放課後、いつもの場所で〜クラスの人気者と、なぜか放課後だけ一緒にいます

「あ、あの……そろそろ、本当に」
「え? ああ、わるい。暑かったか?」
「そうじゃないけど、うん」

 七人目の通行人と目が合い、さすがに恥ずかしくなって声をかける。

「……もうちょい、いいかと思ってたんだけどな。残念」
 篠崎くんは軽い調子で謝ると、手を離して歩き出した。

 歩きながら真横にいる相手を観察するのは難しい。身長差が十センチ以上あればなおさらだ。
 ちらりと彼の顔を覗くと、口角が上がっているのが見えた。同じくらいの身長だったら、もう少しはっきり篠崎くんの表情がわかったかもしれない。

 身長すら平凡な自分に落ち込みながら、でもそんな気持ちになった理由が分からなくて、僕は無言でファミレスを目指した。


 今日は運良く角の席が空いていた。篠崎くんと向かい合わせに座る。
 暴力的なまでに冷房が効いた空間は、今の僕にはちょうどよかった。息を吐くと身体の力が一気に抜ける。篠崎くんも似たような動きをしていて、それが微笑ましく思った。
 注文は昨日と同じ、ポテトとドリンクバー。飲み物を入れる時、二人ともグラスからはみ出るくらい氷を入れた。

「沁みるー」
「美味そうに飲んでるな」
「篠崎くんこそ」

 どちらも悪くないのに、暑そうにシャツを摘んで煽っている篠崎くんを見ていたら罪悪感が湧いてきた。

「そうだ。これ貸しとく。ケーブル合ってる?」
「うん、大丈夫。ありがとう」

 篠崎くんが貸してくれたのはモバイルバッテリーだった。充電切れのスマホに差し込むと、程なくして画面が光り出した。

「えっ! 二十八件!?」
 画面に表示された不在着信の数字を見て、思わず声が上がる。
「……声、でかい」
「ご、ごめん」
「別に」

 いつも自信に溢れた顔をしている篠崎くんが、全力で視線を逸らしている。なんだか、子供っぽい。今日は初めて見る表情ばかりだ。
 それにしても、すごい着信の数だ。僕が夜にスマホを充電していたらここまですれ違うこともなかったわけで、そう考えると申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「あっ、あの。お詫びとか、したいなって……暑い中走らせちゃったから。ごめんなさい」
「それはどっちが悪いとかないだろ。でも、そうだな——」
 篠崎くんがニヤリと笑う。僕は彼の顔から目が離せなかった。

「ポテト、食べさせて。宮宇地が俺に」
 今篠崎くんは何て言った? 僕が、彼に、ポテトを?
 グラスに入った氷が、ひとりでに音を鳴らす。
「返事は? だめだった?」
 篠崎くんはそう言って、自分の口元を指差した。聞き間違いではなく、彼は本気のようだ。僕もちゃんと返さないと。
「手洗ってくる!」
 勢いよく立ち上がり、お手洗いを目指す。背後から「は? この状況で手を洗いに?」と戸惑いの声が聞こえたが、それどころではなかった。


 丁寧に手首まで洗って席に戻る。遠くからでも篠崎くんがこちらを見つめているのがわかった。
「お待たせしました」
「店員か」
 普段通りのノリだ。よかった。これなら変に緊張しなくてすみそうだ。

 ポテトを取ろうとしたら、篠崎くんが「ちょっと待って」と制止した。
「どうしたの?」
「これがいい」
 彼が指定したのは、お皿の直径に届きそうなくらい長いものだった。こんなに長いの初めて見た。僕が差し出しやすいように選んでくれたのかな。

「い、いくよ」
 篠崎くんが目尻を下げて笑い、頷く。僕は震えそうになる右手を抑えながら、慎重にポテトを彼の口元に運んだ。

 篠崎くんの口が小さく動く。視線の置き場に困って、血色のいい唇に目を奪われる。彼が咀嚼するたびにポテトも揺れる。そんな微かな動きにすら翻弄されていることに気づいた。

 長いポテトは失敗だったかもしれない。彼が食べ終わる前に、僕の心臓がどうにかなりそうだ。
 あと少し、もう少しだ。指先に神経を集中させて身を乗り出す。

 篠崎くんが、見てる。僕だけを真っ直ぐと。
 彼の眼光にすっかり気を取られていた。不意に僕の指先が彼の唇に触れる。

「ごめんなさいっ! 指、当たって」
「洗ったんだから問題ないだろ」

 篠崎くんが楽しそうに笑いかける。彼は、短くなったポテトを摘んでいた。それから急に真面目な顔になって口を開いた。

「で、続きは?」
 心臓がドキドキして、うまく息が吸えない。僕は震える唇でなんとか返事をした。
「無理です」
「そう。じゃあ、次は最後までよろしく」

 さらっと次を約束された。もしその時がきたら全力で逃げよう。
 何回か深呼吸して呼吸を落ち着かせる。グラスの中のジュースはすっかり薄くなっていた。


「宮宇地は俺にさせたいことないの?」
「させたいこと?」
「俺だけじゃ不公平だろ」

 ポテトの皿が空いたタイミングで、篠崎くんが難しいことを言ってきた。
 特にないなぁ。学校じゃ関わらない約束だから、ここで出来ることは限られるし。
 篠崎くんが飲んでいるメロンソーダが目に入る。そうだ、これがあった。

「飲み物を持ってきてほしいかな」
「そんなんでいいの?」
「うん。僕っぽい飲み物選んできて」
「宮宇地っぽい?」
「そう。野菜ジュース以外で」
 篠崎くんがわかりやすく悩んでいる。ちょっと楽しいかも。

「いってくる」
 覚悟を決めたような顔で立ち上がった彼の背中を見送る。僕は目をつぶって彼の到着を待つことにした。

「ほら、これ。そんな楽しみだった?」
「うん。ありがとう」
 目を開けたら、そこには緑の飲み物があった。僕が首を傾げていると、篠崎くんが口を尖らせた。

「抹茶オレってそんなに変か?」
「あ、抹茶オレかぁ。初めて見たからわからなかった」
「これも初めて……」
「どこから取ってきたの?」
「え? ああ、コーヒーマシンから」

 人生初の抹茶オレ。コーヒーマシンは操作の仕方がわからなくて手を出してなかったからわくわくする。
 氷入りの抹茶オレはよく冷えている。僕への気遣いが感じられて嬉しい。
 ゆっくりとグラスを傾ける。濃厚な甘さが喉を通っていく。だけど後味は甘くなくてほろ苦い、不思議な気分だ。

「美味しい」
「よかった」
「すごく甘いね」
「甘いだけじゃなかっただろ?」
「そうだね。もしかして、そこまで考えて選んでくれたの?」
「まあ、そうだけど」

 篠崎くんが「文句あるのか?」という顔でこちらを見つめる。もちろん文句なんてない。
「僕は、篠崎くんのことメロンソーダっぽいなって思ったよ」
「へー、宮宇地は俺のことそう思ってたんだ」
「緑同士、お揃いだね」

 なんとなく、頭に浮かんだから言ってみた。それだけだったのに、なぜか篠崎くんが固まって、テーブルに突っ伏した。

「篠崎くん?」
「……この流れで笑顔は反則だろ」
「僕笑ってた?」
「自覚なしかよ」

 篠崎くんはしばらくの間顔を伏せたままだった。僕は必死で彼を宥めながら、笑顔になった自分に戸惑っていた。