それから、隣に座ることが増えた。最初はたまたまだったはずなのに、気づけばそれが当たり前みたいになっていた。どちらからともなく席を選んでいるわけでもないのに、自然と隣にいる。
「ここ、いい?」
そう聞かれることもあレバ、何も言わずに座られることもある。どっちでも、もう違和感は感じなかった。
「今日何やってるの?」
ノートを覗き込みながら彼が問う。
「英語の長文。苦手なんだよね。」
「あー、分かる。」
そう言いながら、椅子を少しだけこちらに寄せる。距離が近くなる。ほんの数センチ近づいただけなのに、やけに意識してしまう。
「どこ?」
「ここ。」
指差したところを覗き込む。肩が触れそうなほど近くなる。避けるほどじゃない。でも、近かった。
「この文、主語どれ?」
「えっと、これかなって感じ。」
「違う。」
いつも通りの即答。数学ではないのに。私は勉強で彼に勝てる気はしない。どの教科でも。
「え、なんで?」
「ちゃんと見ろよ。」
そう言って、彼はペンで軽く印をつける。
「こいつが指してるのは、ここからここまで。」
「あ、ほんとだ!」
「だから、この後こうなるだろ?」
ノートに彼の書き込みが増えていく。説明は相変わらず簡潔で、でもちゃんと分かるように、ノートに矢印を書き入れてくれる。
「…すご。」
思わず呟く。
「別に、普通だし。」
そう返ってくる。でも、その声はわずかに柔らかくて。私の方が何故か温かくなってきて。
「ねえ」
「ん?」
思わず彼に呼びかける。
「えっと、…この前の本、続きある?」
咄嗟に思いついた言葉をなぞる。彼は少し考えてから頷いた。
「あるけど。」
「貸して。」
「ちゃんと読む?」
「読むもん。」
「途中でやめんなよ?」
「やめないし。てか、ネタバレしないでよ?」
「もちろん、…あ、確か犯人は…」
「ちょっと!」
そう言って笑い合う。彼は鞄の中を探って、一冊の本を取り出した。
「はい。」
「…もしかして、私がいつ貸してって言ってもいいように、持ち歩いてくれてたの?」
「…別に、そんなんじゃないし。…ほら。」
少しだけ顔を赤くした彼が本をぐいっと差し出す。
「ありがとう。」
「別に、いいけど。」
受け取る時、指先が少しだけ触れた。ほんの一瞬。それだけなのに、やけに意識してしまう。彼を見ると、もう、何事もなかったように自分のノートと向き合っていた。一瞬、ずるい、と思った。こっちはこんなにも…。でも、そのずるさすら、嫌とは感じなかった。むしろ少しだけ心地がいい。
帰り道、本を入れた鞄を抱えながら歩く。隣には彼がいて、特に会話もなくて。いつもなら、この沈黙が心地よいと感じていただろう。でも、何故か今日はこの沈黙が妙に落ち着かなかった。
「それ、面白いから。」
不意に彼が口を開いた。
「ちゃんと最後まで、頑張って読めよ。」
「だーかーらー、ちゃんと読むもん。」
「ならいいけど。」
「だって私が読まなかったら、めっちゃ気になるところだけネタバレするでしょ?」
「バレてたか。」
笑みが溢れる。彼との時間は心地が良い。ただ、並んで歩いて、話して、笑い合って。それだけで十分だった。空を見上げると、重そうな雲が少しだけ増えていて。でも、まだ軽くて。雨が降るようには、見えなかった。雨は降らない、そのはずだった。
「ここ、いい?」
そう聞かれることもあレバ、何も言わずに座られることもある。どっちでも、もう違和感は感じなかった。
「今日何やってるの?」
ノートを覗き込みながら彼が問う。
「英語の長文。苦手なんだよね。」
「あー、分かる。」
そう言いながら、椅子を少しだけこちらに寄せる。距離が近くなる。ほんの数センチ近づいただけなのに、やけに意識してしまう。
「どこ?」
「ここ。」
指差したところを覗き込む。肩が触れそうなほど近くなる。避けるほどじゃない。でも、近かった。
「この文、主語どれ?」
「えっと、これかなって感じ。」
「違う。」
いつも通りの即答。数学ではないのに。私は勉強で彼に勝てる気はしない。どの教科でも。
「え、なんで?」
「ちゃんと見ろよ。」
そう言って、彼はペンで軽く印をつける。
「こいつが指してるのは、ここからここまで。」
「あ、ほんとだ!」
「だから、この後こうなるだろ?」
ノートに彼の書き込みが増えていく。説明は相変わらず簡潔で、でもちゃんと分かるように、ノートに矢印を書き入れてくれる。
「…すご。」
思わず呟く。
「別に、普通だし。」
そう返ってくる。でも、その声はわずかに柔らかくて。私の方が何故か温かくなってきて。
「ねえ」
「ん?」
思わず彼に呼びかける。
「えっと、…この前の本、続きある?」
咄嗟に思いついた言葉をなぞる。彼は少し考えてから頷いた。
「あるけど。」
「貸して。」
「ちゃんと読む?」
「読むもん。」
「途中でやめんなよ?」
「やめないし。てか、ネタバレしないでよ?」
「もちろん、…あ、確か犯人は…」
「ちょっと!」
そう言って笑い合う。彼は鞄の中を探って、一冊の本を取り出した。
「はい。」
「…もしかして、私がいつ貸してって言ってもいいように、持ち歩いてくれてたの?」
「…別に、そんなんじゃないし。…ほら。」
少しだけ顔を赤くした彼が本をぐいっと差し出す。
「ありがとう。」
「別に、いいけど。」
受け取る時、指先が少しだけ触れた。ほんの一瞬。それだけなのに、やけに意識してしまう。彼を見ると、もう、何事もなかったように自分のノートと向き合っていた。一瞬、ずるい、と思った。こっちはこんなにも…。でも、そのずるさすら、嫌とは感じなかった。むしろ少しだけ心地がいい。
帰り道、本を入れた鞄を抱えながら歩く。隣には彼がいて、特に会話もなくて。いつもなら、この沈黙が心地よいと感じていただろう。でも、何故か今日はこの沈黙が妙に落ち着かなかった。
「それ、面白いから。」
不意に彼が口を開いた。
「ちゃんと最後まで、頑張って読めよ。」
「だーかーらー、ちゃんと読むもん。」
「ならいいけど。」
「だって私が読まなかったら、めっちゃ気になるところだけネタバレするでしょ?」
「バレてたか。」
笑みが溢れる。彼との時間は心地が良い。ただ、並んで歩いて、話して、笑い合って。それだけで十分だった。空を見上げると、重そうな雲が少しだけ増えていて。でも、まだ軽くて。雨が降るようには、見えなかった。雨は降らない、そのはずだった。



