彼の自宅の最寄り駅。初めて降りるのに不思議と親しみを感じる。
用事もないのに友達がバイト先に来るって迷惑じゃないかな。クリスマスイブなら忙しいだろうし。そうだ。差し入れを渡しに来たってことにしよう。僕は途中のコンビニで飲み物を買って、ケーキ屋を目指した。
ケーキ屋はすでに閉店しているようで、扉が閉まっていた。明かりは見えるが、中の様子まで窺うことはできない。
一度連絡をと思ってスマホを取り出すと、人が出てきた。
「宮宇地? 本物?」
目を丸くしている彼は、いつもと印象が違った。白いシャツに黒のスラックス。厚手で大きめのスタジャンが制服の時よりもラフな雰囲気だ。
「あっ、あの……その、報告! 報告に来たよ。あと差し入れも」
「うわー、まじかー」
「ごめんね。迷惑だったよね」
「宮宇地が来るってわかってたら気合い入れたのに……。あのな、これ近所用だから。普段はこんなダサくないから」
言い訳みたいに話す篠崎くんがおかしくて笑ってしまう。
「ダサいなんて思ってないよ」
「それならいいけど。差し入れって?」
「あの、これ」
コーンポタージュ缶を手渡すと、篠崎くんは表情を緩めてお礼を言ってくれた。それからすぐ近くにある公園に行くことになって、彼の隣を歩いた。
再びここに来る保証なんてないのに、僕は道を覚えるための目印を必死で探していた。
人気のない公園のベンチに彼と並んで座る。いつも寄るところより狭くて、星がはっきり見えた。
「久しぶりに飲んだわ。けっこう美味いな」
「よかった。ずっと甘いもの見てたはずだから、しょっぱいのがいいかなって」
「そこまで考えてくれたんだ。ありがとう」
空になった蓋つきのポタージュ缶を篠崎くんが大事そうにポケットにしまう。その仕草が妙に嬉しかった。
「ごめんね。疲れてるのに付き合わせちゃって」
「それは別に。でも不思議な気分」
「不思議?」
「こうして宮宇地とイブも一緒にいるなんて、四月の頃は思ってもなかった」
「確かに。篠崎くんが夏休み明けに声かけてくれなかったら一人で過ごしてたと思う。ありがとう」
「俺は大したことしてないから」
篠崎くんはそう言うけど、僕にとっては大したことだった。
「今楽しいのも篠崎くんのおかげだよ」
「そっか。よかった」
沈黙の時間が訪れる。ファミレスにいる時よりも静かで、風の音だけがはっきり聞こえた。
聞くなら今しかないと思った。時間が経つほど怖くて聞けなかった。もしそれが彼の勘違いだったら、関係が壊れてしまいそうで言えなかった。
「一学期のことって何? 僕のおかげで部活を辞める決心がついたって言ってたけど、身に覚えがなくて」
「それは……」
篠崎くんが言い淀む。もう風の音は聞こえなかった。やがて彼は拳を握り締め、口を開いた。
「一学期の終業式の日に、宮宇地が大丈夫かって声かけてきて。自分では完璧に演じてたと思ってたから。それがなんか、衝撃で」
「あ……」
僕は思わず声を漏らした。あれは、だって——
「宮宇地は覚えてないかもしれないけど、俺の中では吹っ切れるきっかけになったというか。俺のことちゃんと見てくれる人がいたんだって、そんな気持ちに」
「……忘れてって言ったのに」
「え?」
「あの時気持ち悪いこと言ったなって自分でも思ってたから。だけど篠崎くんの背中を押すきっかけになれたなら、よかった」
「覚えてたのか?」
「忘れるわけない。篠崎くんとまともに話したのあれが初めてだったし」
彼が握り締めていた拳の力を緩めた。それから掠れた声で「そうか。覚えてたのか」と呟いていた。
突然強い風が吹いて、周囲の温度が下がった。寒さのせいか、二人の間にある隙間を意識してしまった。
「寒いね」
「そうだな」
このまま何も言わなかったら、終わる感覚がした。嫌だ。まだ帰りたくない。
「僕は前から篠崎くんのこと見てたよ。僕に持ってないもの持っててすごいなって。気がついたら視界に入ってた」
「俺も宮宇地のこと見てた。最初は面白いやつだと思ってた」
篠崎くんも同じだったんだ。胸に温かいものが広がって、自然と膝が彼の方に向いた。
「でも今はちょっと違う」
「違うって?」
彼と目を合わせる。その顔が不安そうに見えて、だからこそ伝えたいと思った。
「篠崎くんのこともっと知りたい。今日のカラオケも篠崎くんのこと考えてた。だから来ちゃった、の……かも」
決意したのに最後まで言い切ることができなかった。篠崎くんが立ち上がったからだ。
弾かれたように僕も立って、彼と正面で向き合った。お互いの息が震えているように感じた。
「俺は宮宇地が好きだ」
力強い声だった。真っ直ぐに向けられた熱い視線から目が逸らせなかった。
「僕も篠崎くんが好きです」
言葉にしてから、これだけだと僕の気持ちが伝わらないと思った。
篠崎くんの手を取り、両手でぎゅっと握った。彼の指先は冷たかった。
顔を上げて篠崎くんを見つめる。
その目も、眉の動きも、唇の形も、全部が僕だけに向けられていた。
「宮宇地」
篠崎くんの手に力が入り、優しく引き寄せられた。彼の顔がゆっくりと近づく。そしてまつ毛が触れ合いそうな距離で止まった。
「いいよ。僕も同じ」
初めての経験なのに自然と目を閉じていた。心臓の音がドクドクと耳に響く。
唇に当たるひんやりした感覚がやがて熱をもち、溶け合う。
しばらくして唇が少し離れ、今度は僕から重ねた。そこからは何も考えられなくなって、ただ彼の体温を感じていた。
用事もないのに友達がバイト先に来るって迷惑じゃないかな。クリスマスイブなら忙しいだろうし。そうだ。差し入れを渡しに来たってことにしよう。僕は途中のコンビニで飲み物を買って、ケーキ屋を目指した。
ケーキ屋はすでに閉店しているようで、扉が閉まっていた。明かりは見えるが、中の様子まで窺うことはできない。
一度連絡をと思ってスマホを取り出すと、人が出てきた。
「宮宇地? 本物?」
目を丸くしている彼は、いつもと印象が違った。白いシャツに黒のスラックス。厚手で大きめのスタジャンが制服の時よりもラフな雰囲気だ。
「あっ、あの……その、報告! 報告に来たよ。あと差し入れも」
「うわー、まじかー」
「ごめんね。迷惑だったよね」
「宮宇地が来るってわかってたら気合い入れたのに……。あのな、これ近所用だから。普段はこんなダサくないから」
言い訳みたいに話す篠崎くんがおかしくて笑ってしまう。
「ダサいなんて思ってないよ」
「それならいいけど。差し入れって?」
「あの、これ」
コーンポタージュ缶を手渡すと、篠崎くんは表情を緩めてお礼を言ってくれた。それからすぐ近くにある公園に行くことになって、彼の隣を歩いた。
再びここに来る保証なんてないのに、僕は道を覚えるための目印を必死で探していた。
人気のない公園のベンチに彼と並んで座る。いつも寄るところより狭くて、星がはっきり見えた。
「久しぶりに飲んだわ。けっこう美味いな」
「よかった。ずっと甘いもの見てたはずだから、しょっぱいのがいいかなって」
「そこまで考えてくれたんだ。ありがとう」
空になった蓋つきのポタージュ缶を篠崎くんが大事そうにポケットにしまう。その仕草が妙に嬉しかった。
「ごめんね。疲れてるのに付き合わせちゃって」
「それは別に。でも不思議な気分」
「不思議?」
「こうして宮宇地とイブも一緒にいるなんて、四月の頃は思ってもなかった」
「確かに。篠崎くんが夏休み明けに声かけてくれなかったら一人で過ごしてたと思う。ありがとう」
「俺は大したことしてないから」
篠崎くんはそう言うけど、僕にとっては大したことだった。
「今楽しいのも篠崎くんのおかげだよ」
「そっか。よかった」
沈黙の時間が訪れる。ファミレスにいる時よりも静かで、風の音だけがはっきり聞こえた。
聞くなら今しかないと思った。時間が経つほど怖くて聞けなかった。もしそれが彼の勘違いだったら、関係が壊れてしまいそうで言えなかった。
「一学期のことって何? 僕のおかげで部活を辞める決心がついたって言ってたけど、身に覚えがなくて」
「それは……」
篠崎くんが言い淀む。もう風の音は聞こえなかった。やがて彼は拳を握り締め、口を開いた。
「一学期の終業式の日に、宮宇地が大丈夫かって声かけてきて。自分では完璧に演じてたと思ってたから。それがなんか、衝撃で」
「あ……」
僕は思わず声を漏らした。あれは、だって——
「宮宇地は覚えてないかもしれないけど、俺の中では吹っ切れるきっかけになったというか。俺のことちゃんと見てくれる人がいたんだって、そんな気持ちに」
「……忘れてって言ったのに」
「え?」
「あの時気持ち悪いこと言ったなって自分でも思ってたから。だけど篠崎くんの背中を押すきっかけになれたなら、よかった」
「覚えてたのか?」
「忘れるわけない。篠崎くんとまともに話したのあれが初めてだったし」
彼が握り締めていた拳の力を緩めた。それから掠れた声で「そうか。覚えてたのか」と呟いていた。
突然強い風が吹いて、周囲の温度が下がった。寒さのせいか、二人の間にある隙間を意識してしまった。
「寒いね」
「そうだな」
このまま何も言わなかったら、終わる感覚がした。嫌だ。まだ帰りたくない。
「僕は前から篠崎くんのこと見てたよ。僕に持ってないもの持っててすごいなって。気がついたら視界に入ってた」
「俺も宮宇地のこと見てた。最初は面白いやつだと思ってた」
篠崎くんも同じだったんだ。胸に温かいものが広がって、自然と膝が彼の方に向いた。
「でも今はちょっと違う」
「違うって?」
彼と目を合わせる。その顔が不安そうに見えて、だからこそ伝えたいと思った。
「篠崎くんのこともっと知りたい。今日のカラオケも篠崎くんのこと考えてた。だから来ちゃった、の……かも」
決意したのに最後まで言い切ることができなかった。篠崎くんが立ち上がったからだ。
弾かれたように僕も立って、彼と正面で向き合った。お互いの息が震えているように感じた。
「俺は宮宇地が好きだ」
力強い声だった。真っ直ぐに向けられた熱い視線から目が逸らせなかった。
「僕も篠崎くんが好きです」
言葉にしてから、これだけだと僕の気持ちが伝わらないと思った。
篠崎くんの手を取り、両手でぎゅっと握った。彼の指先は冷たかった。
顔を上げて篠崎くんを見つめる。
その目も、眉の動きも、唇の形も、全部が僕だけに向けられていた。
「宮宇地」
篠崎くんの手に力が入り、優しく引き寄せられた。彼の顔がゆっくりと近づく。そしてまつ毛が触れ合いそうな距離で止まった。
「いいよ。僕も同じ」
初めての経験なのに自然と目を閉じていた。心臓の音がドクドクと耳に響く。
唇に当たるひんやりした感覚がやがて熱をもち、溶け合う。
しばらくして唇が少し離れ、今度は僕から重ねた。そこからは何も考えられなくなって、ただ彼の体温を感じていた。
