「俺と付き合ってよ。前から宮宇地のことずっと気になってた」
誰もいない放課後の教室に、低いけどよく通る声が響く。目の前にいるのはクラスの中心人物、篠崎陸。
彼が近くにいると自然と目線が上がる。背が高く、手足が長い。髪も目の色も僕と同じ黒なのに、派手な印象。整った顔立ちと目力が強いせいだろう。
「前からって、僕たちあんまり話したことないような……」
「宮宇地にとってはそうかもしれないけど、俺は一学期のこと忘れてない。で、返事は?」
射抜くような視線なのに、急かされている気はしない。その代わり、僕が答えるまで離さないという強い意志を感じた。
夏休み明けの放課後は、どこか気が抜けた雰囲気が漂っている。だけど僕たちがいる一年四組の教室は、張り詰めた空気に支配されていた。
「どこに?」
声が震えそうになるのを必死で抑える。少なくともこれは告白じゃない。クラスでぼっちの地味な男。彼と並ぶと悲しくなるほど平凡な自分。声をかけられること自体、想定外だ。
「どこでも……っていうか、場所じゃなくてさ。宮宇地と一緒がいいって話。放課後だけでもいいから」
要領を得ない回答に、人懐っこい笑顔。今の僕には不適な笑みに見えた。
「じゃあ、とりあえず隣座る?」
「うん」
椅子を引く音が大きく響く。それから篠崎くんは、身体ごとこちらを向いて無言で僕を見つめていた。
秒針が三周した。先に折れたのは僕の方だった。
「どうして僕に声をかけたの? 要件は?」
「宮宇地いつも暇そうだから。前から見てたけど、一人でも楽しそうにしてるよな」
すごく失礼なことを言われた気がする。事実だけど。
「部活は?」
「辞めた。あの時のこと、感謝してる。あれで踏ん切りついた」
僕のおかげ? 彼の人生に影響を及ぼすようなこと、しただろうか。
記憶を掘り起こしていると、篠崎くんが「なあ」と声をかけた。
「俺がどこ入ってたか知ってる?」
「ダンス部でしょ。教室で踊ってたし」
「正解。よく見てるな」
「篠崎くんは僕のこと何も知らなそう」
失礼なことを言われた意趣返しってやつだ。だけど僕の予想に反して、彼は笑顔のままだった。
「宮宇地遥。出席番号二十九番。帰宅部。昼はよくパンを食べてる。ブラックコーヒーは一口飲んで顔をしかめてた」
「……正解」
詳しすぎてこわい。なのに、少しだけ嬉しいと思った自分がもっとこわい。
人間観察が好きなのかな。僕と同じだ。それにしても見過ぎだけど。
「それでこっから本題なんだけど」
「うん」
いよいよだ。若干身を乗り出している自分に気づいて恥ずかしくなる。
「放課後の過ごし方教えて。今まで部活してたから暇すぎて死にそう」
「篠崎くんなら他に相手いそうだけど」
「いるけど、今は違う。俺は宮宇地に聞いてる。最初からそのつもりだったし」
あまりにも真っ直ぐで、言葉に詰まった。彼の目線に射抜かれた気がして、姿勢を正す。
「僕でよければ、その」
「いいってことか? ありがとう」
「僕なんかといてもつまらないと思うけど」
「それは俺が決める。そもそも、つまらなかったら声かけてない。他じゃなくて俺は宮宇地がいい」
全部が眩しくて、それでも彼から目が離せなかった。だんだん彼の輪郭がぼんやりとしてくる。すると、篠崎くんが僕の目線に合わせて軽く手を振った。
「ごめん。ぼーっとしてた」
「それは別にいいけど。で、今からどこ行く?」
「下校時間ギリギリまでここにいるよ」
「なんで?」
「バスも電車も混んでるから」
篠崎くんが信じられないものを見る目で僕を凝視する。
「別によくね?」
「僕にとっては死活問題。暑いし」
まだ九月だ。ただでさえ暑いから人混みは避けたい。図書館も混んでるからなしだ。
「行くぞ。あ、逃げてもいいけど明日も来るし、俺一度決めたらしつこいから。放課後は宮宇地といるって決めたし」
「えっ! 行くってどこに?」
「どこでも!」
篠崎くんが僕の手を引いて立ち上がる。その手は予想以上に大きくて、包まれたような心地になる。離そうと思えば離せたのに、指に力が入らなかった。
残暑が残る時期の、振り払えない熱。
——宮宇地のおかげで踏ん切りついた。
引っ張られながら、さっきの言葉だけが頭の中でぐるぐると回っていた。聞けばよかった。でも、彼の笑顔を前にすると、なぜか言葉が出なかった。
駅から徒歩十五分、お互いの通学路の中間地点にあるファミレス。同じ学校の人を避けるのにちょうどいい。そしてクーラーが効いている。これは重要だ。
「篠崎くん。ドリンクバー何がいい?」
「ありがとう。宮宇地と違うやつ。お茶以外」
微妙に難しいな。こんなことなら一緒に行けばよかった。なんとなく、篠崎くんっぽいものを選ぶ。
「はい、どうぞ」
「ごめんな。次は俺が行く」
篠崎くんが何を選ぶか気になる。僕は好奇心のまま一気にグラスの半分をあけた。
「宮宇地は何飲んでるの?」
「野菜ジュース」
「初手でいくか? 本当ズレてるよな」
「美味しいのに」
篠崎くんは「そういう問題じゃねえよ」と笑いながら、メロンソーダを一口飲んだ。
僕たちの共通の話題といえば学校のことだけど、お互い話す気はなさそうだ。放課後の過ごし方かぁ。これからどんな風に教えたらいいんだろう。
「それ美味いの?」
「うん」
「ふーん」
彼はそう言うと、僕のグラスを手に取り、口をつけた。
グラス表面の結露がテーブルに落ち、篠崎くんの喉が鳴る。
いや、そんなことより。これって間接キス——
「甘い。宮宇地が好きそうな味」
え? それだけ? 回し飲みって普通なのかな。僕が意識しすぎ?
「……ジュースだからね」
出てきたのは何の捻りもない言葉。
「俺のも飲む? さっき俺、飲んだし」
篠崎くんがグラスを差し出す。氷がカラカラと音を立てて僕を誘う。
「えっと、いただきます」
喉が渇く。さっき飲んだ野菜ジュースはもうどこかに行っていた。普通のメロンソーダが喉を通り抜ける。
「甘いね」
「ジュースだからな」
篠崎くんのしてやったりという顔。僕は苛立ちよりも恥ずかしさが勝って顔を伏せた。
注文したポテトを二人で食べながら、とりとめのない話をする。僕はのんびりできて楽しいけど、篠崎くんは楽しいのだろうか。
「宮宇地ってこう、味わい深い」
「どういう意味?」
「話せば話すほど面白い。いろんな意味で」
よかった。少なくともいやではなさそうだ。
「篠崎くん。実は僕からお願いしたいことがあって」
「何? 宮宇地の言うことなら何でも聞くけど」
「ルールを決めたくて。このままだとちょっと困るから」
ルーズリーフを取り出し、ペンを走らせる。篠崎くんは書いている間「字、綺麗だよな」と関係ないことを言っていた。
「これがルール?」
「そう」
篠崎くんがルーズリーフに書かれた文字を指でなぞる。
一、事前に連絡すること
一、話すのは学校の外、放課後のみ
一、他の人には秘密にすること
「学校で話しちゃだめなんだ。クラスメイトなのに?」
「篠崎くん目立つから」
「秘密、ね」
「だめだった?」
篠崎くんは不満そうに口を尖らせていて、僕は恐る恐る確認する。
「いいよ。約束」
「よかった」
「その代わり」
「どうしたの?」
「電話番号も教えて。それなら秘密ちゃんと守る」
「電話……操作がわからないからお願いしていい?」
ロックを外したスマホを手渡すと、篠崎くんは一瞬驚いた顔をして受け取った。
彼は手慣れた様子で番号を登録している。ついでにLINEも交換してくれたみたいだ。クラスのグループも登録しておくと言われ、そこで初めて存在を知った。あったんだ、クラスのやつ。
「これでよし」
「ありがとう。家族以外だと交換するの篠崎くんが初めてだ」
「中学の友達は?」
「スマホ持ったの高校からだから」
「へー、そっか。俺が初めて……いいな、それ」
篠崎くんが急に頬杖をついて、そのせいか口角が思いっきり上がって面白い顔になっていた。なのに、目だけはやけに真剣で困る。
視線をさまよわせながら、美形はどんな顔でも崩れた感じにならないから強いなぁと思った。
だらだら過ごしていたらファミレスが混み始めた。家族連れやカップルが増えてきて居心地の悪さを感じていると、篠崎くんが「そろそろ出よう」と声をかけてくれた。
外は暗くなっていて、でも完全な夜でもない明るさだった。
駅までの道中もファミレスの時と変わらず話が続いて、家に帰っても楽しかった記憶が頭に残っていた。
お風呂上がり、まだ寝る気になれなくてスマホを触っていたら着信画面に切り替わった。
画面に表示された文字に釘付けになる。どうしようかと悩んでいると、手の中で何回もスマホが震えた。
「もしもし」
掠れた声で電話に出る。
「寝てた? 出るの時間かかったけど」
「寝てない。その、びっくりして」
「連絡するって約束だろ」
「違くて、名前! 登録の! 一瞬誰かと思ったよ」
「あー、あれね。今気づいたんだ。そんなに驚くことか?」
篠崎くんが笑い出した。電話越しに笑い声だけが聞こえて、僕はしばらくそれを聞き続けた。
「で、要件は?」
「明日。空いてる?」
「空いてるよ。集合場所は?」
「昇降口……じゃ目立つか。駅で。場所は今日のファミレスでいいか?」
「了解」
この内容なら電話する必要ないのでは、と思ったが、言えなかった。
「なあ、登録名言ってみて」
「篠崎くんがしたんだからわかってるでしょ」
「確認のためだから」
読み上げるだけなのに、喉につっかえた。なんとか出てきた声は、絞り出すような小さなものだった。
「……陸」
息を呑む声が聞こえた。まるですぐそばにいるみたいに、はっきりと。それからしばらく沈黙が続いた。彼の呼吸音だけが聞こえて、僕はなぜか息をひそめて聞いていた。
「言わせたのに黙るのひどくない?」
沈黙に耐えきれなくなった僕の言葉に、篠崎くんがやっと再起動した。
「ごめん。思ったより、破壊力が」
「僕の気持ち、ちょっとはわかった?」
「それはわからないけど、今日はいい夢みれそう。宮宇地が出てきたらいいな」
「なにそれ」
そこから軽く笑い合って、また明日と約束して電話を切った。
着信履歴に表示された一文字を見つめる。「陸」とだけ書かれている、シンプルな表示。見慣れないはずなのに、目が離せなかった。
そういえば、放課後彼が言っていた「宮宇地のおかげ」って何だったんだろう。衝撃の連続で聞きそびれてしまった。消化不良の気持ちを抱えながら布団に入る。
寝る直前に浮かんだのは、メロンソーダを飲む篠崎くんの姿だった。
誰もいない放課後の教室に、低いけどよく通る声が響く。目の前にいるのはクラスの中心人物、篠崎陸。
彼が近くにいると自然と目線が上がる。背が高く、手足が長い。髪も目の色も僕と同じ黒なのに、派手な印象。整った顔立ちと目力が強いせいだろう。
「前からって、僕たちあんまり話したことないような……」
「宮宇地にとってはそうかもしれないけど、俺は一学期のこと忘れてない。で、返事は?」
射抜くような視線なのに、急かされている気はしない。その代わり、僕が答えるまで離さないという強い意志を感じた。
夏休み明けの放課後は、どこか気が抜けた雰囲気が漂っている。だけど僕たちがいる一年四組の教室は、張り詰めた空気に支配されていた。
「どこに?」
声が震えそうになるのを必死で抑える。少なくともこれは告白じゃない。クラスでぼっちの地味な男。彼と並ぶと悲しくなるほど平凡な自分。声をかけられること自体、想定外だ。
「どこでも……っていうか、場所じゃなくてさ。宮宇地と一緒がいいって話。放課後だけでもいいから」
要領を得ない回答に、人懐っこい笑顔。今の僕には不適な笑みに見えた。
「じゃあ、とりあえず隣座る?」
「うん」
椅子を引く音が大きく響く。それから篠崎くんは、身体ごとこちらを向いて無言で僕を見つめていた。
秒針が三周した。先に折れたのは僕の方だった。
「どうして僕に声をかけたの? 要件は?」
「宮宇地いつも暇そうだから。前から見てたけど、一人でも楽しそうにしてるよな」
すごく失礼なことを言われた気がする。事実だけど。
「部活は?」
「辞めた。あの時のこと、感謝してる。あれで踏ん切りついた」
僕のおかげ? 彼の人生に影響を及ぼすようなこと、しただろうか。
記憶を掘り起こしていると、篠崎くんが「なあ」と声をかけた。
「俺がどこ入ってたか知ってる?」
「ダンス部でしょ。教室で踊ってたし」
「正解。よく見てるな」
「篠崎くんは僕のこと何も知らなそう」
失礼なことを言われた意趣返しってやつだ。だけど僕の予想に反して、彼は笑顔のままだった。
「宮宇地遥。出席番号二十九番。帰宅部。昼はよくパンを食べてる。ブラックコーヒーは一口飲んで顔をしかめてた」
「……正解」
詳しすぎてこわい。なのに、少しだけ嬉しいと思った自分がもっとこわい。
人間観察が好きなのかな。僕と同じだ。それにしても見過ぎだけど。
「それでこっから本題なんだけど」
「うん」
いよいよだ。若干身を乗り出している自分に気づいて恥ずかしくなる。
「放課後の過ごし方教えて。今まで部活してたから暇すぎて死にそう」
「篠崎くんなら他に相手いそうだけど」
「いるけど、今は違う。俺は宮宇地に聞いてる。最初からそのつもりだったし」
あまりにも真っ直ぐで、言葉に詰まった。彼の目線に射抜かれた気がして、姿勢を正す。
「僕でよければ、その」
「いいってことか? ありがとう」
「僕なんかといてもつまらないと思うけど」
「それは俺が決める。そもそも、つまらなかったら声かけてない。他じゃなくて俺は宮宇地がいい」
全部が眩しくて、それでも彼から目が離せなかった。だんだん彼の輪郭がぼんやりとしてくる。すると、篠崎くんが僕の目線に合わせて軽く手を振った。
「ごめん。ぼーっとしてた」
「それは別にいいけど。で、今からどこ行く?」
「下校時間ギリギリまでここにいるよ」
「なんで?」
「バスも電車も混んでるから」
篠崎くんが信じられないものを見る目で僕を凝視する。
「別によくね?」
「僕にとっては死活問題。暑いし」
まだ九月だ。ただでさえ暑いから人混みは避けたい。図書館も混んでるからなしだ。
「行くぞ。あ、逃げてもいいけど明日も来るし、俺一度決めたらしつこいから。放課後は宮宇地といるって決めたし」
「えっ! 行くってどこに?」
「どこでも!」
篠崎くんが僕の手を引いて立ち上がる。その手は予想以上に大きくて、包まれたような心地になる。離そうと思えば離せたのに、指に力が入らなかった。
残暑が残る時期の、振り払えない熱。
——宮宇地のおかげで踏ん切りついた。
引っ張られながら、さっきの言葉だけが頭の中でぐるぐると回っていた。聞けばよかった。でも、彼の笑顔を前にすると、なぜか言葉が出なかった。
駅から徒歩十五分、お互いの通学路の中間地点にあるファミレス。同じ学校の人を避けるのにちょうどいい。そしてクーラーが効いている。これは重要だ。
「篠崎くん。ドリンクバー何がいい?」
「ありがとう。宮宇地と違うやつ。お茶以外」
微妙に難しいな。こんなことなら一緒に行けばよかった。なんとなく、篠崎くんっぽいものを選ぶ。
「はい、どうぞ」
「ごめんな。次は俺が行く」
篠崎くんが何を選ぶか気になる。僕は好奇心のまま一気にグラスの半分をあけた。
「宮宇地は何飲んでるの?」
「野菜ジュース」
「初手でいくか? 本当ズレてるよな」
「美味しいのに」
篠崎くんは「そういう問題じゃねえよ」と笑いながら、メロンソーダを一口飲んだ。
僕たちの共通の話題といえば学校のことだけど、お互い話す気はなさそうだ。放課後の過ごし方かぁ。これからどんな風に教えたらいいんだろう。
「それ美味いの?」
「うん」
「ふーん」
彼はそう言うと、僕のグラスを手に取り、口をつけた。
グラス表面の結露がテーブルに落ち、篠崎くんの喉が鳴る。
いや、そんなことより。これって間接キス——
「甘い。宮宇地が好きそうな味」
え? それだけ? 回し飲みって普通なのかな。僕が意識しすぎ?
「……ジュースだからね」
出てきたのは何の捻りもない言葉。
「俺のも飲む? さっき俺、飲んだし」
篠崎くんがグラスを差し出す。氷がカラカラと音を立てて僕を誘う。
「えっと、いただきます」
喉が渇く。さっき飲んだ野菜ジュースはもうどこかに行っていた。普通のメロンソーダが喉を通り抜ける。
「甘いね」
「ジュースだからな」
篠崎くんのしてやったりという顔。僕は苛立ちよりも恥ずかしさが勝って顔を伏せた。
注文したポテトを二人で食べながら、とりとめのない話をする。僕はのんびりできて楽しいけど、篠崎くんは楽しいのだろうか。
「宮宇地ってこう、味わい深い」
「どういう意味?」
「話せば話すほど面白い。いろんな意味で」
よかった。少なくともいやではなさそうだ。
「篠崎くん。実は僕からお願いしたいことがあって」
「何? 宮宇地の言うことなら何でも聞くけど」
「ルールを決めたくて。このままだとちょっと困るから」
ルーズリーフを取り出し、ペンを走らせる。篠崎くんは書いている間「字、綺麗だよな」と関係ないことを言っていた。
「これがルール?」
「そう」
篠崎くんがルーズリーフに書かれた文字を指でなぞる。
一、事前に連絡すること
一、話すのは学校の外、放課後のみ
一、他の人には秘密にすること
「学校で話しちゃだめなんだ。クラスメイトなのに?」
「篠崎くん目立つから」
「秘密、ね」
「だめだった?」
篠崎くんは不満そうに口を尖らせていて、僕は恐る恐る確認する。
「いいよ。約束」
「よかった」
「その代わり」
「どうしたの?」
「電話番号も教えて。それなら秘密ちゃんと守る」
「電話……操作がわからないからお願いしていい?」
ロックを外したスマホを手渡すと、篠崎くんは一瞬驚いた顔をして受け取った。
彼は手慣れた様子で番号を登録している。ついでにLINEも交換してくれたみたいだ。クラスのグループも登録しておくと言われ、そこで初めて存在を知った。あったんだ、クラスのやつ。
「これでよし」
「ありがとう。家族以外だと交換するの篠崎くんが初めてだ」
「中学の友達は?」
「スマホ持ったの高校からだから」
「へー、そっか。俺が初めて……いいな、それ」
篠崎くんが急に頬杖をついて、そのせいか口角が思いっきり上がって面白い顔になっていた。なのに、目だけはやけに真剣で困る。
視線をさまよわせながら、美形はどんな顔でも崩れた感じにならないから強いなぁと思った。
だらだら過ごしていたらファミレスが混み始めた。家族連れやカップルが増えてきて居心地の悪さを感じていると、篠崎くんが「そろそろ出よう」と声をかけてくれた。
外は暗くなっていて、でも完全な夜でもない明るさだった。
駅までの道中もファミレスの時と変わらず話が続いて、家に帰っても楽しかった記憶が頭に残っていた。
お風呂上がり、まだ寝る気になれなくてスマホを触っていたら着信画面に切り替わった。
画面に表示された文字に釘付けになる。どうしようかと悩んでいると、手の中で何回もスマホが震えた。
「もしもし」
掠れた声で電話に出る。
「寝てた? 出るの時間かかったけど」
「寝てない。その、びっくりして」
「連絡するって約束だろ」
「違くて、名前! 登録の! 一瞬誰かと思ったよ」
「あー、あれね。今気づいたんだ。そんなに驚くことか?」
篠崎くんが笑い出した。電話越しに笑い声だけが聞こえて、僕はしばらくそれを聞き続けた。
「で、要件は?」
「明日。空いてる?」
「空いてるよ。集合場所は?」
「昇降口……じゃ目立つか。駅で。場所は今日のファミレスでいいか?」
「了解」
この内容なら電話する必要ないのでは、と思ったが、言えなかった。
「なあ、登録名言ってみて」
「篠崎くんがしたんだからわかってるでしょ」
「確認のためだから」
読み上げるだけなのに、喉につっかえた。なんとか出てきた声は、絞り出すような小さなものだった。
「……陸」
息を呑む声が聞こえた。まるですぐそばにいるみたいに、はっきりと。それからしばらく沈黙が続いた。彼の呼吸音だけが聞こえて、僕はなぜか息をひそめて聞いていた。
「言わせたのに黙るのひどくない?」
沈黙に耐えきれなくなった僕の言葉に、篠崎くんがやっと再起動した。
「ごめん。思ったより、破壊力が」
「僕の気持ち、ちょっとはわかった?」
「それはわからないけど、今日はいい夢みれそう。宮宇地が出てきたらいいな」
「なにそれ」
そこから軽く笑い合って、また明日と約束して電話を切った。
着信履歴に表示された一文字を見つめる。「陸」とだけ書かれている、シンプルな表示。見慣れないはずなのに、目が離せなかった。
そういえば、放課後彼が言っていた「宮宇地のおかげ」って何だったんだろう。衝撃の連続で聞きそびれてしまった。消化不良の気持ちを抱えながら布団に入る。
寝る直前に浮かんだのは、メロンソーダを飲む篠崎くんの姿だった。
