「ああ、地本問屋のことか。耕書堂というのは、最近よく話題にあがるな」
「あるの!? 蔦重がいるのね!」
「店主がそういった通り名であったと思うが……」
やっぱりこの月江戸は江戸時代によく似ている。ということは、喜多川歌麿とか恋川春町なんかもいるのかな。黄表紙本の現物もあるってことよね。そういえば、大奥でも狂歌が知れ渡ってたじゃない。
月江戸に来る前、毎週楽しみにしていた時代劇ドラマを思い出した。耕書堂を舞台にした江戸時代の話だ。もう最終回を知ることはできいけど、もしかして、リアルに現場を見れるかもしれないってことよね!?
ここは江戸時代ではない。そう頭でわかっていても、一つの可能性を見出した私は、江戸好きオタクモードになるのを止められなかった。
だから、蒼司の顔が少しだけ、むっとしたのにも気付いていなかった。
「その男が気になるのか?」
「──え?」
「凛の望みは叶えてやりたいが、男に会いに行くのはいささかどうかと」
言葉を濁した蒼司は口をへの字にしてしまった。
あれ、もしかしてこれって妬いてくれているのかな。まさか、さっそく浮気をしようとしてるとか思われちゃったとか?
考えること数秒。
祝言を挙げた夜に、私はなんてデリカシーのないことをお願いしたんだろうかと気付いた。いや、浮気とかそういうのじゃないけど!
「ち、違う、違う! あのね。私の住んでいたところは、いっぱい本屋があったの。本の商売を大きくしたり、新しい本を創り出したのが蔦重でね。なんていうかな……本が好きな私にとって、憧れっていうか。清少納言や紫式部に会ってみたい感じで、武士が三英傑に憧れるようなものなんだよ!」
慌てながら怒涛のごとく説明すると、勢いに気圧された蒼司は毒気を抜かれた顔で「う、うむ」と頷く。さすがに浮気じゃないって、わかってくれたみたいだけど。
嫉妬してくれたのかと考えたら、不謹慎にも嬉しさが込み上げ、頬が熱くなってきた。
「えっと、そのね……月江戸の文化を知りたいの。私の知ってる江戸時代と凄く似てるから……」
「江戸時代か。以前もいっていたな」
「そう! だから町中を見たいなって思って」
この数か月は、ほぼ梅御殿ですごした。時々、大奥へ赴いた程度には外に出たけど、城下町は歩いたことがない。
私の望みは、月江戸の城下を見たいんだって伝わったかな。耕書堂の存在に浮かれたけど、本質はそこじゃないってわかってほしい。
それに、できることなら蒼司とデートをしたいんだけど……
「外でお蕎麦を食べたり、甘酒も飲んでみたいの。町娘の格好して、二人でお忍びとか……月江戸ではデートって無理かな?」
「でえと?」
「えっと……物見遊山っていうか、逢引?」
首を傾げながら、カタカナ英語を時代に合わせて表す言葉を探した。伝わっているか探るように見上げると、蒼司の顔が赤く染まっていくのが見えた。──え、照れてる?
絶妙な間が空いた。
薄暗い縁側で見つめ合っていたわずかな数秒だけど、その間に変わっていく蒼司の表情を見ながら、ワードの選択を間違えたような気がした。
よくよく考えたら、江戸時代でいう逢引ってラブホテルに行くみたいなことだったな。もしかして、月江戸でもそういう意味で──え、待って。そういう意図は全くないんだけど。
「逢引……」
「え、いや、その変な意味じゃなくてね! ほら、私の住んでいたところでは、好きな人と手を繋いで買い物したり、ご飯食べに行くのが普通で……月江戸では、ダメかな?」
慌てて言い訳がましく説明すると、蒼司はまた驚いた顔をしたり、難しい顔になったりを繰り返して唸った。
そうだよね。私の知ってる江戸時代と同じなら、武家屋敷に嫁いだ娘が外を歩くなんてダメだよね。ましてや、いくら蒼司と祝言を挙げたといっても、私は東雲家としたら重要な巫女様のままだろうし。
「あるの!? 蔦重がいるのね!」
「店主がそういった通り名であったと思うが……」
やっぱりこの月江戸は江戸時代によく似ている。ということは、喜多川歌麿とか恋川春町なんかもいるのかな。黄表紙本の現物もあるってことよね。そういえば、大奥でも狂歌が知れ渡ってたじゃない。
月江戸に来る前、毎週楽しみにしていた時代劇ドラマを思い出した。耕書堂を舞台にした江戸時代の話だ。もう最終回を知ることはできいけど、もしかして、リアルに現場を見れるかもしれないってことよね!?
ここは江戸時代ではない。そう頭でわかっていても、一つの可能性を見出した私は、江戸好きオタクモードになるのを止められなかった。
だから、蒼司の顔が少しだけ、むっとしたのにも気付いていなかった。
「その男が気になるのか?」
「──え?」
「凛の望みは叶えてやりたいが、男に会いに行くのはいささかどうかと」
言葉を濁した蒼司は口をへの字にしてしまった。
あれ、もしかしてこれって妬いてくれているのかな。まさか、さっそく浮気をしようとしてるとか思われちゃったとか?
考えること数秒。
祝言を挙げた夜に、私はなんてデリカシーのないことをお願いしたんだろうかと気付いた。いや、浮気とかそういうのじゃないけど!
「ち、違う、違う! あのね。私の住んでいたところは、いっぱい本屋があったの。本の商売を大きくしたり、新しい本を創り出したのが蔦重でね。なんていうかな……本が好きな私にとって、憧れっていうか。清少納言や紫式部に会ってみたい感じで、武士が三英傑に憧れるようなものなんだよ!」
慌てながら怒涛のごとく説明すると、勢いに気圧された蒼司は毒気を抜かれた顔で「う、うむ」と頷く。さすがに浮気じゃないって、わかってくれたみたいだけど。
嫉妬してくれたのかと考えたら、不謹慎にも嬉しさが込み上げ、頬が熱くなってきた。
「えっと、そのね……月江戸の文化を知りたいの。私の知ってる江戸時代と凄く似てるから……」
「江戸時代か。以前もいっていたな」
「そう! だから町中を見たいなって思って」
この数か月は、ほぼ梅御殿ですごした。時々、大奥へ赴いた程度には外に出たけど、城下町は歩いたことがない。
私の望みは、月江戸の城下を見たいんだって伝わったかな。耕書堂の存在に浮かれたけど、本質はそこじゃないってわかってほしい。
それに、できることなら蒼司とデートをしたいんだけど……
「外でお蕎麦を食べたり、甘酒も飲んでみたいの。町娘の格好して、二人でお忍びとか……月江戸ではデートって無理かな?」
「でえと?」
「えっと……物見遊山っていうか、逢引?」
首を傾げながら、カタカナ英語を時代に合わせて表す言葉を探した。伝わっているか探るように見上げると、蒼司の顔が赤く染まっていくのが見えた。──え、照れてる?
絶妙な間が空いた。
薄暗い縁側で見つめ合っていたわずかな数秒だけど、その間に変わっていく蒼司の表情を見ながら、ワードの選択を間違えたような気がした。
よくよく考えたら、江戸時代でいう逢引ってラブホテルに行くみたいなことだったな。もしかして、月江戸でもそういう意味で──え、待って。そういう意図は全くないんだけど。
「逢引……」
「え、いや、その変な意味じゃなくてね! ほら、私の住んでいたところでは、好きな人と手を繋いで買い物したり、ご飯食べに行くのが普通で……月江戸では、ダメかな?」
慌てて言い訳がましく説明すると、蒼司はまた驚いた顔をしたり、難しい顔になったりを繰り返して唸った。
そうだよね。私の知ってる江戸時代と同じなら、武家屋敷に嫁いだ娘が外を歩くなんてダメだよね。ましてや、いくら蒼司と祝言を挙げたといっても、私は東雲家としたら重要な巫女様のままだろうし。

