心配かけるつもりはなかったんだけど」
篠崎くんが何か言いたげに手をさまよわせている。それをじっと見ていると、腕を掴まれた。
「近くに公園あっただろ。行くぞ」
「そんな、わるいよ。篠崎くんもやることが」
「俺は大丈夫。宮宇地が謝る必要もない。やりたくてやってるだけだから」
僕が大人しくついてきているのが伝わったのか、腕を掴む力が緩んだ。僕は振り払うこともなく一緒に公園を目指した。
ライトのおかげで暗すぎることはない公園。僕たち以外誰もいない。たまに帰宅を急ぐ人が通り抜けるだけだ。
昼間と違い、ベンチの汚れがわかりにくい。篠崎くんは気にする素振りも見せず、どっかり座った。僕も慌てて彼の隣に座る。
「今はいいけど、寒くなってきたら場所考えないとな」
「そんな先のことまで考えてたの?」
「当たり前だろ」
篠崎くんにとっては何気ない一言かもしれない。でも僕には彼がこの関係を大切にしていると思えて、その一言が長く頭に残った。
「聞いてもいいか? 帰らない理由」
「僕の家、お父さんしかいなくて。でも最近お父さんに婚約者ができたんだ。嫌じゃないけど、居場所が減った気がして」
家に大きな観葉植物が置かれた、夕食に手作りのおかずが増えた、お父さんの笑顔が柔らかくなった。
本当に、それだけの理由だ。
「話聞く覚悟はできてたけど」
「ごめんね。変な話で」
「変とかじゃなくて! 普通、溜めとか前置きとかあるから」
「そういうものなんだ」
「まあ、宮宇地らしいけど」
僕にとって当たり前のことだから普通に話してしまった。気を遣わせたかな。
「あの、僕のことは気にしないでいいから」
「俺は宮宇地と話すの楽しいよ」
「……え?」
「だから今も楽しい。宮宇地から時間をもらってる気分」
なぜ、篠崎くんは僕が欲しい言葉をくれるのだろう。頭の中は疑問でいっぱいなのに、口に出たのは違う言葉だった。
「ありがとう。僕も今楽しい」
「ならよかった。なあ、子供の時どんな遊びしてた?」
話題が昔の話になっていく。篠崎くんが六歳の時すべり台から落ちて骨折した話は笑っていいのかわからなかった。
なんとなく話の流れで始めたけんけんぱは、面白くないけど新鮮で心が温まった。
