放課後、いつもの場所で〜クラスの人気者と、なぜか放課後だけ一緒にいます

「篠崎! シャッフルダンス教えて!」

 教卓の前にいた松下くんの声が、教室の後ろにいる僕のところまで届く。

「は? だる」
 声をかけられた陸は、心底めんどくさそうな表情を浮かべていた。

「これ! ランニングマンってやつ! 動画見てもよくわからなくてさぁ」
「見せてみ」

 松下くんが陸にスマホを渡すと、一分もしないうちに陸が立ち上がった。

「教えてくれるの?」
「教えるも何も、動画で全部説明されてるけどな」
「それでわかったら聞いてないって」

 机を下げてできた空間に陸が立つ。周りには自然に人が集まっていた。男子だけじゃなくて女子もいる。

「片足で立つだろ」
「うん」
「それから前後に足を開く」
「おう」
「で、それを繰り返す」

 ランニングマンというのはよくわからないが、確かに動きの一つ一つは単純そうだ。

「ちょっと繰り返してみて」
「……ジュース奢りな」

 陸は両手をポケットに入れて気だるげに息を吐くと、右足を上げた。
 まるでランニングマシーンに乗ってるような、その場で走っているみたいな軽快な動き。
 遠目から見ている僕は、マジックを披露された気分になった。

「いや、全っ然わかんねえよ! 過程を見せてくれ!」
「だからさっきやって見せただろうが! 片足で立って前後に足開くんだって!」
「それだけで何でこうなるんだよ!?」
「いや逆に何でならないんだよ!」

 不毛だ。何一つ混じり合わない会話が繰り広げられようとしている。
 この話題だけで言うなら僕は断然松下くん側だ。なんであんな簡単そうにできるんだろう。

「松下やめとけ。篠崎が教え方雑なのわかってただろ」
「それにしたってさぁ」
「雑って何だよ。普通だろ」
 周囲からフォローかどうか微妙な声が飛ぶ。

 陸の教え方が雑? この前のボウリングではあんなに丁寧に教えてくれたのに。どうしよう。その話が本当だったら嬉しいかも。
 遠くにいる陸と目が合う。その瞳がすごく穏やかで——

「何で篠崎はこの流れで宮宇地見てんの?」
 松下くんの純粋な疑問で、周囲の視線が一斉に僕に向いた。

「は? 見てねーし。それより松下、ジュース」
「いやいや、無理だろ。あと五分で終わるし」
「机は戻しといてやるから。炭酸以外の甘いやつ。ダッシュで」
「行けばいいんだろ! 鬼!」

 大げさな泣き真似をした松下くんが教室を去り、一気に撤収ムードになった。誰も僕のことを気にしていない。

 僕は陸に「助けてくれてありがとう」とメッセージを送って、それからずっと教科書を眺めていた。


 放課後のファミレスで、学校のことを篠崎くんと話す。
 窓際から差す日の光が教室にいる時とあまり変わらなくて落ち着かない。

「陸すごかったね! ランニングマンってやつ。手品みたいだった」
「そうか? 知りたかったらやり方教えるけど」
「遠慮しとく。まずはボックス踏めるようにならないと」
「先は長いな」

 陸が静かに笑う。学校とは違う、力が抜けた感じに嬉しくなって、僕は本当に伝えたかったことを言う。

「かっこよかったよ。誰かに自慢したいくらい」
「……普通に恥ずいんだけど」

 そう言いながらも彼は少しだけ視線を逸らして、すぐ戻した。そして僕に手招きする。

 彼の考えていることはよくわからないが、とりあえず席を立って彼の隣に移動した。

 陸がにっこり笑って僕の頭をさらっと撫でる。太陽の光と照明が混じって、彼の瞳に深みが増した気がする。

「やっぱ篠崎だ!」
「あれ? 一緒にいるの宮宇地くん?」

 弾かれたように、陸の手が離れた。僕もそそくさと席を離れ、陸の向かいに座った。

「なんでお前らここに」
「カラオケ行ったら満室でー、ファミレス行こってなって、そしたら篠崎と宮宇地がいたの」
「わざわざこっちの駅来る必要なくね?」
「篠崎も同じじゃん。今コラボやってて、駅前のとこが学校から近かったっていうか」

 菊池さんが代表して答える。まさかよりにもよってクラスメイトに見られるなんて。

 僕たちに断りを入れず彼らが席に座ってきた。四人掛けの席に六人いるからぎゅうぎゅうだ。

 向かいの席には窓側から篠崎くん、森川さん、菊池さん。こちらの席には僕、松下くん、梅原くんの順で座っている。

「菊池。梅原と代われ。男三人だと狭いだろうが」
「何で篠崎が言うの?」
「それは」
「とりあえず人数分ドリンクバー頼もー」
「あっ、私注文するね」

 森川さんがタブレットを取る時、篠崎くんに触れた気がして、もやもやしたものが胸に溜まる。

「篠崎と宮宇地って仲良かったっけ? 全然知らなかったんだけど」
 梅原くんが世間話のように核心に迫る。
「たまたま車両が一緒で、話してたら二人とも暇だったから来ただけ」
「じゃあ何でここに? うちの学校から微妙に不便じゃん」
 さらに重ねて松下くんが質問する。陸は平然としたまま口を開く。
「お前らみたいな騒がしいやつらがいないからだよ」
「りっくんひどーい!」

 森川さんが軽く陸を押すような仕草をして、和やかな笑いが生まれる。
 頭を撫でたところは見てなかったのかな。誰も言及しないことに一人安堵する。
 いつもの教室でよく見る光景。唯一違うのは、僕もその輪に入っているというだけ。それだけなのに、今すぐその場から離れたくなった。

「宮宇地ってさー、うちのハムに似てるんだよね。ジャンガリアンなんだけど」
 菊池さんがニコニコしながら僕に顔を向ける。彼女の表情に悪意は感じない。
「えっと、それは褒めてるの?」
「褒めてる。褒めてる。白くて小さくてー、ミニ大福って名前でー」
「それもう名前というより商品名だろ」
 松下くんの返しの速さは目を見張るものがある。

「え? 可愛くない?」
「あんまり。なあ、俺は? 動物でいうと何?」
「犬」
「雑すぎん?」

 そこから松下くんっぽい犬種を決めるという流れになった。陸がうんざりした顔で「チワワ」と言ったのが面白かったけど、タイミングがわからなくて上手く笑えなかった。



「りっくん見て見て。この前投稿したやつ」
「へー、違いがわからん」
「そこで俺が宇佐美にクロスカウンターで」
「てか暑くない?」
「この前の小テスト十点満点だと思ったら五十点満点だった」

 各々が話したいことを話している。彼らの中では成立しているようで、あえて無視したり軽く合いの手を入れながら会話が進む。

「うちらそろそろ帰るねー」
「みんなまたね。りっくんもまた明日」
「おー。気をつけて」

 森川さんと菊池さんがファミレスから出て行く。外から窓越しに手を振られて、男子全員で振り返す。

 梅原くんが陸の隣に移動して、男だけの四人席になった。

 沈黙が流れる。その静寂を破ったのは、松下くんだった。

「篠崎と宮宇地って付き合ってるの?」

 一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。

「んなわけねーって。宮宇地に失礼だろ、俺じゃ」

 陸は何でもないことのように返していた。その顔に動揺は見られない。

「いや、でも頭撫でてなかった? すごい顔近かったし。俺一番先に入ったから普通に見ちゃったんだけど」
「ゴミが付いてたから取っただけ」
「それにしては距離が」
「松下。顔にゴミついてる」

 陸がテーブルから身を乗り出し、手を伸ばす。そして唐突に松下くんの顔を片手で掴んだ。まるでアイアンクローだ。

「痛っ……えっ! ひどくない!?」
「ゴミついてたから」
「嘘つけ!」
「うるさい。周りに迷惑だろ」
「性格悪ぅー」

 嘘をつかせてしまった。陸にとって彼らは友達のはずなのに。
 陸は満足そうな表情で松下くんの顔から手を離し、ソファに座った。
 その様子をぼーっと見ていたら、梅原くんと目が合った。

「いつものノリだから。宮宇地は気にしないで」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「宮宇地。梅原と三秒以上目を合わすな」
「ひどくね!?」

 陸が急に注意してきた。梅原くんがぶつぶつ文句を言っている。

「あー、梅原はなぁ。大丈夫だと思うけど一応、ね」
 松下くんが気まずそうに目を逸らす。
「そこまで見境なくねーよ!」
「えっと、どういうこと?」
 僕が説明を求めると、陸が答えてくれた。

「梅原は惚れっぽいんだよ。入学から今まで十七人に告白してる」
「お、多いね」
「好きになったら伝えたくなるだろうが」
「その好きになる基準が低すぎるのが問題だ」
「低くねーって。俺だっていつも真剣なの。この前の、石井にも、俺はガチで……」

 梅原くんの言葉と表情で、石井さんに告白したことと振られたことが同時に理解できた。

「あの、何て言ったらいいかわからないけど元気出して。梅原くんは面白いし、周りをよく見てるからいつか上手くいくと思うよ」
「宮宇地……」
「あ、まず」

 僕をまっすぐ見つめる梅原くんと、それを見て何かを感じ取った松下くんの声。

「好きです。付き合ってください」
「えっと、どうしたらいいんだろう」
「あ、ごめん。優しくされたから思わず言ってしまった」
「とりあえず梅原殺すか」
「篠崎今日口悪くね!?」

 陸が梅原くんにアイアンクローして、松下くんがそれを宥めて。三人は笑いながら戯れ合っていた。
 彼らの仲の良さが伝わって、心が痛くなる。嫉妬ではない。むしろこれは——

 冷め切った抹茶オレを一口飲む。口に広がる苦さに、僕は顔を顰めた。



 帰りの電車は、そこそこ人が乗っていて座れなかった。
 松下くんと梅原くんは反対方向だったので駅で別れて、今は陸と二人きりだ。

 次が僕の降りる駅だ。いつも僕が先に降りて、電車の中にいる陸を見送ってからホームを移動する。

「今日は楽しかったよ。また明日ね」
「……あー、うん」

 電車が止まり、ドアが開く。いつも通り、あとは家に帰るだけ。そのはずだった。

「何で陸も降りたの?」

 返事を聞く前に、電車が発車した。しばらく無言の時間が続き、ホームにいる人の数がまばらになる。

「いつもと様子が違ったから」

 彼は静かにそれだけ告げると、僕の背中をそっと押した。僕は促されるように改札へ足を進め、陸と一緒に出た。

 星がほとんど見えない、冬の曇り空。頼りない街灯を辿りながら、僕たちは無言で公園を目指していた。

 ベンチと遊具が二つあるだけの狭い公園は、異様なほど静かだった。
 薄ぼんやりとした照明が余計な寒さをもたらす。

 陸とベンチに並んで座る。二人でここに来るのは初めてなのにそんな気がしないのは、僕らが公園によく寄るからだと思う。

「寒いな」
「うん」

 今日は特に寒いとニュースで言ってた。なのに陸はなんで僕のそばにいてくれるんだろう。
 隣にいる存在が大きくて、それに釣り合わない自分が情けなくなる。

「これ使って」
 手渡されたのは、ハンカチだった。
「なんで?」
「泣いてる」

 そこでようやく、涙が流れていることに気づいた。一度意識したらもうだめで、絶え間なく涙が溢れて止まらなくなる。

「ちが、違う。これはとにかく違って……ごめんなさい」
「落ち着け。謝らなくていいから」
「でも、こんな。わかんなくて、自分でも」
「俺は何時間でも隣にいる。だから無理に止めなくていい」

 唇が震えて、うまく息が吐けなかった。不恰好な泣き声は、まるで自分じゃないみたいだ。
 陸に優しく肩を抱かれ、僕は彼の胸に顔を埋めた。僕の大好きな匂いも、今だけは涙を増やす材料にしかならなかった。