放課後、いつもの場所で〜クラスの人気者と、なぜか放課後だけ一緒にいます

 十二月二十四日、終業式。帰りのホームルームが終わって冬休み目前の教室は、妙にそわそわしていた。

「本日はクリスマスイブですが、一週間前に振られた俺がクリぼっち会を主催します。恋人がいるやつはさっさと帰ってください」

 教壇に立つ梅原くんは、凛々しい顔をしているのに物悲しかった。松下くんや他何人かは彼を見て爆笑していた。

 篠崎くんは笑っていない。いつも通り一歩引いた姿勢で、呆れたように梅原くんを見つめている。

 ふと、篠崎くんと目が合った。痺れるように心臓が揺れて、僕はゆっくりと視線を逸らした。今の不自然じゃなかったよね。篠崎くんに変に思われてないかな。大丈夫、なはず。

 一ヶ月前に篠崎くんへの思いを自覚してから、僕は彼を意識しすぎている。
 目が合うと落ち着かないし、手が触れると頭が真っ白になる。なのに彼の笑顔から目が離せない。

 自分では取り繕っているつもりだけど全然できていないのだろう。最近は篠崎くんも辿々しい態度になる時がある。

 その度に篠崎くんは悪くないと言いたくなる。だけど理由を話したら気持ちが漏れてしまいそうで、何も言えなかった。


 松下くんの呼びかけで参加者がどんどん集まっていく。梅原くんに爆笑していた何人かは「彼女待たせてるから帰るわ」と言っていて、世の無情を感じた。

「宮宇地も行くよな!」
「いないこと前提?」
「ごめん! 宮宇地彼女いんの? 写真ある?」
「いないけど」
「何だそれ! じゃあ参加決定な!」

 良くも悪くも、松下くんのあっけらかんとした態度は面白い。ちゃんと失礼だけど。

「篠崎はー?」
「バイト」
「りっくん行かないの?」
「夜までだから無理。ケーキ売ってくる」
「えー、行きたーい!」
「婆ちゃんの知り合いの店だからだめ」

 篠崎くんはそう言って教室から出て行った。出る直前、彼も目が合った。まるでアイコンタクトみたいだと思っていたら、二分後にスマホが鳴った。

 楽しんでこいよ。終わったら報告よろしく。

 報告って、何を言えばいいんだろう。飲んだものとかを送ればいいのかな。

「りっくんバイトかー」
「森川どうすんの?」
「行くけどー」

 森川さんが不満そうな顔で梅原くんに答える。知らなかったのか。

 篠崎くんがイブとクリスマスにバイトすることは事前に聞いていた。場所も教えてもらった。篠崎くんの家の近くだそうだ。だから誰にも教えてないのかもしれない。
 じゃあ、なんで僕には教えてくれたのだろう。

 篠崎くんのことが理解できない。彼の些細な一言や仕草が僕にとっては嬉しいことばかりだから、勘違いしそうになる。

「けっこう集まったな。じゃあカラオケで!」

 梅原くんの言葉に参加者たちが楽しそうに声を上げる。カラオケかぁ。僕は失敗したかなと思いながら集団の後ろについていった。



 カラオケに来たのは文化祭の打ち上げ以来だ。部屋の隅、スピーカーの真下の席に陣取る。やっぱりこの位置は人が密集しないから落ち着く。

「またこの席かよ!」
「松下くん。ここが一番落ち着くから」
「逆じゃね? うるさいだろ」
「そういう見方もあるね」
「余計わからん!」

 松下くんに肩をびしびしと叩かれる。五回、か。篠崎くんに報告する気はないけど一応覚えておこう。

「やっぱ最初は松下でしょ!」
「しょうがないなぁ」

 女子からの指名に、満更でもなさそうな松下くんが立ち上がりマイクを構えた。
 盛り上げ上手って彼みたいな人のことを言うんだろうなぁと思った。


 カラオケは中盤にさしかかったのかもしれない。順番に歌うというローテーションが崩れ、歌いたい人が曲を入れている状況だ。僕はまだ一曲も歌っていない。

 今は梅原くんが歌っている最中だ。妙に気持ちがこもっているように聞こえるのは、失恋ソングだからだろう。

「梅原! 私情を持ち込むな!」
「は!? クリぼっち会だぞ! ここで歌わないでいつ歌うんだよ!」
「私は梅原の気持ちわかるよ……なんで、しょうくんは……ひどいよ……」
「石井やめとけ! 空気が死んでる!」

 松下くんが必死に軌道修正しようとしてるが、しばらく空気は戻りそうにない。
 石井さんは佐々木くんと付き合っていたはずだけど、この様子だと最近別れたみたいだ。彼女らはクラス内カップルだったからひたすら気まずい。

「石井、一緒に歌おうぜ。最強に落ち込む曲を。今の俺らなら完璧に歌える」
「うん……ありがとう」

 梅原くんと石井さんは一緒に歌うみたいだ。この二人が話しているところをあんまり見たことなかったけど、ネガティブな方向で結束することってあるんだ。

 しっとりとした旋律が流れている。部屋の中は好きなようにしゃべってもいいムードになっていた。

「りっくんにDM送ってみようかなぁ。誘ったら明日来てくれるかな」
「明日のカラオケ? 送ってみなー。クリスマスにバイトってショックだよね」
「ねー」

 明日もカラオケがあるのか。森川さん、篠崎くんのことを気にしているのかな。

 森川さんは可愛いと思う。クラスの男子が騒ぐくらいには、彼女の容姿は整っている。

「宮宇地歌った?」
 松下くんが隣に来て話しかけてくれた。
「歌ってない」
「歌わんの? あ、もしかして音痴だったり」

 そうだよと答えようとして、篠崎くんの言葉を思い出した。
 ——次からも一緒に歌ったら、宮宇地の音痴は独占できるな

「違うよ。今日は……歌ったら不幸が訪れるって占いで出て」
「嘘下手すぎ!」
 松下くんは笑うだけで、それ以上踏み込むことはなかった。いい人だ。

「一つ聞いていい?」
「どうしたー?」
「松下くんは、森川さんにデートに誘われたら嬉しい?」
「は? え、宮宇地って森川のこと好きなの?」
「違うよ。でも第三者の意見がほしくて」
「なんだそれ。まあ、嬉しいんじゃないの? 顔は可愛いし」

 そうだよね。森川さんに誘われたら嬉しいのが普通なんだ。
 もし篠崎くんが彼女の誘いに乗って、クリスマスに会うってなったら——

 気がついたら立ち上がっていた。松下くん以外誰も僕を見ていない。

「ごめんね。今日は帰るよ。梅原くんに楽しかった、ありがとうって伝えて」
「いいの? もったいなくね?」
「大丈夫。よいお年を」
「律儀だなぁ。よいお年をー」

 部屋を出て、受付の前を通り過ぎる。料金はもう支払い済みだ。

 外は暗くなっていた。寒空の下、早足で駅を目指す。部屋が暑かったのかちょうど動きやすい。
 会って何がしたいかなんてわからない。ただ、彼に会いたい。

 自分でも説明ができない衝動を抱えたまま、僕は走り出した。