「今でも、不安か?」
優しく尋ねられ、ゆっくりと頭を振って否定した。
「寂しいなんていってる間もないくらい忙しかったもの」
「……そうであったな」
「毒を飲まされても死ななかったんだし、大概のことはきっと平気よ! それに……蒼司さんがいてくれる。もう、一人ぼっちじゃないよ」
きっとまた、なにか起きるに決まっている。
物語の中みたいに、都合よくスローライフを楽しむエンディングなんて待っていない。だって、私は月の巫女で旦那様は陰陽師だもの。
蒼司の優しい瞳が行燈の明かりを浴びて煌めいた。
「一人になどするものか」
「ずっと傍にいてくれる?」
「一人になりたいといっても、離しはしない」
それはそれで束縛が強いな。
ちょっとだけ、過去の彼氏たちを思い出し、それよりはまあマシかと思いながらくすりと笑った。
「私ね……男運が凄く悪いの」
「──男運?」
「死ぬ前にすごく悲しい失恋をしたし、その前は酷い浮気をされたの。こんなこともできないのかって笑われたり……」
この月江戸と現代日本の価値観は違うだろうから、蒼司にはわからないことだらけだろうけど、どうしても知っておいて欲しかった。私が辛い思いをしてきたこと、寂しい思いを抱えていること。
だって、きっとこれが最初で最後の恋になるんだもの。
寄り添いながら、遠い昔のことを思い出すようにして話すと、蒼司は黙って耳を傾けてくれた。
「──ダメな女だっていわれたこともあってね」
一通り話し終えた頃に、ほっと肩の力が抜け、過去の恋はもうこれでおしまいだと思えた。
「凛はダメな女子などではない。月江戸一、いいや、この世で一番の女子だ。誰だ、そのようなことをいったのは」
斬り捨ててやろうと言い出しかねない蒼司の強い語気に驚き、思わず噴き出して笑った。
縁側で不愉快な顔をする蒼司を見ていたら、過去の失恋なんてどうでもよくなった。
私のために怒ってくれる人がいることが、こんなに嬉しいなんて。
笑い出した私を見る蒼司に「ありがとう」といえば、彼はちょっと驚いて開きかけた口を閉ざした。
「私、月江戸に呼ばれたことを恨んだりしてないよ。それに──」
大きな手を握りしめながら、もう片手で黒い眼帯にそっと触れる。そうして、蒼司がはじめて眼帯を外した日と、血の涙を流した夜を思い返した。
いつだって私のために、動いてくれていた。
はじめこそ、彼が頑張るのは私が巫女だからだろうと思っていた。だけど、それだけじゃないってことが、日を重ねるごとにわかるようになった。
「蒼司さんの思い、ちゃんと伝わってきたよ」
「……凛」
「今でも両親のことを思い出すし、読みかけの本の結末が知りたいし、大好きなたい焼き屋さんが恋しいけど──」
一歩踏み出して蒼司の胸に体を寄せると、少し早い鼓動が耳に届いてきた。
「大丈夫。ここで生きるって決めたから」
繋いでいた手が解かれ、彼の両手が私をさらに引き寄せた。
すっぽりと覆いかぶさるように抱き締められると、蒼司の体温と香りに包み込まれ、溶けあっていくような気さえする。
心地よさに瞳を閉じると、耳元で優しく名を呼ばれた。
「凛、私の前に現れたのが他の誰でもなく、そなたでよかった」
「……私も、蒼司さんでよかった」
「これからも慈しみ、守り、そなたの望みを叶えさせてくれるか?」
「ふふっ、そんなに甘やかさなくても大丈夫だよ。充分、幸せだから」
蒼司がいれば大丈夫。大好きな時代劇や小説がなくても、スマホやSNSがなくても──この人がいれば、きっとなんだって乗り越えられる気がする。
「甘やかし足りないくらいだ。もっとワガママをいっていいのだぞ」
「ワガママか……なんでもいいの?」
「私が叶えられるものならな」
頷く蒼司の優しい微笑みに、それじゃあと呟く。
「買い物に行きたいな。本屋さんに行きたい!」
「本屋?」
「うん。蔦屋──耕書堂ってある?」
優しく尋ねられ、ゆっくりと頭を振って否定した。
「寂しいなんていってる間もないくらい忙しかったもの」
「……そうであったな」
「毒を飲まされても死ななかったんだし、大概のことはきっと平気よ! それに……蒼司さんがいてくれる。もう、一人ぼっちじゃないよ」
きっとまた、なにか起きるに決まっている。
物語の中みたいに、都合よくスローライフを楽しむエンディングなんて待っていない。だって、私は月の巫女で旦那様は陰陽師だもの。
蒼司の優しい瞳が行燈の明かりを浴びて煌めいた。
「一人になどするものか」
「ずっと傍にいてくれる?」
「一人になりたいといっても、離しはしない」
それはそれで束縛が強いな。
ちょっとだけ、過去の彼氏たちを思い出し、それよりはまあマシかと思いながらくすりと笑った。
「私ね……男運が凄く悪いの」
「──男運?」
「死ぬ前にすごく悲しい失恋をしたし、その前は酷い浮気をされたの。こんなこともできないのかって笑われたり……」
この月江戸と現代日本の価値観は違うだろうから、蒼司にはわからないことだらけだろうけど、どうしても知っておいて欲しかった。私が辛い思いをしてきたこと、寂しい思いを抱えていること。
だって、きっとこれが最初で最後の恋になるんだもの。
寄り添いながら、遠い昔のことを思い出すようにして話すと、蒼司は黙って耳を傾けてくれた。
「──ダメな女だっていわれたこともあってね」
一通り話し終えた頃に、ほっと肩の力が抜け、過去の恋はもうこれでおしまいだと思えた。
「凛はダメな女子などではない。月江戸一、いいや、この世で一番の女子だ。誰だ、そのようなことをいったのは」
斬り捨ててやろうと言い出しかねない蒼司の強い語気に驚き、思わず噴き出して笑った。
縁側で不愉快な顔をする蒼司を見ていたら、過去の失恋なんてどうでもよくなった。
私のために怒ってくれる人がいることが、こんなに嬉しいなんて。
笑い出した私を見る蒼司に「ありがとう」といえば、彼はちょっと驚いて開きかけた口を閉ざした。
「私、月江戸に呼ばれたことを恨んだりしてないよ。それに──」
大きな手を握りしめながら、もう片手で黒い眼帯にそっと触れる。そうして、蒼司がはじめて眼帯を外した日と、血の涙を流した夜を思い返した。
いつだって私のために、動いてくれていた。
はじめこそ、彼が頑張るのは私が巫女だからだろうと思っていた。だけど、それだけじゃないってことが、日を重ねるごとにわかるようになった。
「蒼司さんの思い、ちゃんと伝わってきたよ」
「……凛」
「今でも両親のことを思い出すし、読みかけの本の結末が知りたいし、大好きなたい焼き屋さんが恋しいけど──」
一歩踏み出して蒼司の胸に体を寄せると、少し早い鼓動が耳に届いてきた。
「大丈夫。ここで生きるって決めたから」
繋いでいた手が解かれ、彼の両手が私をさらに引き寄せた。
すっぽりと覆いかぶさるように抱き締められると、蒼司の体温と香りに包み込まれ、溶けあっていくような気さえする。
心地よさに瞳を閉じると、耳元で優しく名を呼ばれた。
「凛、私の前に現れたのが他の誰でもなく、そなたでよかった」
「……私も、蒼司さんでよかった」
「これからも慈しみ、守り、そなたの望みを叶えさせてくれるか?」
「ふふっ、そんなに甘やかさなくても大丈夫だよ。充分、幸せだから」
蒼司がいれば大丈夫。大好きな時代劇や小説がなくても、スマホやSNSがなくても──この人がいれば、きっとなんだって乗り越えられる気がする。
「甘やかし足りないくらいだ。もっとワガママをいっていいのだぞ」
「ワガママか……なんでもいいの?」
「私が叶えられるものならな」
頷く蒼司の優しい微笑みに、それじゃあと呟く。
「買い物に行きたいな。本屋さんに行きたい!」
「本屋?」
「うん。蔦屋──耕書堂ってある?」

