「ごめんね。待った?」
「大丈夫。そんなに待ってない」
「今待ち合わせ二十分前だけど。何分前に来たの?」
「さあ?」
はぐらかされてしまった。二回目のデートは僕の方が早いと思ったのに。
自宅から二時間近くかかるターミナル駅。人が多いにも関わらず、陸は一際目立っていた。
緩めの黒いロングコートに緩めの白いスラックス。全体的にゆったりとしたシルエットなのにすらっと見えるのは、陸のスタイルがいいからだろう。
僕も灰色のロングコートにベージュのスラックスという似たような服装なのに、印象は天と地ほど違う。
「あの、その服」
「気付いた? シミラールックってやつ。雰囲気寄せてみた」
シミ、なんだっけ。あまりにも馴染みがなくて聞き返すこともできなかった。もしかしてロングコートとスラックスの組み合わせのことを言ってるのかな。
「ごめん。それはよくわからないけど、なんかペアルックみたいでいいね」
僕がそう言うと、陸は一瞬きょとんとした顔をして、それから優しい顔になった。
「そうだな。遥がそう思ってくれたなら嬉しい」
さりげなく僕の手を取る恋人は、服装も手伝ってすごく大人に見えた。シミなんとかというやつはすごいなと思いながら、僕は陸と繁華街を歩いた。
ピンとボールがぶつかる音。すぐそこではハイタッチと歓声が聞こえる。
シューズを借りてボールも選び終えた僕は、意味もなく空気の吹き出し口に手をかざしていた。
「何やってんの?」
「なんで風が出てるのかなって」
「俺も知らない」
陸でも知らないことってあるんだ。当然だけど、遊びのことに関しては詳しいと思ってたから意外だ。
「陸はボウリングやったことあるんだよね?」
「あるよ。スコアは……百三十くらい」
「それってすごいの?」
「まあまあ」
平均ってことかな? 運動神経よくても難しいのか。デートの定番ってネット記事にあったから決めたけど、けっこう大変かも。
話している間に画面に僕と陸の名前が表示された表が出てきた。
「頑張ってね」
「なんか今日は調子いいかも」
そう言って陸が投球したボールはカーブを描きながらピンに吸い込まれ、当たり前のように全部倒れた。
「すごい! ストライク!」
「遥のおかげ」
「何それ」
おかしくて笑ってたら、僕の番がきた。相手がストライクを出すと順番が早めに来るのか。
陸のフォームを見よう見まねで再現しようとして、一歩目で理解した。陸が理想的なフォームで投球していることに。腕がボールの重さに持っていかれそうだ。
なんとか転がしたボールは中央から外れながらふらふらとピンに向かい、端の一本と正面衝突した。
画面に表示された数字は1。幸先が悪すぎるスタートだ。
「難しいね」
「まあ、スコアは狙えるから。最初はスコア狙いでいったほうがいいかもな」
彼は何を言っているのだろう。全部倒すことが当然の選択肢としてあるなんて、身体能力が違いすぎる。
その後もどんどん投げていき、最終的に僕の惨敗で終わった。
陸のスコアが百五十。僕が八十だった。数字じゃなくて黒い三角が並んでいるほうが強いみたいだ。
「百三十って言ってたのにすごいね!」
「調子よかっただけだから」
「やり方教えてほしいな。僕にもできそうな範囲で」
「わかった。ちょっとボール取ってくる」
陸がボールを選んでいる間、周囲を観察する。男女混合のグループ、友達同士盛り上がっているグループや家族連れもいて、みんな楽しそうだ。
ちょうど隣のレーンで陸と同じ色のボールを持った男の人が投球している。フォームが少しふらついているような。彼の最終スコアを見ると、百二十だった。百二十でこれくらいなのか。陸と明らかに動きが違う。
他にも男性中心にざっとスコアとフォームを見てみる。僕はそれを見て、ある疑念が湧いた。
「次、遥から。こっちのボール使ってみ」
「あ、うん。ありがとう」
話を聞く前にゲームが始まってしまった。僕は陸をじっと見てアドバイスを待つ。
「指穴余裕ある? 重さはどう? 少し重いくらいが理想なんだけど」
「余裕あるし、さっきより軽いかな。ちょっとだけ重いかもってくらい」
「いい感じ。じゃあまず、あの三角のマークの真ん中狙って投げてみて」
「わかった。フォームとかは?」
「後で教える。全部言うと混乱しそうだから。とりあえず力抜いて、振り子みたいに腕振ってみて」
陸は僕のことを理解しすぎだ。たしかにこれ以上のアドバイスは逆に動けなくなりそうだ。
言われた通り、三角マークを狙って転がす。すると勢いはないものの、中心から少し外れたところに命中し、ピンが七本倒れた。
「陸!」
「やったな」
思わず駆け寄って指で数字の七をアピールしてしまった。僕の恋人は教え上手だ。
その後もフレームごとに陸が的確なアドバイスをしてくれて、最終的に僕のスコアは百になった。
そして陸のスコアは——
「ひゃ、百八十……」
「いやー、本気出しすぎたかも」
背伸びをしている陸に、僕は先ほど抱いた疑問をぶつけることにした。
「普段百三十って嘘だよね?」
「え、いやそんなことは」
目が泳いでる。怪しい。
「周りの人見たけど、スコア百三十の人って陸みたいな腕の振りじゃなかったよ。陸のフォーム、飛び抜けて綺麗だった」
「それは、その」
「その?」
「……いいとこ見せたくて、低めに言ってた。外したらダサいかなって……」
彼の言葉が一歩遅れて入ってくる。いいとこ見せたくてって、僕にってことだよね。それって——
「かわいい」
「は?」
「嬉しいかも。陸の意外な一面」
「俺は嬉しくない」
拗ねた陸を宥めるのは大変だった。お詫びの飲み物もアイスもいらないと拒否されて、最終的に「ちゃんとかっこよかったよ。運動できる人憧れる」と言っただけで機嫌が直ったのは謎だった。
ボウリング場を出て、これからどうしようかと話し合っていると、明るい声が割って入ってきた。
「篠崎! 久しぶり!」
「痛てっ。おい、ふざけんな」
茶髪の人が陸の肩に腕を回している。距離が近くて気になったけど、陸がすかさず迷惑そうな顔で振り払っていた。
その様子を見て、ほっとしている自分に気付いた。
「お前この前の同窓会行った?」
「行ってない。今後も行かない」
「なーんだ。ま、いいわ。後で連絡する」
「はいはい。こっちは大事な時間だから邪魔すんな」
「大事な? あっ、お友達? なんか系統違くね? けっこう可愛い――痛いって! ガチなんやめろや!」
「話はそれだけか?」
「なんか機嫌悪い? いや、顔怖。ごめんって。お友達もバイバーイ」
陸の肩越しに話しかけてきた茶髪の人は、光の速さで去っていった。なんというか、台風みたいな人だった。
「ごめん。一応中学の友達」
「びっくりしたけど、気にしてないよ」
「高校離れてから会ってなかったから反応遅れた」
こんな離れたところでも知り合いに会うことがあるんだ。気をつけないといけないのはわかっている。それでも止まらなかった。
「陸。屈んでほしい」
「急にどうした?」
「お願い」
「わかった。こうか?」
陸が膝を軽く曲げて屈む。不格好になるけど、これならいけそうだ。
僕は陸の隣に並ぶと、背伸びして彼の肩に腕を回した。しっかりとした鍛えられた骨格を感じる。
体格差にドキドキするなんて、僕はだいぶ重症かもしれない。
「やっておいてあれだけど、人の目が気になるね」
「俺はずっとこうしてたいけど」
さすが陸だ。人目を気にしない。彼はずっと変わらなくて、僕だけが気にしている。
恥ずかしくて腕を外そうとした時、気付いた。これならもう少し落ち着いて話せるかもしれない。肩に腕を回したまま口を開く。
「あのさ」
「何? またお願い?」
「今日お父さん出張でいないけど、家来る?」
「え? は?」
陸が目を丸くして黙り込んだ。呼びかけても反応はない。僕は回していた腕を外して、彼の肩を揺することにした。
「大丈夫。そんなに待ってない」
「今待ち合わせ二十分前だけど。何分前に来たの?」
「さあ?」
はぐらかされてしまった。二回目のデートは僕の方が早いと思ったのに。
自宅から二時間近くかかるターミナル駅。人が多いにも関わらず、陸は一際目立っていた。
緩めの黒いロングコートに緩めの白いスラックス。全体的にゆったりとしたシルエットなのにすらっと見えるのは、陸のスタイルがいいからだろう。
僕も灰色のロングコートにベージュのスラックスという似たような服装なのに、印象は天と地ほど違う。
「あの、その服」
「気付いた? シミラールックってやつ。雰囲気寄せてみた」
シミ、なんだっけ。あまりにも馴染みがなくて聞き返すこともできなかった。もしかしてロングコートとスラックスの組み合わせのことを言ってるのかな。
「ごめん。それはよくわからないけど、なんかペアルックみたいでいいね」
僕がそう言うと、陸は一瞬きょとんとした顔をして、それから優しい顔になった。
「そうだな。遥がそう思ってくれたなら嬉しい」
さりげなく僕の手を取る恋人は、服装も手伝ってすごく大人に見えた。シミなんとかというやつはすごいなと思いながら、僕は陸と繁華街を歩いた。
ピンとボールがぶつかる音。すぐそこではハイタッチと歓声が聞こえる。
シューズを借りてボールも選び終えた僕は、意味もなく空気の吹き出し口に手をかざしていた。
「何やってんの?」
「なんで風が出てるのかなって」
「俺も知らない」
陸でも知らないことってあるんだ。当然だけど、遊びのことに関しては詳しいと思ってたから意外だ。
「陸はボウリングやったことあるんだよね?」
「あるよ。スコアは……百三十くらい」
「それってすごいの?」
「まあまあ」
平均ってことかな? 運動神経よくても難しいのか。デートの定番ってネット記事にあったから決めたけど、けっこう大変かも。
話している間に画面に僕と陸の名前が表示された表が出てきた。
「頑張ってね」
「なんか今日は調子いいかも」
そう言って陸が投球したボールはカーブを描きながらピンに吸い込まれ、当たり前のように全部倒れた。
「すごい! ストライク!」
「遥のおかげ」
「何それ」
おかしくて笑ってたら、僕の番がきた。相手がストライクを出すと順番が早めに来るのか。
陸のフォームを見よう見まねで再現しようとして、一歩目で理解した。陸が理想的なフォームで投球していることに。腕がボールの重さに持っていかれそうだ。
なんとか転がしたボールは中央から外れながらふらふらとピンに向かい、端の一本と正面衝突した。
画面に表示された数字は1。幸先が悪すぎるスタートだ。
「難しいね」
「まあ、スコアは狙えるから。最初はスコア狙いでいったほうがいいかもな」
彼は何を言っているのだろう。全部倒すことが当然の選択肢としてあるなんて、身体能力が違いすぎる。
その後もどんどん投げていき、最終的に僕の惨敗で終わった。
陸のスコアが百五十。僕が八十だった。数字じゃなくて黒い三角が並んでいるほうが強いみたいだ。
「百三十って言ってたのにすごいね!」
「調子よかっただけだから」
「やり方教えてほしいな。僕にもできそうな範囲で」
「わかった。ちょっとボール取ってくる」
陸がボールを選んでいる間、周囲を観察する。男女混合のグループ、友達同士盛り上がっているグループや家族連れもいて、みんな楽しそうだ。
ちょうど隣のレーンで陸と同じ色のボールを持った男の人が投球している。フォームが少しふらついているような。彼の最終スコアを見ると、百二十だった。百二十でこれくらいなのか。陸と明らかに動きが違う。
他にも男性中心にざっとスコアとフォームを見てみる。僕はそれを見て、ある疑念が湧いた。
「次、遥から。こっちのボール使ってみ」
「あ、うん。ありがとう」
話を聞く前にゲームが始まってしまった。僕は陸をじっと見てアドバイスを待つ。
「指穴余裕ある? 重さはどう? 少し重いくらいが理想なんだけど」
「余裕あるし、さっきより軽いかな。ちょっとだけ重いかもってくらい」
「いい感じ。じゃあまず、あの三角のマークの真ん中狙って投げてみて」
「わかった。フォームとかは?」
「後で教える。全部言うと混乱しそうだから。とりあえず力抜いて、振り子みたいに腕振ってみて」
陸は僕のことを理解しすぎだ。たしかにこれ以上のアドバイスは逆に動けなくなりそうだ。
言われた通り、三角マークを狙って転がす。すると勢いはないものの、中心から少し外れたところに命中し、ピンが七本倒れた。
「陸!」
「やったな」
思わず駆け寄って指で数字の七をアピールしてしまった。僕の恋人は教え上手だ。
その後もフレームごとに陸が的確なアドバイスをしてくれて、最終的に僕のスコアは百になった。
そして陸のスコアは——
「ひゃ、百八十……」
「いやー、本気出しすぎたかも」
背伸びをしている陸に、僕は先ほど抱いた疑問をぶつけることにした。
「普段百三十って嘘だよね?」
「え、いやそんなことは」
目が泳いでる。怪しい。
「周りの人見たけど、スコア百三十の人って陸みたいな腕の振りじゃなかったよ。陸のフォーム、飛び抜けて綺麗だった」
「それは、その」
「その?」
「……いいとこ見せたくて、低めに言ってた。外したらダサいかなって……」
彼の言葉が一歩遅れて入ってくる。いいとこ見せたくてって、僕にってことだよね。それって——
「かわいい」
「は?」
「嬉しいかも。陸の意外な一面」
「俺は嬉しくない」
拗ねた陸を宥めるのは大変だった。お詫びの飲み物もアイスもいらないと拒否されて、最終的に「ちゃんとかっこよかったよ。運動できる人憧れる」と言っただけで機嫌が直ったのは謎だった。
ボウリング場を出て、これからどうしようかと話し合っていると、明るい声が割って入ってきた。
「篠崎! 久しぶり!」
「痛てっ。おい、ふざけんな」
茶髪の人が陸の肩に腕を回している。距離が近くて気になったけど、陸がすかさず迷惑そうな顔で振り払っていた。
その様子を見て、ほっとしている自分に気付いた。
「お前この前の同窓会行った?」
「行ってない。今後も行かない」
「なーんだ。ま、いいわ。後で連絡する」
「はいはい。こっちは大事な時間だから邪魔すんな」
「大事な? あっ、お友達? なんか系統違くね? けっこう可愛い――痛いって! ガチなんやめろや!」
「話はそれだけか?」
「なんか機嫌悪い? いや、顔怖。ごめんって。お友達もバイバーイ」
陸の肩越しに話しかけてきた茶髪の人は、光の速さで去っていった。なんというか、台風みたいな人だった。
「ごめん。一応中学の友達」
「びっくりしたけど、気にしてないよ」
「高校離れてから会ってなかったから反応遅れた」
こんな離れたところでも知り合いに会うことがあるんだ。気をつけないといけないのはわかっている。それでも止まらなかった。
「陸。屈んでほしい」
「急にどうした?」
「お願い」
「わかった。こうか?」
陸が膝を軽く曲げて屈む。不格好になるけど、これならいけそうだ。
僕は陸の隣に並ぶと、背伸びして彼の肩に腕を回した。しっかりとした鍛えられた骨格を感じる。
体格差にドキドキするなんて、僕はだいぶ重症かもしれない。
「やっておいてあれだけど、人の目が気になるね」
「俺はずっとこうしてたいけど」
さすが陸だ。人目を気にしない。彼はずっと変わらなくて、僕だけが気にしている。
恥ずかしくて腕を外そうとした時、気付いた。これならもう少し落ち着いて話せるかもしれない。肩に腕を回したまま口を開く。
「あのさ」
「何? またお願い?」
「今日お父さん出張でいないけど、家来る?」
「え? は?」
陸が目を丸くして黙り込んだ。呼びかけても反応はない。僕は回していた腕を外して、彼の肩を揺することにした。
