傘を差せぬまま

 気づいた時には、雨が振っていた。さっきまで、まったく降る気配なんてなかったのに。空は少しだけ雲が流れたけれど、それだけで、こんなふうになるとは思っていなかった。
 傘は持っていなかった。
と言うよりも、たとえ持っていたとしても、きっと差せなかったと思う。あまりにも突然で、どうしたらいいか分からなくて。ただ立ち尽くしているうちに、気づけば、すっかり濡れていた。

 「また明日。」
あなたは何事もない顔でそう言った。それだけ。その一言だけの約束。ただいつもと同じような一日、のはずだったのに。
――その“明日”は来なかった。
次の日も、またその次の日も。どれだけ待っても、あなたは私の前に現れなかった。連絡もつかないまま、理由も分からないまま、ただ時間だけが過ぎていく。あんなに普通に笑ってたのに。あんなに近くにいたのに。まるで、最初からいなかったみたいに消えてしまうなんて。それでも、不思議と怒ることは出来なかった。ただぼんやりと思った。
 あの日、もしも傘を差せていたら。ちゃんと避けられていたら。もし、濡れていなかったら。こんなふうに、ずっと残ることはなかったのかな、って。

 空はもう、何事もなかったみたいに晴れているのに。それなのに、アスファルトに残った濡れた跡だけが、消えずにいた。