野々宮姉弟は獄中死した。──ということになったが、それは雲井藩を欺くためのでまかせで、二人は名を変えて東雲家で仕えるようになった。
雲井藩は二人の亡きがらを引き渡すよう、何度も申し入れてきた。二人の裏切りを懸念してのことだろう。
この月江戸にDNA鑑定なんてないだろうけど、もしも生存が知られれば、二人は命を狙われることになる。そう判断した東雲家は、二つの骨壺を用意した。中身はどこの仏様かわからない。
「……蒼司さん、あの骨壺に入っていたのって、どこの誰なんですか?」
早朝、まだ日の昇らず薄暗い庭を二人で散歩しながら、そっと尋ねてみた。
「さて。憐れな罪人はいくらでもいるからな」
「……怖いなぁ」
「しかし、雲井藩の疑いは晴れぬだろう」
私の手を引き、赤い橋を進む蒼司は眉間にしわを寄せた。
「戸張の陰陽師が、なにかしてくるかな?」
「そうだな。しばらく大人しくしてくれればよいが……」
橋の真ん中で立ち止まった蒼司は、眼帯にそっと触れた。また、なにか考えているのかな。
どこからか虫の音が聞こえてきた。
夏の早朝って、こんなに静かで涼やかなものなんだな。猛暑と熱帯夜しか知らない私には、涼しい夏なんて夢物語のようだ。
だけど、夢じゃないんだよね。
心地よい風が頬を撫でてすぎていく。
見慣れた蒼司の仕草に視線を送っていると、その長い指がそっと下ろされた。
視線をほんの少し動かしたその瞬間、虫たちがぴたりと鳴き止んだ。
辺りが静寂に包まれる。その瞬間、ポンッとなにか弾ける音がした。
日がまだ昇りきらない早朝。
虫の音すら消えた静寂を震わせた音は、風が吹けば消えてしまうように小さく、だけどとても温かいものだった。
「──今の、なに?」
「蓮が咲いたんだ」
「……蓮?」
蒼司の指差す先、橋の下には丸い蓮の葉が拡がっている。その間から顔を出す薄紅色に染まった蕾が、そっと花開いていた。
本当にこの蓮が鳴ったとは思えず、振り返って口を開きかけると、少し固い指が私の唇に触れた。
黙って耳を澄ませてごらん。そういうように蒼司が微笑む。
すると再び、小さくポンッと音がした。
耳をそばだてて池を見下ろすと、次々に小さな音が空気を震わせる。そうしているうちに、青々とした丸い葉で覆われていた池には、薄紅色の花が満開となった。
風が木々を揺らし、虫たちが鳴き始めた。
「……これを見せるために、今日は早起きしたのね?」
「ああ。蓮の花が咲くのは、ほんの数日だ。そろそろ見納めだと思うてな」
蒼司は、忙しくて花見どころではなかっただろうといって笑うけど、私は半ば呆れていた。
だってここ連日は、忙しいなんて一言で片付けられる日々じゃなかったもの。
雲井藩は二人の亡きがらを引き渡すよう、何度も申し入れてきた。二人の裏切りを懸念してのことだろう。
この月江戸にDNA鑑定なんてないだろうけど、もしも生存が知られれば、二人は命を狙われることになる。そう判断した東雲家は、二つの骨壺を用意した。中身はどこの仏様かわからない。
「……蒼司さん、あの骨壺に入っていたのって、どこの誰なんですか?」
早朝、まだ日の昇らず薄暗い庭を二人で散歩しながら、そっと尋ねてみた。
「さて。憐れな罪人はいくらでもいるからな」
「……怖いなぁ」
「しかし、雲井藩の疑いは晴れぬだろう」
私の手を引き、赤い橋を進む蒼司は眉間にしわを寄せた。
「戸張の陰陽師が、なにかしてくるかな?」
「そうだな。しばらく大人しくしてくれればよいが……」
橋の真ん中で立ち止まった蒼司は、眼帯にそっと触れた。また、なにか考えているのかな。
どこからか虫の音が聞こえてきた。
夏の早朝って、こんなに静かで涼やかなものなんだな。猛暑と熱帯夜しか知らない私には、涼しい夏なんて夢物語のようだ。
だけど、夢じゃないんだよね。
心地よい風が頬を撫でてすぎていく。
見慣れた蒼司の仕草に視線を送っていると、その長い指がそっと下ろされた。
視線をほんの少し動かしたその瞬間、虫たちがぴたりと鳴き止んだ。
辺りが静寂に包まれる。その瞬間、ポンッとなにか弾ける音がした。
日がまだ昇りきらない早朝。
虫の音すら消えた静寂を震わせた音は、風が吹けば消えてしまうように小さく、だけどとても温かいものだった。
「──今の、なに?」
「蓮が咲いたんだ」
「……蓮?」
蒼司の指差す先、橋の下には丸い蓮の葉が拡がっている。その間から顔を出す薄紅色に染まった蕾が、そっと花開いていた。
本当にこの蓮が鳴ったとは思えず、振り返って口を開きかけると、少し固い指が私の唇に触れた。
黙って耳を澄ませてごらん。そういうように蒼司が微笑む。
すると再び、小さくポンッと音がした。
耳をそばだてて池を見下ろすと、次々に小さな音が空気を震わせる。そうしているうちに、青々とした丸い葉で覆われていた池には、薄紅色の花が満開となった。
風が木々を揺らし、虫たちが鳴き始めた。
「……これを見せるために、今日は早起きしたのね?」
「ああ。蓮の花が咲くのは、ほんの数日だ。そろそろ見納めだと思うてな」
蒼司は、忙しくて花見どころではなかっただろうといって笑うけど、私は半ば呆れていた。
だってここ連日は、忙しいなんて一言で片付けられる日々じゃなかったもの。

