放課後、いつもの場所で〜クラスの人気者と、なぜか放課後だけ一緒にいます

 僕のクラスには王様がいる。積極的に面白いことをするわけでも、率先して仕切るわけでもない。それなのに全員が彼の動向に注目してしまう。

「りっくん、ちょっといい?」
 クラスで一番目立つ女子、森川さんが王様に話しかける。
「何?」
 彼がスマホから顔を上げる。
「クラスTシャツの色、何がいいかなって」
「そんなの話し合って決めたらいいだろ」
「そうするつもりだけど、りっくんの意見も聞きたいの」

 教室に静寂が訪れる。彼はそんなつもりないかもしれないが、今この教室は彼に支配されていた。

「二組と五組が青にするって言ってたから、それ以外でいいんじゃね?」
「そうなの? りっくんがいなかったら青になってたかも。ありがとう!」

 そう言って森川さんはさりげなく彼の肩に手を添えて、自分のグループに戻っていった。
 そこから入れ替わるように、クラスで一番明るい男子の松下くんが教室に入ってきて彼に話しかける。

「篠崎ー! 森川と何話してたの!?」
「声でかい。クラTの色だよ」
「俺、青がいい!」
「それ以外になるっぽい。他のクラスと被ってるから」
「じゃあ金にしようぜ! 篠崎も派手なの着たいよな?」
「黒とか無難なのでいい」

 そこからクラスの一軍男子を巻き込んで色の話になり、その話題もすぐに流れて最終的に松下くんが一発ギャグを披露していた。

 僕は自分の席で教科書越しにそれを眺めていた。一際大きな笑いが起きた時、スマホが震えた。

 混ざる? 視線感じるけど、さっきからずっと

 送り主は確認しなくてもわかる。僕は反射的に見てないと送った。

 予鈴が鳴ってみんながそれぞれの席に戻る。本当に無意識だった。視線の先に篠崎くんがいて、ばっちり目があった。
 彼がニヤリと笑って、口パクで「うそつき」と言った気がした。僕は慌てて教科書で顔を隠して、しばらく授業に集中できなかった。


 終礼後の掃除。これが終われば放課後だ。やるべきことをやっていれば、誰とも話さなくても文句は言われない。
 少しだけ綺麗になった教室で帰りの準備をする。教室内にはまだ数人残っていて、その中には篠崎くんもいた。

「りっくんもカラオケ行こうよ」
「今日は無理」
「えー。りっくんいないとつまんなーい」
「え? 篠崎行かないの?」

 どんどん人数が増えていく。クラスの中心グループでカラオケに行く予定だったのか。
 篠崎くんは何度か断っていたが、みんなに誘われて困っている様子だ。
 一人教室を出る。昇降口を出てすぐ、篠崎くんに「カラオケ優先でいいよ。付き合いもあるだろうし」とメッセージを送った。学校の最寄駅に着いても既読はつかなかった。



 何駅か電車に揺られ、集合場所の駅に着いた。改札を出て近くのベンチに座ると、日に焼かれたような熱さにに襲われた。
 ファミレスのクーラーが恋しい。これからどうしよう。来るはずがないのに、待ち続けるには暑すぎる。それでも動く気が起きなくて、僕は何本か電車を見送った。

 しばらく時間が経った。次の電車まであと二分。急げばギリギリ間に合うだろう。立ち上がったけど、足が進まなかった。電車がホームに入る音が聞こえても座る気になれなかった。

 秘密の関係でよかった。篠崎くんは周りに気を遣える人だから、僕とグループの板挟みになったらかわいそうだ。だから、これでいい。たまに篠崎くんの気まぐれに付き合うくらいでいいんだ。そういうことにしておこう。

 俯いた僕の耳に大きな足音が入ってきた。それはまっすぐ改札に向かい、飛び出していった。
 突然、誰かに手首を掴まれる。見上げると、彼がいた。荒い息遣い。いつもの落ち着いた表情は消え、ただ必死な形相だった。

「やっと……見つけた……!」
「どうして」

 さらに強い力で手首を握られる。彼は息を整えてから口を開いた。
「どうしてって、いつまで経っても駅に来ないし、変なメッセージは送ってくるし、電話してもでないから」
「電話?」
 急いでスマホを確認すると電源が切れていた。昨日寝る前に、うっかり充電を忘れていたことを思い出す。

「なんでここにいるんだよ」
「なんでって。駅で待ち合わせって、篠崎くんが昨日言ってたから」
「……あー、そういうことか」
 篠崎くんが力が抜けたようにベンチに座り込む。その動きで僕の腕が引っ張られる。手、離さないつもりなのかな。

「そういうことって?」
「俺はずっと学校前の駅で待ってた。それで全然宮宇地が来ないから、直接ファミレスに行くつもりで」
 なるほど。僕たちは盛大にすれ違っていたということか。

「確認してなくてごめんね。でも学校のとこだと見られるかもしれないから」
「いや、俺もごめん。そこまで頭回ってなかった」
「カラオケはよかったの?」
「あのな」
 真剣な目。教室に君臨する時の雰囲気そのままだ。僕は無言で彼を見つめる。

「俺は、宮宇地がいいの。昨日俺が言ったこと忘れた?」
「忘れてないけど、でも」
「行くぞ」

 篠崎くんが立ち上がり、僕の手を引いて歩き出す。昨日と同じ状況だけど、昨日はすぐ手を離してたのに。

「篠崎くん。手、離さないの?」
「離したら宮宇地がどっか行きそうだからやだ」
「僕はどこにも逃げないよ」
「本当に?」
「うん」
「そうか。よかった」

 篠崎くんが優しい顔で笑った。学校で彼がこんな表情を浮かべるところを見たことがない。

 これ以上何も言えず、手首を掴まれたまま移動する。
 ファミレスまでの道中、僕はスマホを充電しなかったことを後悔しながら、希少な表情の篠崎くんを見つめていた。