放課後、いつもの場所で〜クラスの人気者と、なぜか放課後だけ一緒にいます

 文化祭の余韻はすっかりなくなり、十一月になった。
 僕の学校生活は少しだけ変わった。たまに佐藤くんのグループとお昼を食べたり、松下くんと話したり。

「宮宇地。プリント、回収」
「はい。ありがとう」
「ん」

 一番の変化は篠崎くんが話しかけるようになったことだろう。用事がある時限定だけど。彼なりに、学校では話さないという約束を守る姿勢を感じられて、注意もできない状態だ。

 スマホが震える。通知にはいつもの名前が表示されている。

 放課後、いつもの場所で

 こんな簡単なメッセージでも問題なく待ち合わせできるくらい、習慣になってしまった。
 僕は「了解」と返して授業の準備を始めた。放課後まであと一コマ。短いようで長い時間が始まろうとしていた。



 いつものファミレスで、いつもの抹茶オレ。向かい側にはメロンソーダ。見慣れた光景のはずなのに、明らかに違う。
 窓の外を見る篠崎くんの顔は重く沈んでいる。憂いを帯びた表情は痛ましさを感じるほどだ。

「篠崎くん。ポテト食べないの?」
「あー、もらう」

 皿ごと渡すと、彼はそのまま受け取った。いつもなら「宮宇地が食べさせてよ」くらいの冗談は言うのに。

「最近寒くなったね」
「そうだな。公園もキツくなるかもな」
「どうしようか? 図書館とか?」
「それもあり。まあ、いろいろあるだろ」

 受け答えはできている。笑顔も作れている。なのに、時々見せる辛そうな顔に胸を締め付けられる。

 結局、無難な話だけで退店時間が来てしまった。毎日のようにファミレスで楽しめたのは篠崎くんのおかげだった。改めて彼のすごさを思い知った。それと、僕の会話センスのなさも。

「あの、ちょっと寒いけど公園寄らない?」
「毎回寄ってるけどな」
「そうなんだけどね」

 今ここで誘わなかったら、はぐらかされると思った。
 公園までの道もほとんど無言だった。寂しいというより、ただ心配だった。



 いつもの公園は相変わらず人がいない。ライトで照らされたベンチに篠崎くんが座った瞬間、話を切り出した。

「いつもと様子が違うけど、どうしたの?」
「そうか? 変わんないと思うけど」
「表情がいつもより暗いし、ベンチに浅く座ってる。いつもならもっと深いよ」
「……よく見てるな。宮宇地はずっと変わらない」

 ほっとしたような、泣きそうな不思議な顔だった。篠崎くんは太ももの上に置いた拳を握り込んでいる。
 ずっと変わらないってどういう意味だろう。考えていたら、篠崎くんが再び話し出した。

「昨日、頭下げられたんだ」
「誰に?」
「同じ部活だったやつ。望月っていうんだけど、そいつから」

 篠崎くんがベンチから立ち上がり、伸びをする。僕も続けて立ち上がった。

「ダンス部の人?」
「そう。望月から『酷いこと言って悪かった。あの時は冷静じゃなくて、傷つけてしまった。今さらだけど謝りたい』って言われてさ。本当、今さらだよな」

 篠崎くんが上を向く。僕も釣られて見たら、曇った夜空が広がっているだけだった。

「何があったか聞いてもいい?」
「よくあることだけどな。恋愛関係で揉めて、居づらくなって辞めただけ」
「そうなんだ」

 恋愛関係と聞いて、反射的に心が痛んだ。詳しく聞きたいような、これ以上踏み込みたくないような複雑な気持ちだ。

「高校入って最初の頃は望月と一番仲がよくてさ。あいつに誘われてダンス部に入った。俺にしては基礎練も真面目にやって、大会も目指してた」
「うん」

 篠崎くんのことだから、結構本気で取り組んでいたのだろう。彼の未だ衰えない体格を見てそう感じる。

「で、望月に彼女ができたんだ。彼女も同じ部活でさ、望月を通して仲良くなった。そのうち部活内でいつもの三人組みたいな扱いになるくらい仲良くなって」
「……うん」

 こういう時、うまく話せたらよかったのに。自分の無力さに失望する。

「そしたら望月の彼女に告白された。俺の方を好きになってしまったって。俺は友達の彼女としか思ってなかったから、すぐに断った」
「でも、酷いこと言われたって」
「……彼女から話を聞いた望月が部活時間に俺に詰め寄ってきて。裏切り者とか、友達の彼女に手を出すとか何考えてんだって。その場はダンス部のやつらが収めてくれたけど、今度は望月派と俺派で分裂した。望月の気持ちもわかるって言い出すやつも出てきて、収拾がつかなくなった」
「分裂……」
「くだらねえよな。先輩らは気にするなって言ってくれたけど、空気が悪くなる一方で。だから夏休み直前に辞めた」
「そんなことが」

 篠崎くんが僕と向かい合い、僕の頭を優しく撫でた。

「悩んでたけど、宮宇地のおかげで吹っ切れた」
「僕は何もしてないよ?」
「覚えてないのも宮宇地らしい」

 彼は笑って、それから話を続けた。

「もっと未練とか出てくるかなと思ってたけど、辞めたらどうでもよくなった」
「そうなの?」
「昔からそうだ。そこそこできるけど、熱くなれるものが見つからない」
「そんなものじゃない? 僕は生まれてから一個も見つかってないけど、なんとかやれてるよ。大学生とか大人になったら見つかるかもしれないし」
「それもそうだな」

 篠崎くんが声を上げて笑い、僕の手を取った。その手は温かかった。いつも通りの顔がそこにあった。

「実は僕、ダンス苦手なんだ。ボックスも踏めないくらい。だから篠崎くんはすごいよ」
「それはガチで……うん」
「フォローしてよ」
「動きによる」

 そこまで言われたらやるしかない。僕は仕方なくボックスの動きをすると、篠崎くんが一生懸命笑いを押し殺して肩を震わせていた。ちょっと足の順番がわからなくなっただけなのに、ひどい。

「笑っていいよ」
「わるい、わるい。あんまりにもぎこちなくて」
「不公平だ。今度篠崎くんも苦手なことやってよ」
「やだ。宮宇地には見せたくない。ほら、もっとこうやって動いて」
「こう? ……うわっ!」
「危なっ!」

 足が絡まって転けそうになったところ、篠崎くんが手を伸ばしてくれた。残念ながら間に合わず、二人して地面に倒れ込んでしまう。

「ごめん」

 と言いながら目を開けると、目の前に篠崎くんの顔があった。まるで、押し倒されているような体勢だ。

「大丈夫か? 怪我は?」
「ないけど」

 篠崎くんは動こうとしなかった。ひんやりした地面がちょうどよかった。

「なんでそんな顔してんだよ」
「どんな顔?」
「このままでいいって顔」

 お互いの顔は近くて、彼の息遣いを感じるほどだ。嫌悪感はなかった。むしろ——

 ほとんど無意識だった。手が伸びて、篠崎くんの頬に触れる。

「あ、ごめん」
「いいよ。宮宇地にならもっと触ってほしい」

 彼の表情が緩むのを肌で感じた。指を動かしたくなって、なんとか押し留める。
 なぜ僕はこんなに触れたくなるのだろう。こんな気持ちになるのは、篠崎くんだけだ。
 篠崎くんの目は優しいのに、一点に僕を見つめていた。それを見て顔に熱が集まる。

 気づいてしまった。一度気づいたら、自分の鈍感さに笑えた。

 人生で初めて、熱くなれるものができた。そんな秋の日の夜だった。